たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2002年5月31日執筆  2002年6月4日掲載

日本語の中の英語



日本語の中に、あまりに多くの外来語(ほとんどは英語)が入ってくることへの懸念は、以前から多くの人たちが表明している。最近では、今さら文句を言うのも大人げないというムードもあるが、敢えてその大人げないことを書いてみたい。

無論、「コップ」とか「ポスト」などといった完全に日本語化している外来語ではない。「それって正確にはどういう意味?」と訊きたくても、なんとなく訊けないでいるような、英単語が、平然と日本語の文章や会話の中で使われるケースに限定しての話だ。
例えば、リンケージ、プライオリティ、フェイズ、モチベーション、リスキー、コミット、パラダイム、グローバル……。

こうした英単語が日本語の文章や会話の中で使われる場合、使う側は、その言葉が現代日本では「日本語の一部」として通用するという意識を持っているはずだ。
  1. 一般的な日本人がその単語を知っていることは当然である。
  2. その単語にしっくりと相当する日本語が見つからない。
  3. 日本語で言い換えることは可能だが、日本語でいうより、その英単語を使うほうが自分の意図したことを、正確に、細かなニュアンスまで伝えられる。
  4. 世界共通語として完全に定着した言葉なので、日本語に訳すよりはそのまま使ったほうが、むしろ認識を誤らない。
……といった前提があるからこそ、英語をそのまま使うのだろう。
逆に言えば、このどれにもあてはまらなければ、英単語を日本語の中に混入させる意味があるかどうか、疑ってかかる必要がある。

例えば、企業の受付で「アポイントメントはお取りですか?」と訊かれることがあるが、あれは「お約束でしょうか?」でも、別に問題はなさそうだし、むしろそのほうが通じる人も多いのではなかろうか。

そうした視点から、先ほど例に挙げた単語(なんとなくパッと頭に浮かんだものを並べただけだ)のいくつかを具体的に検証してみよう。

リンケージ (linkage  〈名詞〉結合、連鎖、つながり)

この単語は、ずいぶん前によく耳にしたが、最近はあまり聞かなくなった気がする。湾岸戦争のとき、『朝まで生テレビ』などで、当時ICUの準教授だった姜 尚中さんがさかんにこの言葉を使っていた。そのときも、浅学な僕は、リンケージってなんだろうと、さかんに頭をひねったものだ。

この単語(もちろんカタカナ表記で)をGOOGLEで検索すると、約18000のサイトがヒットした。(ん?「ヒットした」も英語だな……)

「沖縄の台湾経済へのリンケージも含めた自由貿易地域化構想等は『国家』の相対化と新しい統合への志向を喚起する」(*1

とか、

「Health Linkage(ヘルスリンケージ)」~「おいしさ」と「健康」の融合をテーマに、「美しい」生活のご提供を目指します。(*2)

などといった使われ方をしているようだ。
この「リンケージは」、日本語で「関連」とか「連携」と言うよりも、「リンケージ」という英語にしたほうが意味が通じるのだろうか? あるいは何か特別な意味があるのだろうか?


モチベーション (motivation 〈名詞〉刺激、誘導、(行動の)動機づけ)

サッカーワールドカップの解説などを聞いていても、この言葉はよく出てくる。
「試合当日までモチベーションをいかに維持するかが問題ですね」などという使い方が多いのだが、その場合は「気力」とか「集中力」という意味で使っているのだろうか。
「選手のモチベーション」などと言われた場合、僕はいつも悩んでしまう。ゴールキーパーなら、「俺は何がなんでもゴールを守り抜かなければならない。たとえ骨折しても、痛いなんていう顔を見せないぞ。なぜなら、俺は代表に選ばれたんだから」というような、行動への「理由づけ」という意味合いが強いのかな、などとも思ってしまうのだが、この解釈は合っているのだろうか?
単に「気合い」とか「気力」という意味ではなく、モチベーションという言葉を使っているのかどうか、言っている本人に確かめてみたい。

これらは、そもそもそんな単語を日本語にまぜて使う必要があるのか? あるいは、使い方そのものがよく分からないという例だが、日本語の中で使われる英語がすべてそうだというわけではない。
例えば……、

リスク (risk 〈名詞〉危険、冒険)

「リスクを伴う仕事」というような使われ方をよくする。形容詞で「リスキーな作業」という言い方にもよくぶつかる。
これは多分、使う側も「危険を伴う仕事」「危険な作業」という日本語とはちょっとニュアンスが違うと認識しているのではないかと思う。
日本語で「危険な」というと、dangerous に近いニュアンスだと思うのだが、「リスク」という言葉を使うと、そこには、「自己責任が伴う」とか、「失敗の可能性があることを承知で、敢えて行う」といった含意があるように感じる。
だからこそ「リスク」という言葉は、日本語としても一般化してきているのだろう。

日本人はリスクを負うことを極力避けようとする傾向がある。ビジネスに限らず、あらゆる行動には多かれ少なかれリスクはつきものだが、それを避けようとするあまり、独創性が殺されたり、責任の所在が曖昧になったりする。

「プライオリティ」や「コミット」などもそうだ。

プライオリティ (priority 〈名詞〉前(先)であること、~より重要なこと、上席、優先)

プライオリティという言葉には、日本語の「優先権」という言葉以上の意味合いが含まれているように感じる。
欧米人はこの言葉に慣れ親しんでいるのではないだろうか。自分の人生において、何がいちばん重要かを常に念頭において行動している人が多いように思う。
これもまた、日本人が苦手とするところだ。自分の人生にとっていちばん重要なこと(=目的)と、その目的を果たすための「手段」を混同しがちなのだ。目的と手段を比較すれば、当然、目的は手段よりプライオリティが高いはずなのに、いつしか手段が目的より上にきていたりする。
「仕事だから仕方がない」という言い方の裏には、「仕事」はあらゆる価値より優先されるべき目的であるという考え方がある。しかし、多くの仕事は、何かの目的のための手段であり、仕事が目的そのものということは意外に少ない。
例えば、「人生の目的は幸せになること。幸せの基盤は家族にある。仕事は家族の基盤を支えるための手段である」と考えている人は、家族と別れて暮らすことを余儀なくされる海外赴任命令を受けたら、迷うことなく断るだろう。常日頃から「プライオリティ」という概念が身に付いているからだ。
最近の若い人が職場で淡泊なのは、ある意味では欧米化しているのかもしれない。


コミット (commit〈動詞〉委託する、引き渡す、のっぴきならないはめにおく)

この言葉は、自分の全責任、存在をかけて何かに関わり合うという意味で使われることが多い。昨今何かとお騒がせの外務省の官僚たちに、最も求められていることはこれだろう。
何かをやるための覚悟を持つ。覚悟するためには、確固たる価値観があるはずで、それは「プライオリティ」の意識がしっかりしているということにもつながる。

日本語にすると今ひとつしっくりこない気がする英語は、このように、日本人の精神構造の弱点を示唆していることも多い。

最後に、英単語を使うことによって一種問答無用の正当化を図る意図を感じるようなケースについて触れたい。
典型的なのは「グローバル」という言葉だ。

グローバル (global〈形容詞〉球状の、地球の、世界的な、全世界にわたる、すべての)

「グローバリズム」や「グローバリゼーション」という言葉には、錦の御旗的な臭いがする。
「地球」という言葉に、日本人は弱い。「全体」というと、「全体主義」という言葉が持つ否定的なニュアンスを感じるが、「地球主義」とか「地球規模の考え方」と言われてしまうと、文句なく従わなければならないような気になってしまう。
しかし、ちまたで使われているグローバリズムやグローバリゼーションという言葉を具体的に突き詰めていくと、単に「アメリカの都合」であったり、地域色や個性を犠牲にして長いものに巻かれることだったり、一企業が営業戦略的に打ち出した理不尽な規格ややり方を「グローバルスタンダード」として押しつけられることだったりすることもある。
そんなこと当然でしょ、という顔で「グローバル」という言葉を使う人に接するときは、要注意かもしれない。
〈出典〉
*1:立命館大学国際言語文化研究所プロジェクト研究詳細
*2:日清製油株式会社のWEBサイト

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