たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2006年12月22日執筆  2006年12月26日掲載

想い出に残る宿TOP3 その1 K温泉


朝日新聞の「読書」欄、「著者に会いたい」コーナーで、拙著『狛犬かがみ』が紹介されたのは11月の初旬だったと思う。
その中に、
「失意の中、傷心を抱えて」奥さんと貧乏旅行に。
という一節があったのを見て、阿武隈の隣人・Iさんが「たくきさんにそんな時代があったなんて想像がつきませんね」と言った(正確には、某メーリングリストで「書いて」いた)。

このところ連日デジタルストレス漬け。また、歳をとったこともあり、コンピュータなどなかった時代のことを懐かしく思い出す。
このコラム、しばらくは昔話でも書こうかしら、という気分になった。

で、その昔話シリーズ最初の企画が「想い出の宿 TOP3」である。
貧乏旅行はいっぱいしたが、その中でも忘れられない宿を3軒選出して、「あの頃は若かったなあ」と想い出にふけるという、勝手な企画である。

気楽に書こうと思ったのに、いざ書き始めようとしたら、結構大変な作業だということが分かった。
まず、どれも「忘れられない宿」であることは間違いないのだが、一体いつ訪れたのかを思い出せない。写真を見れば分かるかと思って、写真アルバムが詰まっている棚を開けたが、分厚くて重たいアルバムがぎっしりで、1冊1冊抜き出して開くのも一苦労。デジカメがなかった時代って、想い出を残すにも「かさばる」のね。

その1 K温泉(富山県)の巻
いっぱいある写真アルバムを、結婚した年(1981年)から順番に見ていったのだが、K温泉らしき写真が見つからない。
記憶力のよいかみさんに「K温泉に行ったのって、いつだったっけ?」と訊くと、「あれはギャランで行った能登旅行のときだから、結婚したその年の夏でしょ」と、すぐに答えが返ってきた。

そうそう。結婚した年の夏、はりきって能登半島旅行に出かけたのだった。
そのときの愛車は1971年型三菱コルトギャランAII(1400cc)という、黄土色メタリックのセダン(購入価格13万円)で、4速マニュアルシフト、エアコンなし、パワステなし、窓もミラーも全手動のシンプルな車だった。
これが夏になるとオーバーヒート気味で、長距離旅行に備え、サーモスタットを自分で交換してから出かけたのだが、やはり渋滞に巻き込まれるとオーバーヒートして、エンジンが今にも止まりそうになる。
一泊目は松本市内のラブホテル(もちろん行き当たりばったり)だったが、翌朝、心配なのでラブホの駐車場内でエンジンルームを開けて、サーモスタットを取ってしまった。
で、そこまではいいのだが、パッキンをなくしてしまい、パッキンなしでサーモスタットカバーを元に戻したら冷却水がどんどん漏れてくる。こりゃまずい、と、思いきりボルトを締めたら、今度はボルトがねじ切れてしまい、どうにもならなくなった。

こんなところでいつまでも何やってるのよぉ、と怒り出すかみさんを助手席に乗せ、とりあえず修理工場を求めて走り出した。
水温計はみるみる上がっていく。そりゃそうだ。水が漏れているんだから。
完全にエンジンが焼き付く寸前に、運よく修理工場を見つけて飛び込む。
「すみません、かくかくしかじかで、旅行中なんですが、冷却水がだだ漏れ状態でして……」

そこの年配の職人さんは、呆れながらも修理してくれた。
ねじ切れてしまったボルトをドリルみたいなものでほじくり出して、少し大きめのねじ穴をタップで切り直し、少し太めのボルトに付け替える。
パッキンはボール紙みたいなものを切り抜いて自作してくれた。
「じゃあ、サーモスタットはつけなくていいのね? 直流ね」
「はい。つけるとまたオーバーヒートするので」
という感じで、その日の午前中は修理工場で過ごしたのだった。

能登半島の付け根に位置するK温泉に着いたときには、すでに日が暮れ始めていた。
ところがなんだか様子が変。
駐車場に車が1台も停まっていない。
あれ? 今日は貸切かしら。
こんにちは〜と、玄関を入ると、人がいない。
何度か呼ぶと、女将さんらしき人が驚いた顔で出てきた。
「予約していた鐸木です〜。お世話になります〜」
そう言っても、女将さんは驚いた顔のまま。
どうやら完全に予約がどこかに飛んでいってしまっているらしい。

お盆休みの直後だったから、どの宿も休みたい時期だ。でも、こっちはわざと混み合うお盆休みを外して旅行計画を練っていたわけで、今さら知らないと言われても困ってしまう。
女将さんは数秒後には意を決っしたようで「いらっしゃいませ」と、何事もなかったように部屋に案内してくれた。

部屋に入って窓から外を見ると、あたふたと車で出かけていく女将さんの姿が見えた。
しばらくすると車が戻ってきて、買い物の包みを両脇に抱えた女将さんが車から出てきた。どうやら、これから急いで夕食を作るらしい。

しょうがない。腹は減っているけれど、ご飯の前にお風呂お風呂。
温泉は褐色のお湯で、鉄分がものすごく入っている。風呂場はあちこち赤錆がびっしりついていて、異様なムード。
貸切状態なので、男湯も女湯も関係なく、両方ツアーしてみた。

その後、無事夕食。
お店で買ってきたらしいフライドチキン(骨付きのモモ肉)や刺身が並んだ。
すっかり忘れられていたらしいから、飯は出てくるだけでもよしとせねば、と覚悟していたので、そのボリュームにびっくりした。
ここの宿泊費は民宿に毛が生えた程度。確か、一人4000円か5000円くらいだったと思う。

夜中、疲れて寝入った頃、部屋の真上の屋根を、どたどたどたと、ものすごい音で走る何者かに起こされた。
な、なんだ今のは?
ぎえ〜という、異様な声もきこえる。
これは後で訊いたところ、ムササビだという。ムササビって、滑空するときは無音なのに、屋根の上ではけたたましいのね。

翌朝の朝食もびっくり。味噌汁の中に、ゼブラ模様がくっきりのエンゼルフィッシュみたいなのが丸ごと入っている。これって食用の魚なの?
かみさんは手を出せず、その縞々のエンゼルフィッシュ?みたいな魚を全部僕のお椀の中に入れてしまった。
丸ごと残すのも失礼なので、こわごわ食べてみた。特においしいというわけでもない。魚を煮てしまいました、という味。
というか、魚の皮にくっきりとある強烈な縞模様のせいで、落ち着いて味わえないのだった。慣れなんでしょうけれどね。なんだかシマウマの姿揚げを出されたようで、強烈。

宿を出るとき、思いきって訊いてみた。
「予約があったのを忘れていたんでしょ?」
女将さんは正直に「昨日は休みって決めてたから」と告白した。

で、これだけでも十分忘れがたい宿なのだが、まだオマケがあった。
翌日、二人とも下半身に違和感を覚え、何度もトイレに行く羽目に。腸ではなく、尿道のほう。
かみさんはついに耐えかねて、町の個人病院に飛び込み、診察を受ける羽目に。
僕はなんとか自力で?治ったが、一時は尿道が痛くて、残尿感がずっとある状態。

かみさんは腎盂炎、僕は軽い尿道炎を起こしていたのだった。
原因は不明、としておこう。
車も人間も修理しながらの綱渡り道中。
帰りは中央高速が大渋滞で、まったく動かない。サーモスタットを取っ払って冷却水を直流で流していたのにオーバーヒートの危機。
疲労困憊の能登旅行であった。

そんなわけで、予約を忘れられていたK温泉が、忘れられない宿の第3位である。
WEBで検索すると、今でもちゃんと営業しているようだ。
泊まった人たちが書いているブログなどを覗いてみると、
「想い出に残るという意味ではダントツ1位」
「いい悪いというより、ともかく忘れられない宿」
といった文章がいくつも出てくる。やっぱりみんな、「忘れられない宿」になったのね。
1981年だから、25年前のことだ。あの女将さんはまだ健在だろうか。
朝食の味噌汁に今でも「エンゼルフィッシュ」が入っているのかどうか、確認してみたい気もする。



●能登旅行の写真はこんなのしか残っていない
(横にある看板のおかげで正確な日時が分かった。1981年8月21日)



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