たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年9月16日執筆  2006年9月19日掲載

長男であるということ

秋篠宮家に長男が誕生した。
事前に「男の子なら号外は見開き版、女の子なら1枚もの」と報じられたあたりから、男と女でそんなに違うのかと思っていたが、実際にあの日からの報道は、皇太子ご夫妻に長女が生まれたときよりもにぎやかな印象がある。
要するに「将来の天皇」が生まれたという意味合いからのお祭りなのだろう。でも、よく考えると「将来のプリンス」ではない。
もしも現行の皇室典範のまま、「年齢順」に天皇が継承されていくとすると、皇太子の次が秋篠宮で、その次が誕生したばかりの悠仁親王という順番になる。
現皇太子が天皇となっても、秋篠宮は「皇太子」になるわけではない。

そもそも秋篠宮は、現法律では「天皇家」ではない。
天皇家とは、天皇と内廷皇族のこと。
現在の内廷皇族は、皇后:美智子、 皇太子:徳仁親王、 皇太子妃:雅子、徳仁親王皇女:敬宮愛子内親王の4名(敬称略)で、秋篠宮は「天皇家」ではなく、独立した宮家ということになる。

内廷皇族と独立した宮家では、皇室費の割り当ても違う。
皇室費は、内廷費、宮廷費、皇族費から成り、天皇家の私生活には内廷費があてられる他、光熱費や通信費などは宮廷費(公費)から出ている。
一方、宮家はすべてを皇族費でまかなわなければならない。

皇室費のうち最も大きいのは、公費(宮内庁が管轄)である宮廷費で、平成16年度は63億302万円だったそうだ。
これとは別に、宮内庁運営のために必要な事務費・人件費などは「宮内庁費」(平成16年度は108億3257万円)というものでまかなわれており、宮廷費から宮内庁職員の給料が出ているわけではない。

次が内廷費で、定額3億2400万円が毎年支給されるらしい。これは宮内庁とは関係なく、内廷皇族が自由に使えるお金。

最後に皇族費。皇族費は平成16年度で総額2億9982万円。
3050万円という「定額」をもとに、以下のような算出をしているそうだ。
ο独立の生計を営む親王には定額相当額。その親王の妃には定額の2分の1相当額(ただし、夫を失つて独立の生計を営む親王妃に対しては、定額相当額)
ο独立の生計を営む内親王に対しては、定額の2分の1相当額
ο独立の生計を営まない親王、その妃及び内親王に対しては、定額の10分の1相当額(ただし、成年に達した者に対しては、定額の10分の3相当額)
ο王、王妃及び女王に対しては、それぞれ前各号の親王、親王妃及び内親王に準じて算出した額の10分の7に相当する額の金額

こうして見ていくと、長男である皇太子と次男である秋篠宮では、使われるお金もずいぶん違うのだということが分かる。

長男であるやなしや、ということで思い浮かぶのは、狛犬趣味25年の末にたどり着いた、小松寅吉と小林和平という二人の石工のことだ。
小林和平は、次男として生まれたために、幼くして石屋に奉公に出され、親方・小松寅吉に鍛え上げられた。長男として生まれていれば、石工として花開くことはなかっただろう。
その和平を鍛え上げた小松寅吉もまた、長男ではなかったために幼くして小松家に丁稚に出され、後に小松家の養子になって小松の名を継いだ。
その寅吉に、先代の大切な名前「布孝(のぶたか)」を継がせた石工・小松利平は、天保年間に高遠藩から南福島に流れてきた。石工目付の厳しい追っ手から逃れ、山奥に身を隠すようにして石を刻んでいた利平は、高遠藩に連れ戻されることを恐れ、生涯自分の名前を作品に刻むことはなかった。
寅吉という根性と才能を兼ね備えた子供を養子(戸籍上は自分の実子である長男の養子)にし、自分が脱藩者であるがゆえに、作品に名前を刻めなかった無念を託した。
その夢を、弟子の寅吉、又弟子の和平が見事に実らせた。
すごいドラマである。

日本の社会では「長男である」ということがなにかにつけ大きな問題となってくることが多いが、自分の意志で、自分の人生をある程度は変えていける。
家を継げと言われて反発し、インドに放浪の旅に出る「長男」もいるし、自分の意志で子供を作らない「長男」もいる。

僕自身は、長男として生まれたが、4歳のときに両親が離婚し、母親に引き取られて母親の旧姓に変わった。その後、母親が再婚し、今の父親の養子となり、姓が「鐸木」になった。
この「鐸木」という珍しい姓は、福島町(現福島市)の町会議員(後に町長)だった鐸木三郎兵衛という人が明治12年に「鈴木」から改姓したのが始まりだが、その三郎兵衛は養子で、宮城県刈田郡白石本郷桜小路の金谷家の次男として生まれている。
三郎兵衛は先祖代々鈴木家の家督相続者に継がれてきた名前。養子としてそれを継いだ十代目の三郎兵衛は、区内薬舗元締、福島銀行取締役、福島町議会議長、衆議院議員などを経ながら、福島の大火の後、町の改修工事の指揮を執ったり、水道を敷設したり、福島日々新聞社を起こして初代社長に就任したりといった活躍をしたらしい。

養子として「鈴木」家に入った三郎兵衛が、「鐸木」を最初に名乗ったということに対して、同じ養子である僕は少しだけ共感を覚える。しかし、おかげで一生、名前で苦労することになったのだけれど。

僕は長男として生まれたが、子供を作らないということを早くから決めていたし、今まで「長男であること」で、別段、苦労させられたことも得したこともない。
家に財産があるわけでもなく、継ぐべき家業があるわけでもない。
大学まで行かせてもらっただけでありがたいと思っているので、今の養父の遺産は相続放棄するつもりでいる。(実父は13年前に亡くなったが、そちらの遺産も相続放棄した)
ここまで好き勝手な人生を生きて来られたことは幸運だったと思う。最後まで自力で生き延び、周囲には極力迷惑をかけずに死にたいと期している。
ちなみに、十代三郎兵衛を頂点に、かつては福島の名士だった鐸木家だが、今では福島市内に鐸木姓を名乗る者はひとりも残っていない。

末端の一民草たちはそういう生き方が選べる。家なんて関係ない。長男なんて関係ない。
しかし、皇室に生まれると、法律で「長男であること」「長男としての人生」をいやがうえにも規定されてしまうわけだ。

そもそも憲法第8条にはこうある。


皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。


これに基づき、皇室経済法なるものが制定され、皇室費もそれによって決められている。
皇室、特に内廷皇族として生まれると、例えば企業を設立して社長になるといった人生は選べないだろう。芸術や学術研究を追い求めて海外に移住する、などということもできそうもない。
憲法で保障されている「職業選択の自由」が、事実上、ない。
男系男子云々の議論より前に、そのへんの矛盾を真剣に議論する気運が、過去にも現在にもないのは、やはり民草にとっては「よその世界のこと」だからなのだろう。


日本国憲法第1条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。


本当は、「日本国民の総意」で決まるものであり、「よその世界のこと」と知らん顔できることではないのだ。
コミットの仕方が分からないとはいえ、僕も含め、民草は最終的にはずるいな、と思う。



●小学校の校庭に映る夕焼け
(2006年8月25日 川内村にて)



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