たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年12月19執筆  2003年12月22日掲載

「仕事」の目的

先週に引き続き「仕事」というものについて考えてみる。

我が家は6軒続きの木造モルタルの長屋である。昭和54年築だから、建っておよそ四半世紀になる。
建物は長屋だから両隣とくっついているのだが、共益費とか修繕積立金なんてものはない。借家ではなく自己所有なので、それぞれ勝手に自分の区分を守らなければならない。

で、玄関の外に車1台をぎりぎり入れられる駐車スペースがあるのだが、この下が半地下空間になっていて、H鋼(断面が「H」というか「工」になっている鉄骨)と鉄板で上部の駐車スペース(コンクリート打ち)を支えている。
築後30年近く経ち、このH鋼と鉄板が錆でボロボロになってきた。このまま朽ち果てると上に載っている車もろとも落ちてしまう。
コンクリートを壊してH鋼や鉄板の構造材そのものを撤去し、造り直すなんてことになったら何百万円もかかる。そうなる前になんとか錆を落とし、錆止め塗装をやり直して、これ以上錆びないようにしておこう……と、何年も前から思いつつ、あまりにも大変な作業なので手つかずになっていた。

一度、飛び込みの塗装業者に見積もらせたことがある。十数万円と言っていたが、その業者が近所でやっている外壁塗装があまりに上っ面だけの仕事ぶりなので、断った。
立って歩く高さもなく、換気口や外付けボイラーなどが詰まっている湿気だらけの狭い空間で、サンドペーパーやワイヤーブラシを使ってしこしこ錆を落とす(業界用語では「ケレン」という)作業は、想像するだに辛い。その苦行をまともにやりそうになかったからだ。

それから数年。錆はさらに進行した。
先日、別の業者がやはり飛び込みでセールスに来て、チラシを入れていった。飛び込みセールスをしているリフォーム業者にはとんでもないのも多いので敬遠しているのだが、チラシには「塗装は下地処理が命です」「直接請負だから中間マージンがない」などなど、けっこう説得力のある文章が書いてあった。
これはもしかすると……と、見積をしてもらったところ、現場をささっと見ただけで、ケレンが大変だから58万円だという。
高いと思ったが、「その代わり絶対に手抜きせず、しっかり錆を落とす」という条件で依頼した。

ところが、その後、取りかかる前に「外壁も痛んでいるからついでに塗りましょう。一緒なら安くできますよ」「ベランダも塗りましょう」などなど、楽な作業をどんどん追加したがる。それほどとんでもない追加費用ではなかったので、悩んだ末に依頼したが、約束の工事日になっても来ない。その後連絡もなく、2日遅れてようやくやってきたのは少年と言ってもいいような若い職人だった。これがまた、なんだかんだ理由をつけ、肝心の駐車スペース下のケレンはなかなか手をつけようとしない。
雨が降りそうだから今日は帰る、とか、現場の湿気が抜けないから今日はやらない、とか、どんどん工期は遅れ、こっちはイライラが募るばかり。しかも、先に手をつけた外壁塗装やベランダ塗装の仕事ぶりもいい加減で、見えないところや手の届きにくいところを塗ろうとしない。

追加工事を持ちかけた担当者は、軒下の接合部にある細いクラックを指さして「ほら、これじゃあいつ軒が落ちてもおかしくない」なんて言っていたくせに、外壁塗装が済んだ後もそのクラックは埋まっていない。
もうひと刷毛塗れば隙間が埋まるのに、ローラー刷毛から普通の刷毛に持ち替えてその隙間を塗り込める作業を怠っているのだ。
ベランダの錆止めも、きっちり錆落としをせず、ささっと見えるところだけ塗っている。
この調子では、肝心の駐車スペース下の作業をきっちりこなすのはとても無理だと判断し、責任者を呼びつけて、もうここまででいい、あとは自分でやると言い渡した。

啖呵を切った手前、作業をする前にいろいろWEBで調べてみた。錆止めの方法、強力な錆止め剤は何か、それをどう使えばいいのか。
どうしても落ちない錆が出てしまっているときの下地処理剤として、「錆転化プライマー」というものがあると分かった。赤錆をタンニン鉄に化学変化させるというもの。赤錆が真っ黒な被膜に変わる。鉄骨の表面に茶渋を塗っているようなものだろうか。
しかし、これもきっちりケレンができていてこそ効果があるわけで、錆が厚いまま残っていたら、タンニン鉄の下に赤さびの層が残ってしまう。

また、錆止めとしては「デボマリン」という超強力な塗料があることが分かった。
橋梁工事などで使う専門的な塗料で、塗料と言うよりもパテに近いかもしれない。エポキシ系錆止め塗料の最強版で、2液(というよりほとんどペースト状のもの)を混ぜ合わせて、一気に塗りきる。
しかし、これらの錆止め塗料は高価なのが欠点。錆転化プライマーは3kg缶で1万2500円、デボマリンも3kgセット(2kgの主剤と1kgの硬化剤のセット)で1万2000円もする。
しかし、ケチっていてはどうにもならない。錆転化プライマー3kg缶とデボマリンの3kgセットを注文して使ってみた。
錆転化プライマーは乳液状で水性。使いやすいし、効果もありそうだ。
デボマリンは非常に使いづらく、作業には力がいる。その代わり、錆で穴が空いた鉄板でも厚塗りすることで復元でき、錆止め効果も一般の亜鉛塗料系錆止めとは比較にならないほど高いというだけあって、確かに手応えがある。

最初は通販サイトで買ったが、その塗料専門店が比較的近くにあったので、追加で購入する際に直接店まで行って、店員に話を聞いてみた。
「こんな高い塗料、塗装業者は使わないでしょう?」
「もちろん。見積が高くなって敬遠されちゃう。それ以前に、デボマリンなんて、一般の塗装業者は知らないよ。知っているとしたら、鉄橋工事している人とか、船底塗装の専門業者とか、限られた世界でだね。お客さんが、これください、ってここに来ること自体が普通じゃないのよ」
「でも、効果は抜群なんでしょ?」
「そりゃもう段違い。これの下ってのがないの。これの下の下、二段階くらい効果が落ちるのが一般のエポキシ系錆止め塗料。亜鉛系はさらにずっと効果が落ちる。安いけどね」
「鉛丹(えんたん)とか……」
「あーぁ、もう全然! 問題外。デボマリンと比較することがおかしい。完璧にケレンができて、下地の鉄がぴかぴかに光るくらい磨き込めるなら安い塗料でも大丈夫だけどね。塗装ってのは、結局はケレンがすべてなのよ。塗るだけなら誰でもできる」
「でも、徹底的なケレンが物理的に無理な現場っていくらでもあるじゃない」
「だからまあ、そういうときはデボマリンみたいな飛び抜けて強力な錆止め塗料で塗り込めるしかないでしょうね。でも、普通は知らないし、使わない。だから、ケレンもいい加減で、安い錆止め塗って、見てくれだけごまかす。当然、錆はすぐにまた出る」

勉強になるなあ。
要するに、「仕事」の中身は、目的と手段とコストで決まる。何をやりたいのか、どうすればいいのか、いくらかかるのか、その条件次第。
自分でやれば、それを自由に決められるが、業者に頼めばそうはいかない。業者の目的は儲けることであって、塗装効果の高さは二の次だからだ。効果を上げるためには高い塗料を使う必要があるし、ケレンに時間をかけなければ駄目だから、どうしてもお金がかかりますよ、ということになる。日本は人件費が高いから、たいていは依頼者の思惑よりずっと高い金額になる。それを正直に出せば、客は引いてしまい、他の業者に仕事が渡ってしまう。
ケレンを適当にしておき、塗料も安いものを使えば、とりあえずはきれいに仕上がる。ケレンを徹底的にやって高い塗料を使っても、見栄えは同じ。だったら依頼されやすい金額の見積を出さなければ損だ……。
そのへんの「落としどころ」を狙って見積もりを出し、仕事をする。
人件費を下げるためには、日当の高いベテランの職人は使わず、経験の浅い安い職人を使えばいい。経験者は辛い現場仕事から離れ、口のうまい者はセールスに出る。
儲けようと思えば、そうした仕事のスタイルができあがっていくのは自然なことだろう。
結局、面倒な仕事であればあるほど、きちんとやるには自分でやるしかない、ということになる。

うちが今回頼んだ業者は、冷静に考えればまともなほうだったと思う。やってきた若い職人の態度もよかったし、外壁塗装では、高圧水洗いの後、粘度の高い下地処理剤を手塗りで塗っていた。もっとひどい業者は、下地処理もいい加減なまま、スプレーガンで上塗りだけしてごまかす。そういう悪質業者ではなかった。
つまり、職人としてはそれなりに普通の仕事をこなしていた。僕から見れば細部では手抜きの仕事でも、作業をした若い職人にはまったくそんな気持ちはなかったに違いない。上から言われたことを教えられたとおりにやっていただけなのだから。

しかし、誰もが逃げたいようなやっかいな現場の仕事では、マニュアルはほとんど役に立たない。そこで何をどうやればどれだけの効果が上がるのか、その都度判断し、決断して実行するしかない。また、技術よりも気合いや誠意、熱意がものを言う。
手を伸ばせばもう数センチ先の錆が落とせる。でも、そのためには汚い地面にベタッと横たわり、顔に落ちる錆を受けながら苦しい態勢の作業を続けなければならない。
嫌だなあと思っていると、家の住人がトイレに入ったらしく、顔の横の通風口から臭い風が吹き出してくる。

<こっちの気も知らないで……ったく。たまんねえなあ。覗き込まなければ見えないし、まあいいや。ここで苦労しても、見積額以上の金はもらえないんだしな。>

自分の家でなければ、やはりそうなってしまうのは仕方がないだろう。
58万円を出しても、今僕が自分でやっているような仕事は、してくれなかったに違いない(そもそも小さな丸缶1つで1万円以上する塗料を使うはずがないし、塗料専門店の店員が言うように、そんな錆止め塗料があることさえ知らなかっただろう)。
僕が塗装屋だったら、この仕事は金をもらってもやりたくない。今、毎日それをやっているのは、自分の家だからだ。

地べたに寝そべり、顔にペンキや錆を浴びながら考えた。
先週の話ではないが、イラクへの自衛隊派遣にしても、同じような図式なのではないかと。
金を出しさえすれば誰かが動いてそれらしく仕事をしたことになる。
日本政府にとっては、それが目的なのだろう。
復興支援、人道支援と言うが、イラク以上に復興を必要としている国や地域はたくさんある。
実際にイラクの国民の役に立つかどうかは、二の次、三の次。自衛隊が行きましたよ。お金もたくさん出しましたよ、という「絵」だけがほしい。
しかも、命令する偉い人たちは「仕事の現場」を見ることさえない。
そこで何がどのようになされれば、誰にとってどういう「支援」になるのかを、真剣に理解し、工夫しようとしていない。

仕事中に撃ち殺された外務省の二人は、「現場」の矛盾やあらゆる苦労を一身に背負って、それでも、自分たちの仕事がイラクの人々、あるいは日本人のためになる「よりましな方法」を見いだそうと懸命に動いていたはずだ。
その苦悩を、上の者たちはどれだけ共有できていただろうか。もちろん、アメリカ憎しで武器を手にし、殺人をしている者たちにも理解されることはない。憎き敵の一部としか見えていないだろう。
撃たれた瞬間、どんな思いが二人の頭をよぎっただろう。言いたくて言えなかったことがたくさんあったに違いない。どんなに悔しく、寂しかったことか。それを思うと、たまらなくなる。

仕事とは、目的がまずあり、そのための手段の選定があり、実行する際の誠意と熱意で質が決まる。
そもそも目的がずれていないか、手段は適正か、本当に誠意を持って取り組める内容か。
議論すべきこと、検討すべきことは山ほどある。

「日米軍事同盟を重視しないで、民主党は本気で政権をとるつもりですか!?」
本音なのだろう。そう、ずっと前から、彼の頭はそこで止まっている。
思考停止した答弁を繰り返す首相の姿を見ていると、殺された人たちの「仕事」に対しても、使われる税金を差し出している日本国民に対しても、不敬であると思わざるをえない。


ペンキ塗りも楽じゃない
こんな塗料をこんな格好で

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