たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2004年5月14日執筆  2004年5月18日掲載

ただより高いものは……

ファイル交換ソフト・Winnyの開発者(東京大学助手)が、5月10日、「著作権法違反幇助容疑」で京都府警に逮捕されたというニュースは、当然のことながら各方面に波紋を呼んでいる。
ソフトを開発しただけで犯罪になるのであれば、殺人に使われた包丁を作った刃物職人も犯罪者なのか、という議論は、かつて「FLMASK事件」でも起きた。
FLMASK事件については、拙著『デジタルストレス』(地人書館)にも詳しく書いたことがあるが、FLMASKという名前の画像処理ソフト(当時1500円のシェアウェア)の作者K氏が、「猥褻図画公然陳列罪=刑法175条」の容疑で逮捕・監禁されたという事件(1997年4月)だ。

FLMASKは、単なる画像処理ソフトである。ただ、マスク処理を重視し、いわゆるモザイク処理のフィルターを何種類も搭載していた。このソフトでモザイク処理を施した画像は、同ソフトで再びモザイクを外すこともできる。そこに目をつけたアダルトサイト運営者たちが、FLMASKを使って陰部をモザイク処理した猥褻画像をWEB上に掲載しはじめた。
K氏はアダルトサイトを運営していたわけでもなければ、猥褻画像を配布したわけでもない。どう考えても警察の「坊主憎けりゃ袈裟まで」的な暴走だった。
さすがに警察も、このままではまずいと思ったのか、数日後には逮捕・監禁理由は「ソフトの開発」そのものではなく、K氏のサイト(FLMASKのサポート・配布サイト)とアダルトサイトが相互リンクしていたことが「幇助」にあたる、という論法に変わっていた。

K氏は、自分が作ったFLMASKというソフトが、猥褻画像配布に都合よく利用されることを十分承知していただろうし、それを計算して小遣い稼ぎを目論んだのだろう。
しかし、だからといって彼の行動が刑法に問える犯罪だったのか。どう考えても無理だろう。
アダルトサイトとリンクしていたという理由にも無理がある。アフィリエイトプログラム(バナーをクリックして、そのリンク先のサイトで買い物をするとバナーを貼ったサイトのオーナーにも利益が還元されるシステム)でリンクした先のサイトが何か違法な行為をしたからといって、リンクバナーを置いていたサイトのオーナーまで摘発されたのではたまったものではない。インチキ商品を売って摘発された企業の広告を掲載したメディアまで罪に問われるというのと同じになってしまう。

今回のWinny開発者逮捕の容疑は、猥褻図画配布ではなく、著作権法違反幇助だが、警察の面子や意地が先行したという面では、FLMASK事件のときと同じものを感じる。
Winny開発者は、K氏とは違って、当初から現行の著作権法運用に対して極めて挑戦的で、あちこちで「ネット上でデジタルコンテンツが取引されるのはやむを得ないこと」「著作権侵害をまん延させることで新たなビジネスモデルを模索できる」といった意味のことを書いていたらしい。この「挑発」がまず、取り締まる側には許せなかったのだろう。
また、Winnyのユーザーだった警察官のパソコンから、捜査報告書などの極秘文書がネット上に流出してしまったというお粗末な事件があったことも、警察に「なにがなんでも摘発してやる」という意気込みを持たせてしまった、と想像できる。

個人的には、Winny開発者には同情できないが、かといって、ソフトの開発も権力に睨まれたらおしまい、という既成事実が積み重ねられていくことが非常に怖い。
Winnyを「映画や音楽などのファイル交換ソフト」と説明している記事が多いが、正確に言えば「ファイル交換ソフト」であって、交換するファイルの種類を映画や音楽のソフトに限定しているわけではない(だからこそ警察の捜査関連書類も「共有」されてしまったのだ)。
ユーザーがもっぱら市販の映像や音楽ソフトを違法にやりとりするために使っているという実体があるために、そうしたソフトを作って配布したこと自体が「違法である」とされたわけだが、それならば、WEBブラウザやFTPソフトだって悪意のユーザーが増えれば「違法ソフト」になりかねない。
ファイル交換というシステムそのものは、今後のネット社会発展の鍵となるであろう技術だと言われている。検索エンジンやネットオークションなどにも利用できる技術だし、車内ネットワークなどでも、最も必要とされるもののひとつだろう。

ネットワーク社会を成熟させるためには、ユーザーの成熟が必須だ。
僕は何年も前から「著作権証明機構準備サイト chosakuken.org」というものを立ち上げ、作家の斎藤肇さん早見裕司さんらの協力を得て、デジタル時代の著作権についての意見交換を図ってきた。しかし、掲示板への書き込みのほとんどは「○○のCDに入っている曲を卒業記念CDに取り込んだらまずいですか?」といった質問で、著作権の本質とは何かというこちらからの問いかけに応じてくれるものは極めて少なかった。

著作権ビジネスを営む側にも問題は多々ある。しかし、「○○をしても大丈夫ですか?」という「ただで使いたい意識」ばかりのユーザーでは、問題の本質には少しも近づけない。
数年間続けても成果を出せなかったこの掲示板は、今では一旦閉鎖している。

Winnyの開発者逮捕に対しても、ユーザーの多くは「やべえなあ。ぼちぼちこのソフトも潮時かな」くらいにしか反応しないのではないだろうか。それではいつまで経っても問題は解決していかない。
ネットワーク時代の著作権ビジネスは、「広く薄く」が基本だろう。ひとりが10円払っても、100万人が払えば1000万円になる。100万人が100円ならば1億円になる。
すでに1作品で10億円稼ぎ出している売れっ子や、売れっ子を抱えている企業にとって、1億円なんて屁みたいなものかもしれないが、違法コピーが氾濫する世の中よりは、トータルな儲けが減ってでも、多くの著作権者が相応の対価を受け取れるシステムを再構築することが必須だ。
同時に、作品の違法コピー配布だけではなく、作品の盗作問題にも真剣な取り組みが必要だ。盗んだ作品であっても、大きく儲かればそれでいい、というような風潮が著作権ビジネスの側にあれば、健全な創作活動ができない。

ビジネスとして考えれば、1000円の商品1種類を100万個売って100億円売り上げるほうが、100円の商品を1000種類用意して1万個ずつ売るよりずっと効率がいい。でも、後者のほうが「文化」のあり方として望ましいことは言うまでもない。
ソフト企業は、効率だけではなく、文化を創り出すのだという志を持ってほしい。
一方、作品を消費するユーザーには、「メガヒット」として与えられたものだけで満足することの貧しさ、しかもそれを不法に消費することの虚しさを知ってほしい。どちらも、文化を殺す行為だ。
いずれ、みんなに高いツケとなって戻ってくることだろう。


鶴亀の墓石
●墓石の上の鶴
鹿嶋神社脇の墓地(福島県西白河郡東村)にて
(c)狛犬ネット
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