たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年4月14執筆  2006年4月18日掲載

■木と石

急遽、久々のKAMUNAライブが決まった(http://kamuna.com/live/)
毎年、上智大学の教室ライブは続けているが、一般のライブはずいぶん久しぶりだ。理由はいくつかあるのだが、ここでは書くまい。
今回は「KAMUNA in あぶくま」と題して、タヌパック阿武隈のある川内村でやる。3月半ばからこっちに来ていて、5月半ばくらいまでずっといるつもりだったが、ライブをやることが決まったので、一度、楽器を取りに戻らなくてはならなくなった。

阿武隈には4台のギターが置いてある。アントニオサンチェスのエレクトリックフラメンコギター、田村博のフラメンコギター、練習用にいつも壁に掛けてあるAriaのシンソニードというネックと骨だけのエレクトリックナイロン弦ギター、もう何年もケースから出していない、もらい物のYAMAHA製レスポールのコピーモデル。
ライブでは「松子」と呼んでいる特注のエレクトリックナイロン弦ギターを弾くので、それを取りに戻るのである。
ついでにParkerのエレクトリックソリッドギターも持ってくるかもしれない。これは使うとしたらギターシンセサイザーをつないでチェロの音を出したりして遊ぶ。

ギターというのは不思議な楽器で、同じ形、材料でも、1本1本弾き味が違う。弦を押さえるときの圧力「弦圧」は、普通に考えれば弦の長さで決まるはずだ。650mmの長さに張った同じ太さ・素材の弦を押さえる力は同じはずなのに、ギターによってまったく違う。あれはなぜなのか、いまだに不思議だ。もしかすると、弦を押さえる指に感じる硬さ、柔らかさというのは感覚的なもので、物理的に計測すれば同じなのかもしれない。

音質は使っている木によって変わる。ギター専門店の店長が言うには、同じ木でも、乾いた土地で乾かした材料と、湿った土地で乾かした材料では音が違うのだという。
スペイン製のギターが乾いた音がするのは、スペインの風土で乾かした木を使うからであって、日本で乾かした木をスペインに持っていってスペインの職人に作らせても、日本製のギターのようなじめっとした音がするという。
逆に、日本で伐採した木をスペインに持っていって5年、10年寝かして乾かした後に日本に持ち帰って作れば、「スペインの音」がするのだそうだ。
本当かなあ。

ソリッドエレキギターなどは、共鳴胴がないのだから、ボディの素材は関係なくて、ピックアップやプリアンプなどの部品の性能で音が決まりそうなものだが、そうでもないらしい。ボディ(ソリッドギターの場合は「箱」ではなく「板」である)に使う木の質が音質に大きく影響するという。
本当かなあ。

木というのは実に不思議な素材で、そこが魅力だ。
個人的には、木という素材は「道具」に使ってこそ命が輝くのだと思う。
道具ではない木の純粋芸術(木彫芸術)というものは、昔から今ひとつピンとこない。
木は柔らかくて自在に彫れるから、木彫作品の芸術性というのは、あくまでも形なのではないかと思ってしまうのだ。杉を彫ろうが松を彫ろうが、できあがった作品の芸術性のポイントは形であって、「これは杉でなければいけない」というような要素は少ないように思う。
円空仏は好きだが、円空はいちいち木の材質を厳選したりはしていなかっただろう。目の前にある立木や、薪になるはずの木っ端を、鉈でずんずん刻んでいく。そのダイナミズムがあの感動を生む。

木という素材の価値が発揮されるのは、芸術作品よりもむしろ道具(木工品)ではないか。箱、机、椅子といった「道具」を作ったとき、木という素材の妙が問われる。
材料によって板の合わせかたや磨き方、塗装などにそれぞれ違う技術が必要だろう。道具だから、人間が触って使うものであり、そこで素材との対話がまた生まれる。
乱暴な言い方を許してもらえれば、木彫芸術家より、木で道具を作る人に共感を覚える。
大工さん、建具屋さん、家具職人、楽器職人といった人たちだ。
木と木がピシッと寸分の狂いもなく継ぎ合わされている、その技術を見るだけで贅沢な気持ちになれる。
美術館で木彫の像を見ているより、部屋にうまく馴染んだ木製家具を見ているほうが飽きない。

木工は昔から自分でやるのも嫌いではなかった。お金がなかったから、スピーカーボックスなどはずいぶん自作した。でも、いつも仕上げがひどい。
学生の頃、30mmくらいのむく板でスピーカーボックスを作ったことがある。しかし、電動鋸を持っていなかったから、手引きの鋸で断裁するのがおっくうで、バッフル(スピーカーユニットが取り付けられている、スピーカーボックスの前面板)が箱からはみだしたまま釘で打ち付けた。当然、表面を磨くとか、塗装するなんてこともしなかった。
バスレフの穴(低音を出すために開ける空気穴)も、四角く切り抜けず、電気ドリルで丸い穴を連続して開けたままだからギザギザになっていた。
今なら許せないが、若いときは「とにかく安くいい音が出てくれればOK」という考えだった。

今でも、気力と体力の許す範囲で、木をいじっていろいろなものを作ることがある。
今日も、杉の枝を使ってタオル掛けを作った。材料は、庭に生えていた杉の木の枝1本と、それを壁面から浮かせて取り付けるための隙間につける細い竹(2センチ程度)だけ。
たかだか棒1本を壁に取り付けるのでも、杉の枝は鉋や鉈で皮を剥き、サンドペーパーで表面を磨く程度のことはしなければならない。虫食いになっていた穴はパテで埋めた。
虫食いが始まっているような杉の枝でも、皮を剥き、ちょっと磨いてみると、白い素地が出てきて、木目も浮き上がってくる。こういう瞬間が、木工の醍醐味なんだろうなあ。

一方、造形の素材として木よりも感動を覚えるのは石である。
25年間狛犬を追い続けてきて、ますますその思いは強くなっている。
国の重要文化財になっている狛犬の多くは、木彫りのもので、鎌倉、室町時代のものだ。
あの時代、権力者のお抱え仏師が、仏像などと同じように木彫狛犬を彫っていた。もちろんそれはそれで芸術品なのだが、その後、庶民が奉納し始める石造りの狛犬とは違う存在である。

石という素材は、昔は四角く切り出すだけでも大変だった。
石で、木彫と同じような造形物を彫り上げる作業は、気が遠くなるほどの苦役だったろう。
今のようにダイヤモンドカッターや電動工具はない。石工は鑿とハンマーだけで作業していた
ストイックだなあ。根性のない僕には、マラソンランナーと石工には、逆立ちしてもなれない。

石の造形物の魅力は、雨ざらしでも、長い時間、原形をとどめていることだ。
狛犬巡りをしていると、昭和の建立のものなどは新しすぎてありがたみがない。
皇紀2600年と書かれた狛犬がたくさんあるが、これは昭和15年、太平洋戦争開戦の前の年である。世相を反映して、胸を張り、いかめしい顔をした狛犬が多い。
自分より15歳も年上の狛犬だが、どれも「若いなあ」「青臭いなあ」と感じてしまう。

江戸時代のものでも、慶應(1865-1867)とか安政年間(1854-1859)あたりは「なんだ、江戸末期か」なんて思う。寛永年間(1624-1643)あたりの年号が刻まれていると、「おお〜!」と、思わずため息が出る。
「おまえはここに300年以上も、雨にも負けず風にも負けず、苔にも酸性雨にも負けず、座り続けていたのか」と、頭にそっと触れて誉めてやりたい気持ちになる。

狛犬を彫ることに情熱をかけた石工たちも、「自分よりはるかに長命な存在」をこの世に生み出すことに浪漫を感じていたのだろう。
自分の子供が死に、孫が死に、曾孫が死ぬ頃、自分のことを覚えている子孫なんていない。しかし、そのときもまだ、自分が生み出した狛犬は立派に神社の境内に鎮座している。
自分が生きたという証を、子孫よりもずっと長く、確実に伝えてくれる。
木彫はそうはいかない。屋外に置いておけば、虫に喰われ、湿気で腐り、消えていく。屋内に置いてあっても、火事で焼失する可能性が高い。
石は違う。雨にも風にも火にも負けない。

……おっと、また狛犬話になってしまった。
ついつい狛犬を熱く語る僕に、ある人が苦笑しながらこう言った。
「人間、興味の対象が動物から植物に移ると、『大人になった』と言われます。女の尻を追いかけ続けていた男が庭いじりなんか始めると、『ああ、ようやくあの人も落ち着いたね』って言われるわけです。種付けの欲求が涸れてきて、鑑賞するだけで満足するようになるんですね。これが、植物から石みたいな無機物に変わった日には、もう死が近いってことですわね。自分がもうすぐ消えていくことを悟り、形が消えにくい、ずっと存在が残る石が神々しく思えるんでしょうかねえ」

そうか。25年も前から、僕は自分の死を見つめて、石の凄さに惹かれていたのか。

石を鑿で彫ることは一生しない(できない)だろうから、せめてたまには木を切ったり削ったりして、天然素材のすばらしさを身体で味わってみようと思っている。



獏工房の池田さんが作ってくれた椅子
(c) Takuki Y. http://takuki.com

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