たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2004年6月17日執筆  2004年6月22日掲載

「血液型人間学」はトンデモか?

このところ、テレビ番組で「血液型」を扱ったバラエティ番組をよく目にする。制作態度が非常に不真面目で、見ていてついつい腹を立ててしまう。タレントを血液型別にチームわけして、何の関係もないゲームやクイズをやらせたりといった調子のものが多い。バッカじゃなかろか。

最初に断っておくと、僕は「血液型と人間の気質には相関関係がある」という話を、「トンデモ」だと一笑にふすつもりはない。むしろ、「関係がない、というよりは、ある、と考えたほうが自然だろう」と思っている。「大阪人気質」「ドイツ人気質」というようなものがあると思うのと同じ程度にだ。
腹が立つのは、非科学的で興味本位な扱い方についてだ。
いちばんひどいのは「A型は頭がいい」とか「O型にはデブが多い」といった、あまりにも乱暴で滅茶苦茶な決めつけ。ったく、アホかぁ!
どんな血液型にも、頭のいいやつもいればバカもいる。デブもいればノッポもいる。かけっこが速いのもいれば遅いのもいる。聖人もいれば極悪非道な犯罪者もいる。
本当に「×型は頭がいい」とか「△型にはデブが多い」と主張したいなら、血液型別にIQテストや肥満度測定をして平均値を出してみればよいだけのこと。まず違いは出てこない。
それを、テレビでよく見る「肥満タレント」を数人並べて、「この人もO型、この人もO型。ね? O型はデブが多いでしょ」というようなことを平然と言ってのける。
ったたたたた、たわけ!

世の中には「血液型」と聞いただけで怒り出す人もたくさんいる。そういう人たちの多くは、「そんなしょーもない因子で自分の個性を決めつけられるのは不愉快極まりない」という思いを抱いていると思う。まったくその通り。「血液型性格判断」の最も重い罪は、安易な「決めつけ」にある。

一方で、「血液型性格判断なんてものは所詮お遊びなんだから、適当に楽しめばいいのよ」というスタンスの人も多い。僕はこれにもなじめない。
例えば「血液型占い」というものに対して、無性に腹が立つ。
「乙女座のAB型」というような組み合わせで占いのバリエーションを一気に4倍に増やしたのは誰かの発明なのだろうが、血液型で「遊ぶ」というのはタチが悪いのではないか。
血液型には、誕生日や手相や姓名の画数といった要素とは違って、個人の生理に根ざすイメージが強い。
「乙女座のみなさん。今日は健康運が不調。風邪を引きやすいので注意」
と言われるのと、
「A型のみなさん。今日は健康運が不調。風邪を引きやすいので注意」
と言われるのでは、だいぶ印象が違う。
これは例えば、「黒人のみなさん。今日は健康運が不調」とか「白人のみなさん、今日は金銭運が好調」という占いがあったら気味が悪いな、と思うのと同じことだ。

血液型占いを受け入れてしまう人、つまり、血液型を、星座や手相と同じにくくって違和感がない人というのは、突き詰めれば「血液型と性格の関連」を信じていないのだろう。

さてさて、今日のような「血液型性格判断」を流行させたのは能見正比古氏(故人。ちなみにB型)である。昭和46(1971)年、『血液型でわかる相性』(青春出版社)を発表。2年後の昭和48(1973)年に出版された『血液型人間学』(サンケイ新聞社出版局)は、一大ベストセラーになった。
それ以前に、古川竹二氏(東京女子高等師範学校=現お茶の水女子大学=教授、心理学)が『血液型と気質』という著作を発表(三省堂、昭和7年)しているが、能見氏ほどの爆発的影響力は持たなかったようだ。

能見氏は直観力に優れた人で、『血液型人間学』をはじめとする一連のシリーズは、読み物としてとても面白い。しかし、不幸なことに、多くの日本人は、この本が提示したテーマを「誤用」し続けた。血液型を面白おかしく扱ったテレビ番組はその最たるものだろう。
その反動で、「血液型ファン」以上に、「疑似科学」とか「トンデモ本」といった非難を浴びせる人たちも出てきた。人種差別の温床だと言う人もいる。

『血液型人間学』の中で、能見氏は血液型と人間の気質を「野菜」に喩えて説明している。こんな感じだ。

血液型には関係なく、人間にはもともと生まれ持った個性があるし、育っていく過程で身につけた性格や知識、技術、ものの考え方などがある。
キャベツとキュウリでは明らかに個性が違う。誰が見てもキャベツとキュウリが同じだとは思わない。これがひとりひとりの人間が持っている生来の「個性」だ。
しかし、これを漬け物にしたら、キャベツの個性、キュウリの個性を持ちながらも、「漬け物」という共通の個性が加わる。これをA型気質としてみよう。
B型は例えば煮物だとしよう。生まれ持った個性に「煮た」という共通個性が加わる。
AB型は漬けて煮るからさしづめ福神漬けか。
O型は生野菜だから、もともとの個性がいちばんストレートに出やすい。

……実に巧みなたとえ話で、最初に読んだときは、さすがは常識にとらわれないB型(おっと!)と、苦笑してしまったものだ。
恐らく、血液型の共通個性というのは、野菜を煮たり漬けたりするほど強くは出てこない。せいぜい、浅漬け、湯通し程度だろう。さっと湯通ししたキャベツと生のキャベツは、一見しただけではなかなか分からないが、血液型による共通個性というものがあったとしても、その程度のものにすぎないだろう。

だからもちろん、決めつけたり、大袈裟に考えたりするのはばかげている。
あいつは○型だから俺とは合わない、などとネガティブに考えるのは典型的な「誤用」だ。さっと湯通ししたか生かの違いより、キャベツなのかキュウリなのかという違いのほうがはるかに大きいのだから。
逆に、嫌な対応や理解できない反応などに遭遇したとき、相手の行為を思いやり、少しでも共感の糸口を掴むために「血液型人間学」を活用するのが賢い方法だろう。

血液型に関してはいくらでも面白い話が書ける気はするのだが、どう書いても、すさまじい反論が押し寄せることが目に見えているので、自重したい。
関連性がある/ないという議論については、いろいろな統計を取ってみればおのずと分かってくるはずなので、敢えてここでどっちだということも言わない。
運動能力などに関しては、短距離走と長距離走の血液型別平均記録とか、投擲種目に関する血液型別平均記録とかをたくさんとってみて、何度取っても同じ傾向が出たら、やはりなんらかの関係はあるのかな、くらいにとらえておけばいいのではないか。
しかし、「性格」に関しては、なかなか科学的なデータが取りづらいから、まだまだこれから先も議論が続くことだろう。
例えば、どこでどう調べたのか知らないが「AB型は浮気をしない」というデータがあるという。そんなもん、信じられないっしょ。どうやって調べられるの?
もしそんなデータがあるとしても、見方を変えれば「AB型は嘘がうまい」というデータにもなるのよね。

蛇足を承知で書いてしまえば、僕の経験では、血液型の話をして怒り出す人は、O型、A型に多い気がする。B型はけっこう面白がる人が多い。AB型は……この文章みたいに、煮え切らないやつが多いかなあ。


熊野神社の狛犬 安永4年
●写真 脚が細すぎ?
熊野神社(福島県西白河郡大信村下小屋)安永4(1775)年建立
(c)komainu.net

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