たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2004年11月6日執筆  2004年11月9日掲載

村が消える

中越地震から2週間経った。
我が家がある集落にはもはや誰ひとりいない。崩落した崖から川に流れ込んだ土砂のため、土石流の危険も出てきたため、雨が降ると集落への道が閉鎖される。
この時期、越後は本格的な降雪の前の雨期にあたる。毎日雨が降り、ある日、雨音がしなくなったなと思うと、雪に変わっている。
天気予報を睨みながら、昨日、ようやく現場に入った。
覚悟はしていたものの、あまりの惨状に言葉もなかった。
道路はあちこちで隆起、崩落し、最低地上高がある程度ある小型車両でないと通れない。倒れた電柱や壊れた家が目に飛び込んでくる。

集落の中で、まともに持ちこたえた家は1軒もない。外から見ると普通に建っているように見えても、中は滅茶苦茶で、柱や梁があちこちでずれ、壁は崩れ落ち、窓や戸はひしゃげている。かなり強い余震もまだ続いているので、危なくて家の中に入れない。
テレビに映し出された避難者が口々に「家の中に入れない」と言うのを見ていて、現場を知らない人間は不思議に思うかもしれないが、なるほどこれでは無理だ。
今、なんとか建っている家も、この冬は越せないだろう。雪につぶされるのを待つばかり。

田圃を見に来ていた向かいの家のご主人・源さんと話したが、完全に諦め口調だった。
田圃ももう使い物にならないらしい。
生まれ育ったこの家は、もう捨てるしかない。とりあえず仮設住宅の申し込みをしたが、これから先どうなるのかはまだ分からないという。

我が家は、家は完全にダメだが、土地もあちこちひびが入り、裏手の崖が崩落して木が消えていた。このひびに雨が染み込み、雪が積もると、春にはまた地形が変わって、土地そのものが半分くらいなくなっているかもしれない。
雨が降ると近づけないし、日没と同時に道も封鎖されるので、時計を見ながら家の中のものを出せるだけ運び出した。
まっすぐな柱が1本もないし、放っておいてもいつペシャンコになるか分からないので、命がけだ。二階の踊り場部分は、階段の最上段から40cmほど下がっていて、なおかつ床が今にも抜け落ちる状態だった。
ヘルメット、安全靴、防塵マスク。軍手では役に立たないので、革の手袋をはめて、まだ使えそうなコンピュータ機器や、通販用の本やCDの一部などを持ち出した。
その作業中も強い揺れがあり、ぞっとさせられた。ちょうど二階にいたのだが、一階にいたらもっと恐ろしかっただろう。

かろうじて形が残っている我が家を見るのは、もうこれが最後になるだろう。春には行きに押しつぶされているはずだ。
夕闇の中、道の封鎖時間ぎりぎりに、追われるように我が家を後にした。

避難所を2か所周り、近所の人たちに差し入れを渡し、話をした。みんな無事で、笑顔だったが、2週間ともなればもうそろそろ限界だろう。
集落の人たちは、本村(ほんそん=山ひとつ向こうの、村の中心部)の小学校に全員避難していた。教室の中で寝泊まりしている。
テレビでそうした様子を映し出しているが、実際にその場を訪ねると、カメラを向けるのはもちろん、そこに足を踏み入れるのも躊躇われる。
ちょうど夕食の時間だったので、みなさん固まって食事を取っていた。向かいの源さん一家とは、教室の外の廊下で話をした。いつも漬け物を持って遊びに来てくれるおばあさんも元気そうで、とりあえずは安心。しかし、話をしている間にも、固い床から足の裏に否応なく冷気が伝わってくる。

国道17号沿いにある寅さんの家は、土台ごと傾いた。外から見るとなんでもないようだが、建物を全部持ち上げて、土台を水平に作り直す特殊工法を検討中だという。
家のすぐ隣にある除雪車の基地が避難所になっていたが、やはりみんなストレスがたまりにたまり、人間関係が危うくなり始めているらしい。

我が家は、寅さんが結婚したときに建てた家で、築40年近く経っている。寅さんは息子さんが結婚したのを機に小千谷市内に新しい家を建て、移り住んだ。そのときに古い家を僕が購入し、その後もずっとおつきあいしている。例の土壌浄化システムも、工務店勤務の寅さんに相談しながら作ったものだ。
「私たちにとっては想い出の深い家だったから、たくきさんが壊さずに自分で少しずつ直して使ってくれているのが嬉しかった」と、奥さんは常々おっしゃっていた。
その家が、集落ごと消えてしまう。
ふうう。
「家を失い、村がなくなってバラバラになっても、ずっとおつきあいくださいね」とお願いして別れた。

自衛隊の災害救助はどうあるべきかとか、山村での生活が健全に保たれるための工夫とか、外から見た視点で言いたいことはいろいろあるけれど、現場に立つと、やはり脱力感のほうが大きくて、あんまり理屈を述べる気持ちになれない。少し時間が必要だ。

東京に向かう車内でぼんやりと考えた。
ガスも水道も電気も電話も、かつてはなかった。そこに人が住んでいて集落があったからこそ徐々に引いていったのであって、その逆に、人がいない場所にガスや水道を引いて、さあ、住んでくください、ということにはならないだろう。となれば、我が家がある集落だけでなく、あちこちの集落が消えていくことは間違いない。あまりにもあっけない。

我が集落の奥には、かつて人家数十戸の別の集落があった。その集落は数十年前に全戸が移住して消滅した。当初はつぶれた家屋が見えていたらしいが、何回かの冬を経て、完全に土に還った。今はもう、訪ねても、そこにかつて人家が並び、人間が暮らしていた気配はまったく残っていない。
我が家もこれから同じ運命をたどるのだろう。

そういえば、いつも遊びに来ていたタヌキたちが、この夏はまったく姿を見せなかった。そんな年は今まで一度もなかった。
春にはムカデが毎日のように家の中に出ていた。それも異例なことだった。寅さんに訊いたが、自分が住んでいた数十年の間、家の中でムカデを見た記憶はないという(ヘビはなんどかあったそうだが……)。
今思えば、全部地震の予兆だったのかもしれない。
うちの集落もそうだが、かつて植林した杉林が今では荒れるばかりで、そのために山全体の植生が貧困になっている。杉林は野生生物を育てない。だからクマも人家付近にまで下りてくる。クマが出たといってはいちいち大騒ぎして全国ニュースにし、見かけたらすぐに撃ち殺す。畑を荒らすタヌキは毒を撒いて皆殺しにする。そうした姿勢は、やはりどこか自然への畏怖が失われているのではないかと、常々感じていた。

自然との共生、なんて書けばきれいにきこえるが、自然とつき合うのはなかなか難しい。共同社会の中では、自分ひとりではできないこともたくさんある。
再生への道のりで、反省すべき課題も多いはず。
例えば前にも書いた下水道のこと。山奥に本下水を引く意味はない。今回の地震で、下水道網もずたずたになった。みんな異口同音に「たとえ水道が復旧しても、下水がつかえなければどうにもならない」と言う。
トイレの汚水処理を土壌浄化システムにしていた我が家には、そうした問題はない。山村部でこのシステムが普及していれば、水に関してはもっと柔軟で早い復旧が望めただろう。水源はもともと豊富にあるのだし。
ガスにしても、こうなってみると都市ガスは弱いということをみんな痛いほど分かった。
公共工事のコストパフォーマンスを考えず、予算が付けば工事をしてしまうという姿勢が招いた皮肉な結果とも言える。
被災直後に防災無線が使えなかったのは、非常用電源を持ちながら、そこに線をつないでいないとか、職員が電源の切り替えスイッチを知らなかったなど、日頃きちんとメンテナンスしていなかったため、というニュースも伝わってきている。
他にも細かいところで、いろいろ学ぶことは多かったに違いない。
自治体は、これを教訓として「強い山村」を作り直すことを、真剣に勉強してほしい。山村には山村の文化があり、その文化を維持するための土地にあったライフライン作りや、自然とのつきあい方があるはずだ。

僕自身も、集落消滅と同時に越後との関係が一方的に断たれてしまうのではなく、なんとかこの地で再スタートし、最後は越後で死ぬことを念じながら、少しずつ努力していきたいと思っている。

☆読者の皆様から励ましのメールをいくつもいただきました。心よりお礼申し上げます。

★2004年12月5日追記:

田麦山地区の小高(こたか)集落という名前は、その後何度もテレビに出てきて一躍有名になった。
集団移転を決めた第一号としてだ。
山古志村の人たちが「絶対に戻る」と頑張っている一方で、まだ仮設住宅の建設も終わっていない段階ではやばやと集団移転を決定……。
住民票を川口町に移していなかったので、我が家は蚊帳の外で、決定した後でしか知らされない。仕方ないとはいえ、なんとも寂しい。
おそらく、集団移転を決めれば補助金が出やすいという読みだったのだろうが、実際には集団移転と決まれば「もう二度と村には戻らない。家も建てない」ということを約束しなければならない。
新しい集落においても、造成には補助金が出るが、家を建てる費用は一文も出ない。そのへんをまだ村の人たちはきちんと理解していないような気がする。
仮設住宅はとりあえず2年間は無料で入れるのだから、その間にじっくり考えても全然遅くはない。
我が家としては、全員が出て行って村が消えても、あの土地は死ぬまで持ち続けることに決めている。最後までどうなっていくのか見届けるために。
●こりゃダメだわ


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