たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2005年11月18日執筆  2005年11月22日掲載

「タミフル不足報道」の怪


最初に、今回の話は、何から何まで「分からないことだらけ」であることをお断りしておく。これはこうこうこうだからおかしい、というはっきりした話ではなく、非常に曖昧模糊としたままで事態が推移していくことに対する不信感を表明したいのである。

この冬、「新型のインフルエンザ」が大流行して大量の死者が出るかもしれないという話が、噂レベルを超えて、報道レベルで流れている。まず、この状況がどうにも腑に落ちない。根拠を明確に示している記事はほとんどないように思えるのだが、とにかく連日繰り返しそうした趣旨のニュースが流れている。

その「新型」インフルエンザとは、高病原性鳥インフルエンザに起因するものであるという。
鳥インフルエンザは、去年だいぶ騒がれた。厚生労働省のサイトには、2004年3月9日付けで「国民の皆様へ(鳥インフルエンザについて)」という告知ページが掲載されている。
内容は、
「鳥インフルエンザについては、これまで、鶏肉や鶏卵を食べることによって、人に感染したという事例の報告はありません。このため、食品衛生の観点からは、鳥インフルエンザ発生農場から出荷された鶏卵や鶏肉を回収する必要はないものと考えられます」「日本では、この病気にかかった鶏等が徹底的に処分されており、通常の生活で病気の鳥と接触したり、フンを吸い込むようなことはあまりないことから、鳥インフルエンザに感染する可能性はきわめて低いと考えられます」

など、概ね「あんまり騒がないでほしい」と読み取れる。
実際、中国やベトナム、インドネシアなどで人間への感染例が報告されているものの、数は多いとは言えない。ただ、感染した場合の致死率は高いようだ(例えば、インドネシアでは現11月18日現在、人への完成症例は合計11例で、そのうち7例が死亡している)。

鳥インフルエンザそのものはそれほど大騒ぎすることではないとすれば、現在の「この冬、新型インフルエンザの大流行があるかもしれない」という騒ぎはどこからきているのだろうか。
そうした新型インフルエンザがすでに発生しているから気をつけましょう、という話ではなく、もしも、鳥インフルエンザウイルス起源の「新型インフルエンザ」が出現して大流行したら怖い、という話らしい。
「新型」だから当然大半の人は免疫がない。厚生労働省の試算では、人口の25%が罹患すると想定した場合、受診患者は最大2500万人、スペイン風邪並みの重度(致死率2%)だとすれば死者は約64万人、中等度(同 0・53%)だと約17万人……ということになる。

これらはすべて「想定」であり、将来、現実に発生したとしても、その時期がこの冬だと決まったわけではない。5年後かもしれないし、10年後かもしれないし、もしかしたらずっと発生しないかもしれない。
不謹慎な言い方を敢えてすれば、なんだかパニック映画の予告編を見せられているような気もしてしまうのだ。さらに不謹慎であることを承知の上で言えば、過去にそうしたテーマの小説を書いてきた者としては、どこかの研究所がすでにそうしたウイルスを開発していて、噂を流しているのではないか、などと想像力を膨らませてしまうのである。

しかし、確かにリスクはある。で、リスクに対してはどう対応するかが問題となってくる。
インフルエンザ治療薬というのは現在、スイスのロシュ社がライセンスを持っているタミフル(Tamiflu: オセルタミビル Oseltamivir)、イギリスのグラクソスミスクライン社のリレンザ(Relenza: ザナミビル,zanamivir)、スイスに本拠地を置くノバルティスファーマ社のシンメトレル(Symmetrel: amantadine, 塩酸アマンタジン)などがあり、この中でもタミフルは、鳥インフルエンザと同じ「A型」に分類されるインフルエンザに特に効果があるとされている。
実際には、効果があるといっても、インフルエンザウイルスを死滅させるのではなく、増殖を抑制する効果を持つだけなので、ウイルスの増殖が少ない、感染直後の初期段階(通常は48時間以内)に投与しないとほとんど意味がない。

このタミフルが現在、全世界的に供給不足状態になっており、それを巡る報道もかまびすしい。
もともとタミフルの大半は日本が買っていたそうで、今でも生産されたタミフルの多くは日本国内にある。しかし、厚生労働省の試算によるような大規模感染が万一発生したら、今の量ではとても足りないからもっと備蓄しておくべきだ、ということらしい。
それをめぐって、「日本だけが買い占めるのはけしからん」という諸外国からの反発があったり、「ロシュ社が独占製造しているからいかんのだ」という批判があったり(その批判に応えてか、ロシュ社では数社へのライセンス供与や価格引き下げを発表した)もしている。

かと思うと、今度は「タミフルの副作用?で少年二人が異常行動の末に死亡」というニュースが流れる。一人は、雪の中をパジャマ姿で素足のまま外に出て、大型トラックに飛び込んで死んだ。もうひとりは自宅マンションのベランダ(9階)から転落死。
トラックに飛び込んだ少年は「笑いながら」飛び出してきたという噂まで飛び交い、ほとんど都市伝説のような様相を呈している。
この事件、最近報道されたから最近のことかと思ったら、トラックに飛び込んだほうは去年の2月、マンションから転落のほうは今年の2月で、どちらもだいぶ前、しかも1年の間をあけての事件だ。そうした古い事件が今になって「副作用か!?」と騒がれるのも、報道のあり方に疑問を感じてしまう。(インフルエンザ脳症では、もともと幻覚を見たり異常行動を起こすことがあるという医師の指摘もある)

さて、ここまでの話をまとめてみよう。
1)鳥インフルエンザそのものは、人間に感染する確率は非常に低い
2)しかし、感染した場合の致死率は高い
3)ゆえに、もし鳥インフルエンザウイルスが突然変異して、人から人に容易にうつるタイプの新型インフルエンザが出現した場合、大量の死者が出る恐れがある
4)鳥インフルエンザはA型インフルエンザの一種だから、鳥インフルエンザ起源の新型インフルエンザが出現した場合、A型インフルエンザに効く特効薬が有効である可能性が高い
5)現在知られているA型インフルエンザ特効薬の筆頭はタミフルである
6)よって、タミフルを大量備蓄しておくべきである

……どうも、こういう論旨のようである。
3)と4)はあくまでも仮定の話である。鳥インフルエンザ起源の新型インフルエンザは発生しないかもしれないし、発生したとして、その新型インフルエンザにタミフルが有効かどうかは分からない。

確実なのは、現在、大量のタミフルが買われていて、関連業者は儲かっているということ。そして、マスコミ報道によって、国民はみな新型インフルエンザに大きな不安を抱えているし、タミフルという薬の名前も知っている、ということである。

何年か前、ダイオキシン騒動というのがあった。焼却炉からダイオキシンが出て、野菜や母乳を汚染しているという報道があり、日本では、世界に類を見ない「ダイオキシン法」(ダイオキシン類対策特別措置法)というものができた。
全国の自治体は高価な新型焼却炉を購入させられ、その費用の合計は、億を超えて兆の単位になったという。野焼きの完全禁止なども行われ、建築現場で、冬場に職人さんたちが木っ端を燃やして暖を取っているだけで住民から通報されるようになった。
何人かの学者たちは、あのダイオキシン騒動は根拠のない情報操作であったと告発している。もともと、大気中のダイオキシン濃度は人体に影響を及ぼすような濃度ではなかったし、野焼きの完全禁止などは愚の骨頂であるというのだ。しかし、そうした意見が、あのときのダイオキシン騒動と同じレベルで報道されることはないし、もう一度検証し直そうという動きもない。

タミフルが新型焼却炉と同じかどうか、僕には分からない。少なくとも、ダイオキシンの場合は、前提が間違った上での新型焼却炉導入だったようだから、同次元では比較できないだろう。また、ここまで専門的情報が交錯する情報戦の場合、一般人が事の真相をつきつめていくのは極めて難しい。
しかし、これだけは思うのである。報道においては、どこからどこまでが現実に起きている事実であり、どこからが「仮定の話」なのかを極力明解に伝えるべきではないかと。
それが分からないと、どの程度のリスクかを評価して、そのリスク回避のためにどれだけの金や労力を注ぎ込むべきかという、いわゆるリスクマネージメントを正しく行うことができない。

報道の質が落ちて、口裂け女伝説みたいなレベルにまで堕してしまうとき、戦争勃発も含め、あらゆるリスクが急上昇することだけは間違いない。

(2006年1月18日 追記)
……と思っていたら、やっぱり……。
米CNNが2005年10月31日に、ラムズフェルドが、タミフル製造の特許を持っているアメリカの企業ギリアド社の元会長であり大株主であること。鳥インフルエンザ猛威説流布で同社の株価が急騰し、ラムズフェルドも巨額の儲けを得たことなどをすっぱ抜いた。同じ米メディアでも、共和党べったりのFOX系ではこういうニュースは出てこないのかもしれない。
これって、ホリエモンの「風説流布」なんかよりよほど大規模で悪質ではないのか? この騒動でタミフル買い占めのために使われた金の多くは日本国民の税金なのである。
詳細は→こちら



●越後の震災現場から救出した片目のシーサー

(c) Takuki Y. http://takuki.com

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