たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2004年1月2日執筆  2004年1月6日掲載

ナイロン弦と生爪

久々に右指の爪を飛ばしてしまった。
1年以上無事だったのに、うかつだった。
年末年始、冬の新潟に来ていて、タイヤ交換や雪がこいの板を運んだりしているうちにやってしまった。気づいたときは端の0.2ミリくらいを残してぷら~んとぶら下がっていた。

右の指は小指以外の爪を常時のばしている。ギターを弾くためだ。僕の爪は普通の人より短く、平べったいので、指先より1ミリのばすためには5ミリ近くのばさなければならない。爪の間に汚れも溜まりやすいし、見た目は非常によろしくない。
レジで店員にお金を渡すときなど、いつも気が滅入る。相手がぎょっとするのが見て取れるからだ。
マニキュアをすればいいという人もいるが、マニキュアを塗るとかえって爪は脆くなるし、ギターを弾いた途端ボロボロ剥がれて汚らしくなる。

いつからのばしているのか、記憶は定かではないのだが、中学生のとき、柔道の授業で(通っていた中学は私立校で、柔道が週1回授業として組み込まれていた)爪がのびていないかどうかという検査を受けるのが嫌だった記憶があるから、中学2年生で初めてギターを手にして以来、ずっとのばしている気がする。
20代後半から37歳までの間、ほとんどギターを手にしていなかった時期があるので、その間はのばしていなかったかもしれないが、もしかすると、その時期も、いつかまたギターを弾くのだという気持ちが捨てられず、切っていなかったのかもしれない(本当に、その頃のことは記憶にないのだ)。

ピックを使えば? と言う人もいるが、ナイロン弦のギターをピックで弾くほど味気ないものはない。
ジョン・マクラフリンなどはナイロン弦もピックで弾いているようだが、ナイロン弦は生爪で弾くときがいちばんよい音が出るし、ピックではボサノバ奏法やアルペジオも限界がある。
37歳のとき、ジャズギターをゼロから習い始めようとしたときも、ナイロン弦の薄胴型ギター(エレクトリック・ガットギター)というものが世に出てきたのを知り、それを生爪で弾く自分の姿がイメージできたからだ。
若い頃、フォークギターを弾いていたときでさえ、ピックはあまり使わず、生爪にこだわっていた。

慣れてしまったとはいえ、生爪をのばしている生活は不便だ。
爪を飛ばさないよう、いつでも無意識のうちに注意している。ものをつまむとき、キーボードを打つとき、ドアのノブを掴むとき、テニスのラケットを握るとき、どんなときも爪がのびている状態での動作が身体に染みこんでいるため、爪がなくなると違和感がある。
いちばん飛ばしやすいのは人差し指の爪なのだが、ギターを弾くためにはこの爪がいちばん重要でもある。中指や薬指の爪なら、飛んでも演奏にそれほど支障はないのだが、親指と人差し指は致命的だ。

紙ヤスリと瞬間接着剤はいつでも持ち歩いている。爪切りを使うと切断面が粗くなり、そこから裂け目が入りやすくなるから、のびた爪はヤスリで削る。また、小さな裂け目が入ったときなどは瞬間接着剤で補修する。
完全に飛んでしまったときも、瞬間接着剤でくっつければ数時間はもつことがある。演奏の会場に行くために家を出た途端、車のドアノブで人差し指の爪を飛ばしてしまったことがある。そのときは瞬間接着剤で貼り付け、なんとか演奏の間はもたせた。
でも、これが剥がれてしまうと、2度目の接着からはほとんどつかなくなる。

フラメンコのような激しい奏法では、そうした接着ではとてももたないから、爪の上にガーゼ状の布を置き、その布ごと接着剤でガチガチに固めてしまうという方法もある。しかし、これは爪が呼吸できなくなるわけで、長いことやっていると爪ごとボロボロになる恐れもある。

爪が飛んだときは、またのびて弾けるようになるまでの数週間、とても気持ちが悪い日々が続く。練習していなかった罰だろうと思うから、練習しようと思うのだが、今度は弾きたくても弾けない。仕方なく、人差し指を使わずに中指をメインに使って練習する。人差し指が弦の上でときどき空振りする感覚はとても嫌なものだ。

また、プロとは呼べない自分の技量と、それでも爪をのばして何十年も生活し続けていることのバランスを考え、惨めな気分になる。爪をのばしている言い訳として「ギタリストだから」と胸を張って言えない。言えるように、しっかり練習しなくてはと自戒し、のびてきたときは嬉しくて少し練習するが、その気持ちが持続しないうちにまた気持ちが緩み、うっかり爪を飛ばしてしまう。いつもそれの繰り返し。

今度爪が生えそろったときは、初心を忘れぬよう、爪に何か印でも付けておこうか。◎印とかを。
そうすれば、他人も、爪の長さよりその印に気を取られ、ただだらしなくのばしているのではなく、何か意味があることなのだと察してくれるかもしれない。
自分では、その◎印を見るたびに、もっと練習しなくては、を思いを新たにする……という具合。
そういえば、爪用のワンポイントシールみたいなものが売られているはずだ。今度、ネイルアートの店でも覗いてみようかな。
爪
■飛んでしまった人差し指の爪。接着剤でつけてからもつのは半日か1日なので、今回はまだつけていない。

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