たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年9月23日執筆  2006年9月26日掲載

分かる/分からないの差

男と女の間には、暗くて深い河がある、という歌を歌っていたのは野坂昭如氏だっただろうか。長谷川きよしも歌っていた気がする。
男と女の間には確かに大きな溝があるけれど、人間同士が理解するための最大の溝は「分かるか、分からないか」だと思う。人種や国籍、性別以上に、この「分かる/分からない」の差は大きい。

拙著『狛犬かがみ』は、なんとか無事発売され、アマゾンコムに初登場したときは「本で702位」という驚くべき上位にランクされた。その後、すぐにズルズルと落ちていって、昨日は2万位以下にまで下がっていたが、今見たら、3,916位 にまでまた上がっていた。
なんの広告も打たず、ニュースで取り上げられたわけでもなく、ただの「狛犬の本」として出された直後ということで考えたら大健闘である。

狛犬を趣味とする人がどっと買ってくださった結果だろう。
この本は初版3000部だが、初版を売り切った時点で、版元はようやく経費回収できる。著者の僕も、初版分の印税は全部謹呈本などに充てているので、増刷分以降からようやく事実上印税が入る。初版を売りきれるかどうかは、狛犬になど興味を持ったことがない人たちが、狛犬の面白さに気がついて、ついついこの本を買ってくださる、という現象が起きるかどうかにかかっている。

狛犬を趣味とする人も含めて、狛犬の魅力を分かる人と分からない人が存在する。(狛犬ファンを名乗る人の中にも、たまに「分かっていない」んじゃないかと思うような人もいる)
これは英語を普通に理解できる人と、ただの音声や記号としてしか頭に入ってこない(分からない)人がいるのと同じで、大きな違いだ。
つまり、LOVE という文字を見て、「愛」という意味だと分かる人と、外国の文字が書いてあると認識するだけの人くらい違う。
この「分かる/分からない」の差は、学歴や教養の差ではない。もしかすると、文化庁の偉い官僚にも「狛犬の魅力を分からない」人は何人もいるのではないかと思う。

僕を含め、狛犬好きな人がみな異口同音に「あれは別格だ」「すごすぎる!」と感嘆するのが古殿八幡神社(福島県古殿町)の狛犬である。
この狛犬の存在に気づいたのは、旅行雑誌の「るるぶ」に、幅4cmくらいの小さなモノクロ写真が載っていたのを見つけたのがきっかけだった。
流鏑馬で有名なこの神社の紹介があり、神社を正面から撮った写真の両端に、小さく狛犬らしきものが写っていた。小さすぎて、シルエットにしか見えない。しかし、普通の狛犬とはだいぶ形が違う。面白そうな狛犬だな、と思って、はるばる確かめに行ったのが1999年12月のことだった。

最初に見たときは本当にびっくりした。
なんじゃこれは!?
想像していたよりはるかに巨大で立派なものだったことも驚いたが、なによりもその形状、彫りのすばらしさに度肝を抜かれた。
20年以上、日本全国の神社を回って狛犬を撮影し続けてきていたが、こんな狛犬は見たことがなかった。
それは、初めてグランドキャニオンを見たときの衝撃にも似ていた。世の中、想像のつかないものが存在するものだなあ、という感慨。

古殿町はとても行きにくい場所にある。高速道路だと、常磐道でいわき側から向かっても、東北道で白河側から向かっても、同じくらいの遠さにある山奥で、よほどの理由がない限り、旅の途中で通りかかるというような場所ではない。
そこに僕はもう何度も足を運んでいて、宮司さんにも顔を覚えられてしまった。
この宮司さん、自分の家の前に「世界一の狛犬」があることをまったく分かっていない。
こんなものが珍しいの? お獅子っていうんだよ、なんて言っている。
生まれたときから見ているので、逆に、世の中の「普通の狛犬」がどういうものかを知らないのではないか?

この狛犬の作者・小林和平は、師匠の小松寅吉と共に、南福島を日本有数の狛犬文化圏に押し上げた名石工。古殿八幡の狛犬建立(昭和7年)の2年前には、最近汚職で町長が辞任したことで有名になった石川町の石都都古和気(いわつつこわけ)神社にも、すごい狛犬を建立している。
この狛犬は石川町の庁舎のすぐ横にある。WEBで写真を見て感動した人たちが、はるばる大阪や北海道からこの狛犬を見にやってくる。
先日汚職で捕まった前町長に、町の文化財に指定してはどうかという打診も行われていたが、町長の反応は「古殿町に訊いたら、うちではやらない(古殿八幡の狛犬を文化財指定はしない)ということだったので、うちでもやらない」という素っ気ないものだったそうだ。
要するにこの人たちも「分かっていない」人たちなのである。

「分かっていない」ことの例は、他にもたくさんある。
須賀川市には須賀川牡丹園という観光名所がある。牡丹の花が咲く時期だけ有料で、その他の時期は無料で開放されている。
入り口には、須賀川市と「友好都市」関係を結んでいる中国の洛陽市にある王城公園の牡丹仙子像というものを「模した」像がど〜んと建っている。
人形作家のお袋を案内したとき、お袋は入り口にそびえるこの像を見るなり怒り出した。
「なんとまあ俗悪なものをこんなところに!」
こういうのは全国いたる所にあるんだから、いちいち怒っていたらきりがないよ、となだめたが、本当に怒っていて、何年も経つ今も、ときどき電話で「まったくあの牡丹姫とかいう俗悪な像は……」と言っている。

この牡丹園に母親を連れて行ったのは、小林和平の師匠である小松寅吉が彫った唐獅子像を見せるためだった。
牡丹園に寅吉が彫った獅子像があるという話は事前に聞いていたのだが、くまなく園内を歩いてもなかなか見つけられなかった。案内板はおろか、パンフレットにもなんの紹介もない。
事前にWEBでも検索してみたが、分からなかった。
ほとんど諦めかけて帰ろうとしていたとき、道の横にある花壇の中から一種異様な「視線」を感じた。
ん? と、振り返ると、そこにいたのである。大きな石造りの獅子一対が。
台座があるはずだが、地面に埋められていて、花壇の中にそのまま立っているような姿。
この場所にこういう形で置かれていることが正しいのかどうか。まあ、これはこれで面白い置き方だとは思うが。
それにしてもなんの解説板もない。そばには入江侍従長の書による歌碑なるものがあり、その解説板だけがある。
須賀川牡丹園の運営責任者も、要するに「分かっていない」人なのである。

「分かっていない」にもほどがあるという最たる例が羽黒神社(福島県中島村)にある。
参道入り口には、小林和平が昭和8年、脂ののりきったときに彫った、柔和な顔の狛犬があるのだが、あろうことか、そのすぐ前に、見るに耐えない狛犬(おそらく中国製)が平成に建立されている。
出来の悪さから見ても、中国製の中でも粗悪品をダンピングして輸出した代物だろう。それを地元の石材店が窓口になって設置したと思われる。恥ずかしげもなく、台座には石工の名前まで彫られているが、彫った人物ではなく、この狛犬の発注窓口となった石屋の社長の名前ではないだろうか。普通なら、和平の傑作の前にこんな無様な代物を設置して、自分の名前を刻むような恥ずかしいことは到底できない。
これこそ、「分かっていない」の極致だ。
石屋もそうだが、和平の傑作のひとつがある神社であるという誇りも持てず、この狛犬を発注し、この場所に設置した宮司や氏子たち、みんな「分かっていない」のである。
和平の狛犬を見るためにはるばる遠くから訪れた人たちはみな、この光景を見て憤激する。もちろんうちのお袋も激怒していた。
「信じられないわね、この馬鹿さかげんは!」
と。
ここの和平狛犬の阿像は、曲がり角を曲がりきれなかったダンプカーがぶつかって、尻尾がもげてしまった。落ちた破片をすぐに接着剤でくっつけるなど補修すればいいものを、当然、そうしたフォローもしていない。吽像の見事な尻尾の彫りを見るにつけ、阿像の尾はどうなっていたのか気になるが、今となっては取り返しがつかない。

分かっている人たちは、一目見ただけで、なんの説明もいらず、名品かガラクタかは分かる。分かっていない人たちには、いくら言葉で説明しても、ことの重大さは伝わらない。何か別の尺度、例えば、偉い人がお墨付きを与えたとか、文化財に指定されているといった「尺度」がないと分からない。
しかし、その「尺度」を決めるべき人たちが、分かっていない人たちであることが多い。
その結果、どれだけの芸術作品が今まで失われていったことだろうか。

先日、お袋に『狛犬かがみ』を送った。
お袋は翌日電話してきて興奮気味にこう言った。
「よしみつは、この本を作っただけで、この世に生まれて今まで生きてきた意味があったわ」
ええ〜、ちょっと待ってよ。それって誉め言葉になってないって。あたしが今まで作ってきた、オリジナル作品である音楽や小説は全部どうでもいいガラクタだったわけ?
まあ、お袋は僕とは違う音感、趣味なのでしょうがない。これも「分かる/分からない」の悲劇。
作品を身内に理解されないなんて、よくあることだから、ね。



●羽黒神社の「愚行」現場



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