たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2005年10月21日執筆  2005年10月25日掲載

円空仏と横浜駅


『開運! なんでも鑑定団』という番組を、飽きずに毎週録画して見ている。最近はすぐに見なくなったので、何週分も溜まってしまっているのだけれど、他に見るものがないときは「じゃあ、鑑定団でも見て寝るか」と、撮りためてある分を見る。
この番組は人間社会の理不尽な問題を提起している。
だいぶ前に、そのことをテーマにして短編小説を書いたこともある

「ものの価値」とはなんだろうか?
価値は、判断する基準によって大きく変わってくる。だから、誰にでも分かりやすいように「市場価格」という数値を使って鑑定してみましょう……というのが『なんでも鑑定団』の趣旨である。
市場価格は、芸術性、希少性、人気などが関係して決まる。
「マリリン・モンローが帝国ホテルに泊まったときにバスタブに残した陰毛」なんて、ほとんどの人には価値がないものだけれど、100万円で買うという人もいるかもしれない。
(本物だと鑑定する方法が難しそうだが)
一方で、どんなに優れた芸術作品でも、作者の知名度がなければ市場では高値で取り引きされることはない。
1本100万円の陰毛と、捨てるよりはいいかもと青空バザーに100円で出品された無名作家の油絵。この2つを比較して、どっちが価値があるかなんて議論するのは無駄なことだ。

いつの頃からか、『鑑定団』に、一度くらい鑑定依頼をしてみたいと思うようになった。さて、その場合、なにがいいだろう? 我が家には面白そうなお宝はあったかしら?
何年も前から考えていて、「これがいいんじゃないか」という結論に達したのが、「偽物の円空仏と本物の横浜駅の看板」の組み合わせである。
どっちも単体で出すには弱いから、苦肉の策として「組み合わせる」のである。

円空仏は人形作家をしているお袋がだいぶ前に古物商から買ったもの。購入価格は2万円だったそうな。
2万円で売っていたということは、売るほうも買うほうも、ハナから本物だとは思っていない。円空仏は人気があるため、偽物を作る彫刻家がたくさんいるらしい。コピーと分かって飾る人もいるのだろう。要するに「需要がある」ということだ。
そうした偽物円空仏にもいろいろあって、うまいのとへたなのは一目見ただけでも歴然とした差がある。
この偽物?は、偽物の中では極上の部類に入ることは間違いない。
実際、お袋はかつてこれを、彫刻家の故・圓鍔勝三氏に見せたことがある。
圓鍔氏はしばし見入るなり「うわ~、うまいなぁ~!」と賞賛したそうだ。でも、すぐにその後で「本当によく彫れている偽物だ」とおっしゃったとか。
圓鍔氏自身も円空仏を所有していて、奥から出してきてお袋に見せてくれたそうだが、お袋は「でも、圓鍔先生が持っていらっしゃった円空仏のほうが私には偽物に見えたわ。もしあれが本物の円空なら、偽物でもこっちのほうがいいわよ」と言っていた。
それを聞いて笑ったのは何年前のことだったろうか。

お袋が古物商から買った円空仏は3体あって、どれも焦げ茶色の泥絵の具が塗ってある。古物商の話では、古民家の納屋の縁の下に埋まっていたのが掘り出された、というのだが、まず99.8%ウソだろう。
3体ともよく彫れていて、出来がいいのだが、どうにも好奇心旺盛な親子は、悩んだ末に、3体のうち、いちばん出来の悪そうなやつの一部を、水をつけた布でこすって、泥絵の具を落としてみた。下はいかにも真新しそうな木だった。江戸時代の木が、こんなにみずみずしいはずはないので、やっぱり偽物には間違いないだろうと納得した。

で、何度かねだっているうち、後日、3体のうち1体をくれるということになった。いちばん大きくて見栄えのする(出来もいちばんいい)やつを、気が変わらぬうちにもらってきた。(だいぶ惜しそうな顔をしていた)
偽物であっても、文化勲章受章者であり文化功労者であり日本芸術院会員でもあった彫刻界の重鎮が「うまいなぁ~」と誉めた偽物である。かなりの技量の持ち主が彫ったことは間違いない。偽物やコピー特有のいじましさや媚びがほとんど見うけられない逸品?だ。
以来、うちの玄関にずっと立てかけてある。

しかし、ほぼ偽物と決まっている円空仏の鑑定ではつまらない(間違って本物だ、などという鑑定が飛び出したらそれだけで盛り上がるが)。
そこで、僕自身が買った「お宝」とペアで鑑定して、どっちが高額鑑定になるかという趣向を考えた。

僕はコレクション趣味は持っていない(狛犬の写真撮影はコレクションとは言えないだろう)。いわゆるコレクターズアイテムを金を出して買ったことはないのだが、たった一度の例外が「駅の看板」である。
20歳の頃だったと思う(つまり30年前だ。時が経つのははやい)。新宿駅の地下通路の一角で、国鉄の払い下げ品即売をやっているのに遭遇した。覗いてみると、定番であるSLのプレートなど、「その手のもの」が雑然と並んでいた。
駅のホーロー看板も何枚も出ていた。値段は2000円。
そんなものを集める趣味はないのだが、部屋に駅のホーロー看板がなんの脈絡もなくあるのも面白いかなと思い、1枚買ってみようかという気になった。2000円は、貧乏学生にとって、遊びで買える金額上限だった。こんなものに2000円も出していいのか、という罪悪感に近い気持ちも覚えたが、同時に「そのうち価値が出て高値で売れるかもしれない」という邪心もあったに違いない。
無造作に重なっているのをパラパラと見ていたら「よこはま」が出てきた。
横浜駅は、中学高校の6年間、通学で通っていた駅だ。この看板を実際に何度か目にしていたかもしれない。
それに、「よこはま」はメジャーだし、「しんばし」とか「ばくろちょう」なんていうのよりはかっこいいだろう。ということで、迷わず「よこはま」を購入。

以後、ずっと持っていたが、結婚するときに「狭いんだからゴミは持ち込まないでね」とかみさんに念を押され、実家に残してきたままになっていた。
何年も前から「あれ、今度取りに行くから」と言っているのだが、段ボール箱やゴミが積み上げられた向こう側に埋もれてしまって「全然取り出せない」と言われ、そのままになっていた。
今回、ゴミの山の向こう側からようやく掘りだしてもらった。

2つ並べてみると、なんとも不思議な光景である。
鑑定すれば、「よこはま」の圧勝だろう。いくらつくかは分からないが、偽物の円空仏よりも、本物の横浜駅ホーロー看板のほうが市場性が高いことは間違いないはず。
しかし、お袋にそう言うと「そんな馬鹿なことあるはずがない」と言う。偽物であっても、よく彫れている円空仏のほうが駅の看板なんかよりずっと価値があると信じているようだ。

果たしてこの勝負やいかに……。
お袋が生きているうちに、決着をつけたいところだが、まだテレビ東京には送っていない。



円空仏と横浜駅のホーロー看板
●大きさもほぼ同じ さて鑑定額は?


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