たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2002年4月13日執筆  2002年4月16日掲載

デジタル音楽の功罪

北海道・猿払で地物のホタテなどの販売をしているSさんというかたから、「作曲家たくき よしみつ」に対する熱烈なファンメールを何回かいただいた。

今でも毎日1時間半位は、鐸木さんの曲を聴かせていただいております。すでに3ヶ月間はたつのですが、全く飽きることがありません。是ほどの事は、25年前のサダオさんと8年前の多喜雄さん、そして今回の鐸木さんだけです。曲の良さと言うものは言葉ではなかなか表現しきれません。
(筆者註・サダオさんはジャズの渡辺貞夫氏、多喜雄さんは民謡の伊藤多喜雄氏のこと)

伊藤多喜雄さんというかたは聴いたことがないのだが、ナベサダさんは僕も大好きな、尊敬するミュージシャンなので、きっとSさんとは音楽の趣味が合うのだろう。

音楽をやっていると言うと、すぐに「楽器はなんですか?」と訊かれる。いきなりこう訊かれることには多少違和感がある。楽器がなくても作曲はできるし、「メロディーを創ること」にこだわっている僕としては、「音楽=楽器をやる人」という発想に、引っかかりを感じるのだ。
例えば、ポール・マッカートニーをベーシストだと言う人はいないだろうし、アントニオ・カルロス・ジョビンをピアニストだと言う人もいないだろう。

ジャズの世界になかなかなじめなかったのも、プレイヤーでなければジャズはやれないというような暗黙の掟が感じられたからだ。
でも、演奏は下手だが、ものすごくいい曲を創る「ジャズミュージシャン」というものがいてもいいではないか。脚本家やコント作家のように、表舞台には立たず、作品を創ることに専念する人がいてもいいはずだ。
ジャズではアドリブ演奏が重視されるせいもあるのだが、どうしても「はじめにミュージシャンありき」の世界で、表に出てこない「ジャズの作曲家」という人をあまり知らない。

学生の頃、樋口康雄、大野雄二、渡辺貞夫、林光といった人たちの音楽に傾倒し、作曲家になるために努力した。林さんはまさに「作曲家」だが、他の3人はプレイヤーとしても並はずれた腕の持ち主だ。
僕は楽器を弾くのがうまくない。ギターのコード弾きと歌はある程度できたが、鍵盤楽器やサックスなどは、とてもプロレベルに到達できるとは思えなかった。自分は作曲をする人間で、演奏はプロの演奏家がすればいいと言い訳していた。特に、スタジオミュージシャンたちの実力を目の当たりにしてからは、その思いが強くなった。

CM音楽などの仕事をするようになった頃も、当初はスタジオミュージシャンが僕の創った曲を演奏をしていた。逆に、歌手として他人が創った曲を歌ったことは何度かあるが、スタジオミュージシャンとして他人の曲を演奏したことは一度もないし、やりたいと思ったこともない。自分の曲も、うまい人が演奏してくれたほうがずっと気分がいい。要するに僕は、音楽においてもプレイヤー志向ではなく、作家志向だった。

そのうち、MIDI(Musical Instruments Digital Interface)が登場した。これは音楽を構成する楽器音の要素(音の強弱、長さ、高さなど)を全部数値化して、コンピュータが制御し、それに従ってあらかじめ用意されている音源を鳴らすというものだ。
通信カラオケは、全部の音がMIDIで再生されている。通信カラオケで鳴っている音は、人間が生で演奏しているわけではない。CDのように音楽をデジタル録音したものですらない。コンピュータに記録された数値によって、機械が内蔵している音源を鳴らしているだけなのだ。
(つまり、レコードプレイヤーやテープレコーダーではなく、オルゴールに近い。)

MIDIが登場してからは、それまでやりたくてもやるチャンスのなかったジャズやクラシック風の音楽なども創れるようになった。正確には、創った後、擬似的に再生して、音を実際に確認できるようになった。
もちろん、本物の楽器を生で演奏してもらうのに比べると安っぽいし不自然だが、それまでは、作曲家が曲を書いても、演奏者に演奏させない限りは、まったく音として確認する手段がなかったことを思うと、雲泥の差だった。また、音源の質もどんどん向上して、今ではドラムやベースなどは、ちょっと聴いただけでは生演奏なのかMIDIなのか分からない。

CM音楽や番組のBGM制作などの現場では、MIDIはとても重宝された。ドラムや生ピアノを録音するためにはそれなりのスタジオとミュージシャンが必要だが、MIDIとサンプリング音源を使えば、四畳半の部屋でも音楽が制作できてしまう。録音機材もデジタル技術のおかげで劇的に安くなったので、個人でも十分なクオリティの音楽原盤が作れるようになった。
僕も80年代には、タヌパックスタジオという自宅スタジオで、いろいろな音楽制作の仕事をした。

しかし、僕にとっては、MIDIはあくまでも「代用品」でしかなかった。コンピュータを使わなければできない音楽というものもあるが、あまり興味はない。本来、生身の人間が実際に楽器を演奏してこそ、音楽の醍醐味は味わえる。予算がないからといって、なんでもかんでもMIDIで済ませてしまうのは情けない。
今の子供たちは、生まれた頃からMIDIと電子音、サンプリング音源だけのデジタル音楽ばかり聴いているから、生の楽器のよさも知らない。メロディーの素晴らしさに感動する能力も落ちているように思える。音楽は、創る側だけでなく、聴く側もある程度の能力を要求されるものだ。

そんなわけで、僕は次第にMIDIから遠ざかり、面倒でもきちんと楽器を演奏する努力をしようと改心することになる。37歳になったとき、これ以上躊躇していたらもう一生無理だろうと思い、近所のジャズスクールの門を叩き、ジャズギターをドレミファから学び始めた。これがギターデュオKAMUNA誕生のきっかけだった。

今は、MIDIだけで創る音楽には熱くなれない。ドラムやベースのパートには仕方なくMIDIを使うことが多いが、それだって本当なら生身のミュージシャンにやってほしい。
しかし、MIDIがなかったら生まれてこなかったであろう作品もある。80年代にタヌパックスタジオで制作していたBGMやCM音楽、その延長線上にあるMIDIを使ったアースミュージック?風の音楽作品群(後にCD『狸と五線譜』に収録して発表)などは、MIDIがなかったら具体的な音にはならなかったものばかりだ。

猿払のSさんからのメールを読んで、MIDIでCM音楽などを創っていた頃のことを改めて振り返ってみた。すると、こだわった挙げ句にMIDIで創った音楽を封印している自分もまた、どこか偏狭なのではないかと思い至った。音楽の価値を決めるのはリスナーだ。MIDIで創ってあるから駄目だなどと決めつけず、Sさんのように、ちゃんと「楽曲」として、メロディーやハーモニーを聴いて、楽しんでくれる人もいる。
そう思い直して、今回、『Melodies and Memories ~ Takuki Yoshimitsu Works 1975-1990』というCDを作ってみた。タヌパックスタジオのテープラックに眠っていた音楽作品を、CD1枚に入れられるだけ入れて、記録として残しておこうというものだ。今からプリマスターCD-Rとジャケットの印刷データを工場に送るところ。CD1枚に入れられる限界の74分目一杯を使い切り、36曲入っている。僕の幻のデビュー作『プラネタリウムの空』に付属していた8cmCDの中身も全部入れたし、最後には、自分で歌っている『ありがとう』(くりすあきら作詞)も入れた。リリースは連休明けくらいになるだろう。
MIDIは好きじゃない。でもまあ、こんなことが「思い立った」だけでできるのも、デジタルのおかげ、ではある。