たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2005年12月16日執筆  2005年12月20日掲載

手品のおっさん


F県県警がやっている「Sメール」というサービスに登録している。
県内で起きた犯罪や未遂事件の情報を携帯メールに同報通知して、情報提供や警戒を求めるというものだ。誰もが登録できる。
数日に1件くらいの割合でそのメールが入ってくるのだが、いちばん多いのは「声かけ事案」なるもの。例えば、


12/7午後4時×分ころ、△市△町で下校途中の小学生男児が、少し離れた場所から男に「こっちにおいで」等と声をかけられたもの。実害なし。男は160cm位。


12/12午後×時半ころ、△町の路上で下校途中の小学生男児が、乗用車に乗った男から「送っていくかい」等と声をかけられたもの。実害なし。男は50歳前後、小太り、灰色ジャンパー、黄緑色ズボン。


12/15午後3時×分ころ、△市△町で小学女児が自転車で遊びに行く途中、後から自転車に乗った男に「その自転車いいね」等と声をかけられたもの。実害なし。男は20歳代、170cm位、黒ジャンパー、黒ジーパン。



……と、こんな感じのものである。
多分、こうした「事案」の中には犯罪とは無縁のものがかなり含まれているだろう。
凍えつくような雪の中、寒そうに歩いている小学生にドライバーが「送っていくかい?」と声をかけることは不思議ではない。昔なら、田舎ならではの人情味ある光景だったろう。
「その自転車いいね」にしても、多分、声をかけた若者にはやましい気持ちなどなかったのでは、と思う。
こういう、かつてはまったくの「日常の光景」であったことが、現代では「警戒事案」としてすぐさま住民に通達される世の中になってしまったわけだ。

ここ2年近く小説を書いていない。現実に起きることがあまりにも乱暴すぎて、フィクションを書く気持ちが湧いてこないのだ。
だいぶ前、『カムナの調合』という小説で、人間が突然凶暴になるウイルスの話を書いた。最近の事件を見ていると、本当にそういうウイルスが存在しているんじゃないかとさえ思う。

戸外で大人が子供を誘うという「声かけ事案」がメールで知らされるたびに、僕は「手品のおっさん」という話を思い出す。
1980年代、アニメビデオとカセットを作る仕事に携わったことがある。タイトルは『パンツの穴』。
見た人がいるのかしらと思ってGoogleで検索したら、「ダニメ・ライブラリー メガ80's」というページがヒットした。
「ダニメ」とは「アニメオタクからさえ振り返られることがないダメダメなアニメ」のことだそうで、嬉しいことに僕が制作に関わったアニメビデオ版の『パンツの穴』は、そのコーナーの2番目にパッケージ写真入りでしっかり取り上げられていた

もう時効だろうから、ちょっとだけ真相を書こう。
G社の雑誌「BOMB!」に、読者が自ら体験した「恥ずかしい話」を投稿して笑ってもらうという、明るい自虐行為で成り立つ人気コーナーがあった。これが「パンツの穴」である。
バブリーな時代を反映して、映画まで作られた。1984年に作られたこの映画で主役デビューしたのが菊池桃子で、その後、彼女はアイドルとして大成功した、。
柳の下のドジョウを狙い、その後、第2弾、第3弾……と続編が作られていく。そんな中で「アニメーション版をやろう」という話が持ち上がった。

アニメといえばオタク……という図式は今でも根強いが、当時はまだ「オタク」文化は認知され始めたばかりで、ある意味「旬」だった。この「初期オタクブーム」を狙った企画だったのかもしれない。
制作にあたっては、「読者投稿から生まれたコーナーなのだから、主役も読者に」とのことで、読者参加を募った。歌手・声優部門、アニメ原画部門、シナリオ部門という3部門があった。
僕はこのプロジェクトの制作総指揮みたいな役を仰せつかったのだが、実質は後始末係に近かった。

応募が多かったのは歌手・声優部門で、ほとんどは女の子だった。
しかし、きみも歌手になれるかも、というふれこみとは裏腹に、このアニメ作品の主題歌を歌わせてCDデビューさせる新人アイドルは、一般からの募集が締め切られる前からすでに芸能事務所との間で決まっていた。
イラスト部門に投稿された作品は「予備選考」ということで一旦アニメ制作会社に預けられたが、僕が後からチェックしたら、面白いものは全部落とされており、「予選」を通過したのは、どこにでもある個性のない絵ばかりだった。
シナリオ部門は最も不作で、使えそうな応募者はひとりしかいなかった。結局、雑誌に掲載された過去の傑作ネタからも採用することにした。
結局、この3部門全部の応募作品に、実質僕ひとりが目を通し、ほぼ独断で合格者を決めた。

いちばん腹立たしかったのは「声優・歌手部門」の「きみもスターになれるかも」というPRだ。話題作りの一助にするため「読者参加」と謳っておきながら、実際には応募者とは無関係のところで、芸能界主導の歌手デビュー戦略に利用されるだけなのだ。その現場からは僕は邪魔者として排除された。
それと引き替えに、僕はカセット版の制作を完全に自由にやらせてもらえることになった。そこで、最初からCDデビューの道を閉ざされている歌手志望の応募者たちに、僕がひとりで自由采配できるカセット版の場を与えることにした。
しかし、CDプロジェクトとは違って、予算が出ない。僕がカセット版制作にあたって与えられた予算は50万円だった。これには僕の制作ギャラも含まれている。オリジナルの音楽、ましてや歌など録音できるはずがない予算だった。

まともにやったら歌を入れることなど無理なのは分かりきっている。そこで、僕は約束された50万円を目当てにシンセサイザーを購入し、自宅四畳半のタヌパックスタジオで、すべての音楽原盤を制作した。
さすがに歌入れだけは自宅四畳半に素人の女の子を連れ込むわけにもいかず、カセット版の録音のとき、一緒にレコード会社のスタジオを使わせてもらった。

「歌手・声優部門」の合格者は、大半が地方在住者だった。
群馬県の山奥に住む中学3年生(村から外に出たことがないそうで、ひとりで東京に出るのは怖いと、クラスメートと一緒にやってきた)から、石川県の工場で働く青年まで、楽しい面々が集まった。
BOMB!の編集長と掛け合って、なんとか彼らが地方から東京に出てくる交通費だけは支給してもらったが、「出演料」は出なかった。
前出「ダニメ」の紹介記事には、「結構しつこく読者投稿のイラストを画面に登場させてしまうあたりにも温かみが感じられる。そこに被るナレーション『こりゃみんな没、没、没! てめーら、何を考えて描いてんだ、こりゃあよ! でも、これはみんな俺の宝物!』……ギャグとしては落ちてないけど、馬鹿にしながらも愛してしまう気持ちは痛いほど分かる」……とある。
しっかり観てくれていてありがとう! このギャグとして落ちていないナレーションは、石川県から夜行の鈍行を乗り継いで来てくれた当時20代の工員・喜多くん(声優部門合格者)が、スタジオで思わずアドリブで付け加えたのを、そのまま採用したものだ。
同じく、「各エピソードの最後に『とかくこの世はウソだらけ♪』と牧伸二風の弾き語りが入ったり、『その翌日』と書かれた看板をもった犬が進行役でカットインしたり」という解説もあるが、この「とかくこの世はウソだらけ♪」というジングルを歌っているのは、何を隠そう僕である。
犬は、僕が「ふて犬君」と命名した名キャラクターで、秋田の観光ホテル従業員のバイトをしていた青年の作画である。絵は頭抜けてうまかったが、なんとアニメ会社がやった「予備選考」ではしっかりゴミ箱行きになっていたのだった。

歌手志望の子供たちには、「もうデビューする子は芸能事務所とのタイアップで決まっている」とは言えなかった(そもそも、その話は僕がこの仕事を引き受けたあとに知ったことである。最初から知っていればこの仕事は引き受けなかったかもしれない)。
しかし、プロジェクト全体からは見放されていたこのカセット版は、生涯記憶に残る楽しい仕事になった。参加してくれた読者たちもみな喜んでくれた。
こうしてできあがったカセット版『パンツの穴 今日も元気だドリームシュート』(ポニーキャニオン)は、なかなかの名作なのだが、これは現在まず見つからないだろう。CDと違って、カセットというのが致命的だし……。
(ちなみにビデオ版はアマゾンで中古がいくつか売られていた)
収録曲の1つ『雨の夜に』は、ベクターのサイトから無料ダウンロードできる
カセット版では、田舎から初めて東京に来たという女子中学生が歌ったのだが、後から別の応募者(当時高校2年生。現在タヌパック専属歌手の千亜紀)に、タヌパックスタジオで歌ってもらって録り直したもの。(いくら低予算、絶版の音源でも、レコード会社から出たものを勝手に公開できないしね)

……ああ、ついつい懐かしくなって、だいぶ横道に逸れてしまった。
で、この「パンツの穴アニメ」の中に出てくるネタの1つが「手品のおっさん」である。
住宅街の中の公園に時折現れる「手品のおっさん」。子供たちを集めて手品を見せるのだが、どうも挙動が怪しい。最後は「さ~て、何が出るかな?」と言いながら、コートの前をビロンと広げ……という、しょーもないオチ。
こういうのが、1980年代にはただの「しょーもない話」「ダメダメアニメ」のネタで済んでいた。
今は大変である。下手をしたら全国ニュースになりかねない。

僕が小学生の頃(1960年代)も、下校途中にはいろんな大人が出没し、いろんな交流があった。
下校する子供たちを呼び止め、怪しげな駄菓子や玩具を道端で売る露天商。
橋のたもとで待ち伏せしていて、「ちょっと来てごらん」と子供を呼び止め、手品を見せる(だけの)おじさん。
工事現場では、日焼けしたおっちゃんたちが「坊主、家はどこだ? ○○? 知らねえな。え? △▽の先? 遠いなぁ。学校まで毎日歩いて通ってんのか? えらいなあ。そうだ、飯場にチョコレートあったな。食うか? ついてきな」なんて声をかけてきた。

手品のおっさんが全国の公園に普通に出没していた頃、将来、自分がおっさんになった21世紀が、こんな息苦しい世の中になっているなんて、想像もできなかった。
何かが変だ。救いがたいほど。

「男は50歳前後、小太り、黒ジーパン、メガネに長髪。カメラを持ち、神社の境内で不審な動きを繰り返していた……」
ああ、いつかそんなメールが……?
(狛犬を撮っているだけです、はい)



●飯場の煙
毎日零下の続くタヌパック阿武隈建築現場にて

(c) Takuki Y. http://takuki.com

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