たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2002年5月3日執筆  2002年5月7日掲載

専用機か汎用機か

パソコンは、ソフトを入れなければただの計算機にすらならない。使う人が、自分の目的に合ったソフトを選択し、自分のパソコンに入れて使うことにより、初めて有効な道具になる。
ところで、万能な道具としてのパソコンが登場し、ここまで進化し、低価格になった今でも、専用の道具を使ったほうがいい場合はあるだろうか? もちろん、鋸や鉋などという話ではなく、デジタルな道具、コンピュータ関連に限定した話だ。
専用機は特定の仕事しかできないが、その仕事に特化して作られているため、操作性はよいはずだ。ただし、値段は一般的にパソコンより高めで、コストパフォーマンスも悪いことが多い。そのことを頭に入れた上で、実際に使ってみた経験から、以下、少々乱暴で独善的かもしれないが、たくき流の「専用機か汎用機か、どっちが得かよ~く考えてみようガイド」を書いてみよう。


◆執筆の道具……ワープロ専用機 vs パソコン

これは結論から言えば、パソコンの圧勝だ。ワープロ専用機なるものが、どんどん作られなくなっている現実を見れば、誰もが納得するだろう。
僕自身は、ワープロ専用機からパソコンに乗り換えるときに相当抵抗があった。
僕の電脳執筆環境は、単漢字変換・16ドット印字の初代カシオワードから始まり、富士通オアシスライト、サンヨーSWP-340、サンヨーSWP-700……と、サンヨーのワープロを使っていた時代がしばらく続いた。その後、パソコンに乗り換えたときは、ワープロ専用機に比べて、パソコンのワープロ機能というのは怖ろしく遅れていると憤慨した。
漢字変換はATOK8というものが登場していたので、すでにどんなワープロ専用機に搭載されている漢字変換プログラムより優秀だった。しかし、キーボードの配列が気に入らない。それに、小説では必須の縦書きがまともにできない。動作が重い。起動に時間がかかる。動作が不安定……などなど。

しかし、これらの弱点は、僕がワープロソフトを使っていたからだということに、すぐ気づいた。ワープロソフトは文章を書くためのソフトではなく、文章を印刷するためのソフトだった。書くだけなら、テキストエディタというソフトがある。テキストエディタの存在を知ってからは、夢のような執筆環境が手に入った。最初は秀丸。その後すぐにQXエディタに乗り換え、現在もずっとQXを使っている。
QXでは、縦書き編集・印字はもちろんのこと、段組、ルビ振り、自動半角縦中横(2桁算用数字やkgなどの単位を、縦書きの中で何も指定せずとも、自動的に横組みに変更して表示・印字してくれる機能。これは未だにWordや一太郎などの高級ワープロソフトにも搭載されていない。ワープロソフトではいちいちその文字を選択して縦中横を指定してやる必要がある)など、文章執筆に必要なことはすべてできる。
QXエディタで出力したファイルをそのまま本の版下にしたこともある。

ワープロ専用機は、文章を書く機械ではなく、文章を簡単・安価に印字する機械だととらえている人も多かった。しかし、印刷においても、レーザープリンターが2万円台から買える現在では、ワープロ専用機に勝ち目はない。
出版するための原稿なら、なおさらワープロ専用機は不利だ。今なら、PDFファイル(Acrobatのファイル)を入稿すればそのまま版下になるが、ワープロ専用機ではそんな芸当はできないばかりか、機種によっては、普通のテキストファイルに変換するのも面倒なことがある。
ありとあらゆる場合を考えてみても、もはやワープロ専用機の使命は終わったと言えるだろう。
今もワープロ専用機を使っているかたは、機械が壊れないうちに、重要なファイルはすべてテキストファイル形式に変換して保存しておくことをお勧めする。ワープロの専用形式だと、将来読み出せなくなる可能性が大きいからだ。
(このへんのことは、拙著『テキストファイルとは何か?』や『ワードを捨ててエディタを使おう』に詳しく書いているので、もっと詳しく知りたいというかたはぜひご一読を)


◆録音装置……専用ハードディスクレコーダー vs パソコン

録音の現場では、テープメディアからディスクメディアへの転換が急速に進んでいる。ディスクメディアの代表はハードディスクレコーダーで、これを使ってしまうと、二度とテープ録音には戻れなくなる。それほど、操作性や編集機能などの差は歴然だ。
音質は、デジタルで録音する限り、テープに記録しようがディスクに記録しようが、理論上差はない。
録音機(ハード)としては、テープメディアを使う録音機は複雑な回転系メカニズムが要求されるため高価で、かつ、耐久性の面でもディスク方式に劣る。ハードディスクレコーダーは、記録メディアとしてのハードディスクに回転系メカニズムが集中していて、その他の部分には複雑なメカや消耗部品がないからだ。ハードディスクが安価になった現在では、ハードディスクそのものを脱着式にして、テープと同じ感覚で使える。
では、ハードディスクに記録するとして、専用のハードディスクレコーダーと汎用パソコンを使う方法とではどちらがいいだろうか?

わがタヌパックスタジオでは、専用のハードディスクレコーダーを使っている。使っているCPUは何世代も前のものだから処理は遅いが、専用機ゆえに無駄なシステムが必要なく、エラーなどは出にくい。
また、古いCPUは低性能だが熱をあまり出さず、熱対策の点でも、クーリングファンなどを設置しなくて済むので、それだけノイズ発生源が減る。
パソコンはノイズを発生する原因が詰まっている箱だから、音質が問題になる録音作業では不利だ。パソコンを使ってプロレベルの録音をやろうとしたら、専用のアナログ/デジタル信号コンバーターなどを購入しなければならないが、これが結構な値段だったりする。それなら専用機を使ったほうが楽だ。


◆MIDI音楽制作環境……専用機の集合 vs パソコンの総合システム

録音だけの環境では専用のハードディスクレコーダーが有利だが、MIDIが出てきてからは、音楽制作現場では、録音作業と音楽の構築が一体化してきている。
音楽制作まで含めて、専用機かパソコンかという判断となると難しい。
MIDIシーケンサーは、今では専用機というものが数えるほどしかなくなってしまった。ワープロ専用機が消滅していったのと同じ理由なのだろう。
MIDIキーボードに音楽制作環境を凝縮して詰め込んだワークステーションのようなものに取って代わられたという見方もできる。入力装置であるキーボード、音源、録音機を兼ねたサンプラー、MIDIシーケンサーなどが一体化している。この手のワークステーションが高機能になってきた現在では、シーケンサーをわざわざ単独で切り離しておく意味がないというわけだ。キーボーディストなら、結線(ワイヤリング)地獄から開放された一体環境は天国だ。

MIDI音楽では、使う音源もデジタル音声ファイルだから、特定の楽器などは不要で、その楽器が出した音そのものをサンプリングした音素片を膨大にストックしておけば事足りる。
そうなると、データをストックしておく容量や、データベース機能の面では専用機よりパソコンのほうが有利だし、システムがどんどん高度になるのに合わせて環境を変えやすいのもパソコンだろう。

理屈では分かっているのだが、タヌパックスタジオではまだ専用シーケンサー、専用サンプラー、専用ミキサー、専用録音機……などなど、専用マシンが複雑にケーブルでつながっている。一つには、統合ソフトが高価だということもあるが、何度か挑戦するたびに失敗して、今ではもう気力がないのだ。そんな時間とエネルギーがあるなら、ギターの練習をしたほうがいい……という気分になってしまう。歳ですね。


◆音楽CD作成……専用CD-Rレコーダー vs パソコンのCD-Rライター

最近はCD-Rに録音するケースも増えている。これは、ほとんどの人がパソコンを使っているのではないだろうか。僕も当初はそれを考えたが、うちでは既存の音楽CDをCD-Rにコピーするというケースはほとんどなく(しかもこれは著作権の問題があるので、簡単には論じられない)、自分でDATやハードディスクレコーダーなどに録音したマスター音源をCD-Rに焼いてテストしたり、そのままCD工場にプリマスターCD(CDの原盤)として持ち込むというケースがほとんどだ。
パソコンに内蔵されているA/D、D/Aコンバーターはたいてい性能が悪く、プロレベルでは使えない。そこで、USBで接続する外部コンバーター(オンキョーやサウンドブラスターから出ている)の使用も考えたが、5万円程度で「業務用CD-Rレコーダー」というものが売られているのを見つけて、そっちにした。
これは大正解だった。音質も操作性も申し分ない。アナログ入力しても極めて高い音質で同時にデジタル変換して録音されるし、サンプルレート48kHzのDATからデジタル入力して44.1kHzのオーディオCD使用にデジタル変換しても、結果は上々だった。
ただし、記録メディアを選ぶ。メーカーによってはまったく使い物にならないCD-Rメディアがあった。盤面(記録面)の色が濃いとまずいらしい。


◆テレビの録画……専用ハードディスクビデオレコーダー vs パソコン

最近はテレビ番組を録画できるのを売りにしたパソコンが出ている。しかし、そのパソコンには当然テレビアンテナがつながっていなければならないわけだし、録画しているとき、裏で仕事の作業など怖くてとてもできない。となると、テレビ番組録画専用のパソコンとして固定した使い方をするようになってしまうのではないだろうか。だったら、専用機のほうがずっと使いやすいし、安いし、動作も安定している。

テレビ録画用の専用ハードディスクビデオレコーダーは、実売価格で10万円を大きく切っている。うちにあるのは40時間録画できるものだが、7万円くらいだった。画質はいちばん悪いモードでも、通常のビデオ録画並みかそれ以上の画質は十分確保できる。
ディスクだから、テープノイズは皆無だし、磁気ヘッドが汚れることもない。早送りや頭出しは瞬時。消去や編集も思いのまま。今放送している番組を録画しながらすでに録ってある番組を見たり、今放送している番組を録画しながら、30分前に遡って同時再生するなどということもできる。ハードディスクレコーダーによる録画生活を経験してしまうと、二度とビデオデッキには戻れなくなる。それほど快適だ。
今後、あらゆる記録メディアは、テープからディスクへ移行していくだろう。

ハードディスクレコーダーとDVDレコーダーが一体化した機種も出ているが、これを使えば、保存しておきたいものもどんどんディスクにためていける。
VHSビデオテープのでかさと扱いにくさから解放されることは大きい。もちろん待っていれば、ハードディスクレコーダーは今後どんどん値下がりするだろうが、圧倒的な利便性を考えると、今すぐにでも買って損はないと思う。

ただし、家ではパソコンをほとんど仕事には使わないし、夜、WEBサーフィンをしたりメールチェックしたりする程度。テレビを置く場所もない狭い部屋でひとり暮らししているというような人には、パソコンがテレビもビデオも兼ねるという環境も、結構いいかもしれない。


こう見ていくと、執筆環境以外は、ことごとく専用機のほうに軍配が上がりそうだ。
パソコンは万能だが、すべてにおいてベストな選択ではない。
ただ、これだけ便利な道具が溢れる現代では、ユーザーが道具を使いきれない、あるいは道具の存在にすら気づかないケースが増えていく。
かくして、デジタルツールを使いこなす人と使いこなせない人(あるいはデジタルアレルギーを感じて敬遠する人)の格差が生じて、新たなギャップが出てきたりする。CPUの処理速度が上がるようには、人間の理解力や応用力は発達していかない。これもまた、デジタルストレス……だろうなあ。




moth

挿画 a moth    (c)tanuki http://tanuki.tanu.net










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