たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2005年12月2日執筆  2005年12月6日掲載

認可ビジネス天国・ニッポン


「姉歯」という姓は珍しい。「日本の姓の全国順位データベース」で調べてみたら、20342位だった。このサイトでは日本の姓を約10万収録してあるそうだが、1万位以下の姓は極めて珍しい。「姉歯」姓の電話帳収録件数は全国で57件だそうだ。
ちなみに「鐸木」姓は27134位(34件)で、さらに珍しい。
全国に最低でも100人はいるであろう「姉歯」さんは、目下、苦渋の時を過ごしているに違いない。

耐震強度を偽造した、極端なインチキ設計で、実際にマンションやホテルが建ってしまうのは驚きだ。デベロッパー、建築会社、設計事務所、設計監査会社(含、役所の監査部門)が連日責任のなすりつけあいをしているのは実に見苦しいが、今までこの報道につき合ってきた限りでは、もっとも罪の度合が大きいのは監査機関ではないかと感じる。

コストダウンをして儲けようとする企業はたくさん存在する。その中で、仕事を得るためにでたらめな設計図を描く設計士も出てくるのだろう。そういう人間はどんな業界にも潜んでいる。だからこそ、災害時に大量の死者が出る恐れがあるビル建築には設計段階での監査が義務づけられている。

11月29日に行われた衆議院国土交通委員会において、参考人として呼ばれたイーホームズ株式会社代表取締役・藤田東吾氏は、不正を見抜くのは非常に難しかった、膨大な書類をひとつひとつチェックすることは事実上無理である、というようなことを言った。すかさず周囲から「だったらやめちまえ!」という野次が飛んだが、まったくその通りだ。
そんな監査なら、あってもなくても同じである。いや、ないほうがまだマシかもしれない。
検査機関が存在しなければ、建物の設計は、設計者、施工者、販売者の責任となり、「検査に通ったから」という言い逃れはできない。人命を預かる仕事をしているというプロ魂に、すべてが委ねられる。
無責任な検査機関が介在していることで、建築業界の現場に「言い逃れ」の根拠を与えてしまっている面がある。その結果、ふてぶてしくも「逆ギレ」する販売会社社長も出てくる。
ほとんどノーチェックで審査をパスさせているような検査機関を立て直すのは相当時間がかかるかもしれない。別の手段として、今回のような不正が発覚した場合、責任者を厳罰に処し、被害者を救済できるシステム作りを整備するべきではないか。

検査機関の堕落ぶりは、知れば知るほど恐ろしい。
民間検査会社最大手の日本ERI株式会社は、姉歯設計士の強度計算偽造を見抜いた設計会社から指摘を受けていたにもかかわらず、なんの対応も取らなかった。
その日本ERIは、自社のサイトで、

//今回調査対象とした建築確認について構造審査記録を点検したところ、全ての案件について業務規定および社内規定に従って審査していることを確認しました。(中略)確認検査機関(特定行政庁も含めて)において「審査が杜撰」「事実上ノーチェック」という実態があれば言語道断ですが、相当の能力を持った専門家が充分な注意を払っても今回の巧妙なデータ改ざんを見抜くことは困難だったと思われます//

と、しゃあしゃあと表明している
設計会社が見抜いた偽造を、審査するのが仕事の会社が見抜けなかったのも「言語道断」だが、設計会社から具体的に「この設計士の仕事はおかしいから調べろ」と指摘されたにもかかわらず、それを放置したというのは、もはやまったく言い逃れできない。
にも関わらず、日本ERIという会社は、イーホームズが「隠蔽した」と証言したことについて告訴すると逆ギレしているのである。なんということだろうか。

日本ERIから告訴すると言われたイーホームズは、自社のサイトでそのことについて、

//然るに、同じ審査に関わる職業的専門家として、日本ERI社が過去の業務の中で、姉歯設計事務所が関与した物件において構造計算図書の偽造又は深刻な問題という事実を認識したのなら、その時点で、少なくとも社内において、当該事実の重要性を認識し、関係物件の調査を行い追求するべきではなかったかと思います。もし、この偽造事件が過去に公表されていたのなら、少なくともそれ以降の物件に被害が波及する事がなっかた(原文ママ)と思います。「隠蔽」という言葉は、社内のどの段階で発覚したに関わらず社内で認識した危機の事実が外部に公表されなかった以上、結果として隠蔽と問われても致し方ないことだと思います。//

などと表明している
自分のミスを棚に上げ……というところだが、確かに「もし、この偽造事件が過去に公表されていたのなら、少なくともそれ以降の物件に被害が波及する事がなかった」かもしれない。日本ERIの責任は特に重い。

なぜこんなことが起きるのか?
以前から疑問に思っていた問題点を2つだけあげてみたい。
1つは、国が一部の民間企業に「おいしすぎるビジネス」をさせている土壌。
もう1つは、いつまで経ってもデジタルとアナログをきちんと使い分けられないお役所仕事土壌、である。

まず「認可ビジネス」というものについて。
日本には、○○をするには××という資格を取らなければいけない、という制度が、やたらとたくさんある。それを認可する団体があり、その団体を管轄する組織(特殊法人や社団法人の類)も山のようにある。そうした組織は官僚のおいしい天下り先となっている。
特殊法人や社団法人だけでなく、民間企業にも理解しがたいものがいくつもある。

例えば、国・地域別ドメインは、バーチャルな「資源」であり、それを発行できる権限を持てば、枯れない油田を掘り当てたのと同じような商売ができる。
日本に割り当てられた.JPというドメインは、かつてはJPNIC(社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター)というところが一括管理していた。企業がco.jpドメインを取得するのには、1件あたり2万円がかかったが、当初は更新費用はなかった。
その後、2000年12月に設立されたJPRS(株式会社日本レジストリサービス)に、2002年4月にJPドメイン名の登録管理業務の全面移管が行われ、JPドメインの管理形態はガラッと変わった。(詳細な経緯は→こちら

JPドメインを登録・管理する業者は、JPRSの「指定業者」にならなければならないが、法人でなければ指定事業者にはなれない。つまり、個人事業者は指定事業者にはなれない。町の電器屋さんや個人のWEBビジネス事業者は、「指定事業者」になろうとしてもなれないのである。
次に、指定業者になるためには、JPRSが指定する日時に、契約書、必要書類(印鑑証明書、登記簿謄本、決算書、会社案内パンフレット)を持ってJPRSに直接出向かなければならない。
郵送で受け付けとかではなく、人間が参上するのである。北海道の業者も、沖縄の業者も、JPRSの指定した日時に出向かなければならない。
ちなみに、必要書類の1つに「会社案内パンフレット」というのがあるから、法人であってもそうした印刷物を作っていなければ指定事業者にはなれないのだろう。

指定事業者になるためには「契約料」もかかる。以前問い合わせたときは、「25万円+消費税・地方消費税額」ということだった。それも、「属性型・地域型 JP ドメイン名」(co.jpなど)と「汎用 JP ドメイン名」(.jp)では別々の契約となり、両方契約するためには契約金も倍かかるような話だった。(そのへんの金額は、WEB上では見つけにくいので再確認していないが、おそらく今でも同じだろう)

こうした独占的な認可ビジネスができる「民間企業」が日本には一社だけ存在し、他のIT関連事業者はその企業の「認可」を受けないとJPドメインを扱えないのである。
JPドメインは、現在、先進国の国別ドメインとしては異例とも言えるほど高額である。COM/.NET/.ORG/.INFO/.BIZドメインなどは10ドル前後から取得できるが、JPドメインはそうはいかない。
ドメインという無尽蔵に近い「資源」を発行できる権限を、できたばかりの一民間企業が独占しているという状況が、どのような法的根拠、あるいは政府、官庁指導の下に生まれたのか、極めて不明朗だ。

僕はビジネスの世界には疎い。これはたまたま僕が知っている事例のひとつにすぎず、ビジネスの世界では似たようなことがごまんとあるのだと思う。

「おいしすぎるビジネス」を許された企業が、次第に本来の存在意義を果たせなくなるのは、人間の性(さが)として防ぎようがないのかもしれない。
イーホームズにしても、日本ERIにしても、建築基準法の「民間開放」を受けて誕生し、以後、この「監査・認定」というビジネスを始めた時点で、「おいしさ」にうつつを抜かしていたと言われても仕方がないのではないか。
だとすれば、「おいしすぎる状況」をなくすことが必要だろうが、それをしなければならない官僚たちが、自分たちのために「おいしすぎる居場所」作りに熱心になっているのだから、これはもう、どうにも救いようがない。

もう1つの疑問は、「紙を神のごとく崇拝するお役所仕事体質」である。
もう、紙とハンコの時代は終わっているのに、役所に行くといまだに書類の山、ハンコの嵐である。
イーホームズも日本ERIも、構造計算書の分厚い束を見せて「こんなに厚い書類に全部目を通すのは事実上不可能だ」などと開き直っている。
「だったらやめちまえよ!」
まったくその通りなのだ。
人間の目は数字の羅列をチェックするようにはできていない。それは現代においてはコンピュータの仕事である。そもそも、その膨大な数字の羅列はコンピュータがはじき出したものであって、人間が紙の上で計算したものではない。
逆に、コンピュータには図面を見て一瞬にして「おかしい」と直感する能力はない。
数字が並んでいる紙に人間が目を通すのではなく、デジタルデータをコンピュータが診断するシステムにしなければおかしい。人間は計算書の数値の羅列ではなく、設計図面を見る。
図形の上に現れている情報は、数値よりはるかに見えやすい。偽造を見抜いた設計事務所も、最初は図面を見ておかしいと感じたのだろう。
想像するに、検査機関はこれをやっていなかったのではないか。
だとすれば、検査システム全体を見直さなければならないのは必至で、そのことは、監督官庁から言われるのを待つのではなく、検査機関の現場から声をあげるべきことである。
「数値が並んだ分厚い紙を渡されても見ていられない。データ内容をデジタルで提出し、それをコンピュータで再検査するような検査システムと、強度が一目で分かるような図面の作成・提出を規格化すべき」といった意見を積極的に出していかなければおかしい。そうしたシステムの改善ができてこそ、検査を民間に開放した意味があるはずである。
日本ERIのサイトでは、以下のようなことが表明されている

//今後の構造審査にあたっては(建築基準法の確認検査業務の方法としてもとめられているわけではありませんが)構造計算の内容まで検証できる体制を構築します。
このため、構造計算ソフトを全社的に導入し、当社の構造審査の過程で基準ギリギリの設計をしているものや構造計画・計算に疑義が生じたもの等について、必要に応じて、設計者から計算に使用したデータの提供を求め、自ら計算ソフトを走らせてその計算結果を検証することといたします。//

やっぱり! 今までやっていなかったのかよ! と言いたい。
しかも、この期に及んでまで「建築基準法の確認検査業務の方法としてもとめられているわけではありませんが」などと開き直っている。まったく反省がない。
「疑義に応じたもの等について、必要に応じて」ではなく、すべての審査対象においてデジタルデータの提出を求め、コンピュータで検証するのはあったりまえのことではないか。一体、この会社のプロ意識はどうなっているのか。自分たちの業務が持つ使命をどう考えているのか。

お役所仕事の弱点をそのまま受け入れ、甘さも引き継いで、なおかつ「民間企業だから」と「利益追求」する。一生の稼ぎを注ぎ込み、命を預ける買い物をする側としてはたまったものではない。
首相がさんざん繰り返してきた「民間にできることは民間に」という言葉は、官が蓄積してきた堕落と甘い汁の権益を民間企業にお裾分けする、という意味だったのだろうか。


●6坪の木造スタジオ建築中
小さな、設計料の取れない建物でも、設計士
(先週の「大塚愛伝説」参照)は10枚の図面と
詳細な材料明細書を作成した。
柱は4寸。ベタ基礎には200mmピッチで
13mmの鉄筋が入っている。


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