たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2004年2月6日執筆  2004年2月10掲載

消火栓がそこにあるのに

今住んでいるモルタル木造の6軒長屋に越してきて、かれこれ18年ほど経つ。
その間、すぐ近くで火事が3回あった。いずれも出火した建物は全焼した。
3回目は4年前だったが、我が長屋の隣の家(木造一戸建て)で出火したので、鮮烈な記憶として残っている。
夜中の1時過ぎだったと思う。外から「火事だ!」という男性の声がしたので、ベランダの窓を開けてみると、かすかにパチパチという音がする。すぐそばらしかった。
表に出て現場に駆けつけたのは僕が最初だった。
最初はその家の庭で、布団のようなものと植木が燃えているのが見えた。二階の窓が開いていて、部屋の中もほの明るい。
すぐに家に駆け戻り、玄関先の水道からホースを外して戻った。真夜中ということもあり、近所の人はまだ集まってきていない。現場の庭先の水道を見つけ、持ってきたホースをつなごうとしたが、あろうことか、使っていない水栓らしく、蛇口がぽろりともげてしまった。それを直すのに手間取り、放水し始めるまでに2、3分かかった。
その頃には近所の人たちも集まり始めてきた。

出火場所は二階で、庭で燃えていたのは、家人が二階の窓から放り出した火のついた寝具らしい。それが植木に燃え移っていたらしい。
僕が駆けつけたときは小さかった火も、そうこうするうちにたちまち勢いづき、二階のガラス窓が熱で割れ、炎が吹き出すまでになった。
ホースの長さが足りず、窓の中に水が届かないし、そもそも水の勢いが足りないからまったく効果がない。
その後は、集まった人たちはただただ消防車がくるのを待つだけだった。

消防車が到着したのは、通報からたっぷり20分は経過してからだった。火の勢いはもう手がつけられなかったが、放水が始まり、やがて鎮火した。不幸中の幸いで、その家の住人も含めて怪我人はなく、類焼も免れたが、風が強かったら我が家も危なかっただろう。

消防車が到着してから分かったことだが、消火栓は出火現場の目の前、道路のど真ん中にあった。目印の黄色いペイントは剥げていて目立たないし、そこに消火栓があることも、日頃まったく気にもしていなかった。
もっとも、消火栓の位置が分かっていても、蓋を開ける器具がないし、つなぐべきホースもないのだから、やはりなすすべがなかった。

それにしても、400世帯以上存在する住宅街に消防車が駆けつけるのに20分以上かかるとは思ってもいなかった。仮に5分で到着していたら、全焼はしなかっただろう。
また、住人が自ら消火栓を使えれば、この火事はぼや程度で済んだはずだ。僕が駆けつけたときはまだ、一見外からは火事だとさえ気づかないほどの小さな火だったのだから。
目の前に消火栓があり、大の大人が何人もそこに集まっているのに、まったく消火活動が出来ないというのは情けないものだ。

田舎には村の消防団的な組織があり、日頃から消火訓練を行っている。
工場や事業所などでも、自衛消防組織があり、従業員は全員、消火器具の使い方を学んでいる場合が多い。
しかし、都会の一般住宅街では、町内にそうした自主組織があるところは非常に少ない。

放火犯罪が増えている昨今、いざというときには住民が屋外消火栓を使えるようなシステムを作っておくことが重要だ。町内のメインストリートなど、目立つところにホース格納スタンドを作っておくだけでもいい。
屋外消火栓を使った消火作業がかなりの重労働だということは分かっている。危険が伴うこともあるだろう。しかし、危機に直面したときの人間の行動力を信じなければ、どうしようもない。
犯罪検挙率も落ちているし、これからは昔に戻って、個人個人が危機管理意識を強く持っていかなければ。

4年経っても、全焼した家の跡地は空き地になったままだ。消火栓の蓋に塗られた黄色いペンキも剥げたまま。そこに消火栓があることは分かっているが、次に火事が起きたときも、やはりこの住宅街の住民は、119に通報するより他、なすすべがない。


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■立川談志師匠そっくりの狛犬
オリジナルは墨田区三囲神社末社の陶製狛犬
レプリカ制作:林家しん平
(c)狛犬ネット

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