たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2007年2月16日執筆  2007年2月20日掲載

虫のいい話

一昨年は雪の多い冬だった。
越後では40年ぶりの大雪で、中越地震でダメージを受けた家屋が次々に雪に押しつぶされた。仮設住宅で避難生活をしていた被災者も、弱り目に祟り目の苦労を味わった。
去年はとても寒い冬だった。
阿武隈では例年より寒くなるのが早く、12月にはすでに連日零下で、外での作業をする人たちはとても辛い思いをした。

一変、今年は暖冬だという。
テレビでは連日、日本酒の仕込みがうまくいかないとか、スキー場が営業できない、といった、「暖かい冬」で困っている映像を流す。
そして、これを「地球温暖化」と結びつけ、全人類の危機だと訴える。

雪がないことで困っている人もいれば、雪がなくてほっとしている人もたくさんいる。
「雪不足」で、雪祭りができないと嘆いている人も、本音としては「一昨年みたいに降られるよりはよほどマシ」と思っているはずだ。
……と書くと、たくきは地球温暖化の深刻さをまったく分かっていないと憤慨するかたもいらっしゃるだろうが、そうではない。地球が危機的な状況であることは重々分かっている。しかし、メディアが「地球温暖化」の危機を声高に報道すればするほど、何か論点がすり替えられているような気がしてならないのだ。「温暖化」という言葉だけが一人歩きをしている(させられている)のではないか。

世界の平均気温が全体的に上がってきているのは確かだろう。しかし、根本的な問題は、地球が「温暖化」することではなく、人間が地球環境を破壊し、資源を異常なスピードで消費していることである。これこそが危機的な状況なのであり、温暖化はその結果として加速された現象のひとつである。
毎日ドーナツばかり大量に食べている人に、「ドーナツの食べすぎはやめろよ」と正面切って言わずに、「血中コレステロール濃度が上がると怖いよ」と耳元で囁いているような違和感を感じるのである。

現在の地球的規模の危機に真剣に立ち向かおうとするなら、温暖化がどうのではなく、「いかに環境破壊を減らすか」「いかに資源の消費を減らすか」を考えなければならない。
そのためには「いかに工業生産を減らすか」「いかに人口増加を止めるか」を考えなければならない。さらに直截的に言えば、「余計なものを作らない」「これ以上人間を増やさない」ことを考えるしかないのである。
ものを作らないということは、工業社会の縮小、経済のマイナス成長を意味する。
人間を増やさないためには、子供を作らない、あるいは、今生きている人間が短命で死ぬかのいずれかしかない。これは自明の理だが、現代文明最大のタブーでもある。
「温暖化」も「二酸化炭素排出規制」も、僕には、このタブーを直視したくないためのワンクッション──視点を横に少しずらすための道具として利用されているように見える。
重いテーマを直視したくないために、温暖化とか二酸化炭素削減といった、二次的なキーワードを前面に押し出し、ことの本質を見えにくくさせているのではないか。

石油消費を減らすために環境に優しい工業製品を作りましょう、というキャンペーンがさかんに行われる。
環境負荷の低い工業製品を開発することはすばらしいことであり、これからの文明を少しでも長続きさせるためには不可欠な努力だ。
このこと自体には文句のつけようがないし、誰にでも分かりやすい「よいこと」だから、メディアはことあるごとに大きく報道する。
しかし、その結果生産された「地球に優しい製品」も、大量生産・大量消費されれば、やはり環境に余計な負荷を与え、自然環境破壊を促進させる。また、そうした新製品が出ることで、ゴミとして廃棄される旧製品も大量に出ることを忘れてはいけない。

例えば、「環境に優しいクルマ」として、ハイブリッドカーや燃料電池車がさかんにPRされているが、そうしたクルマを1台新たに作りだして売ることと、その陰で、まだ走れるクルマがゴミとして廃棄されることを、正確に比較したデータというものが伝えられない。
クルマ1台作るのにどれだけの金属資源と石油エネルギーが使われるのか。
その結果、まだ十分走るクルマがゴミとして廃棄されることで、どれだけのエネルギーが無駄になるのか。
ガソリン消費がリッターあたり10km走るクルマと、20km走るクルマを比較した場合、20km走るクルマのほうがいいに決まっている。
では、すでにこの世に存在しているリッター10kmのクルマにあと10年乗り続けるのと、このクルマを廃車にして、新たにリッター20km走る新車を新たに作りだすこととでは、どちらのほうが環境負荷が高いのか。

廃車にすれば、金属資源や、まだ動く部品がゴミになってしまう。リサイクルするために様々な手を尽くすが、リサイクルをするのにも、新たな石油エネルギーが使われる。
しかし、この燃費の悪いクルマを現状のまま使い続ければ、新車を買う必要はない。新車を作りだすためのエネルギー分が無駄にならない。リサイクルも必要がない。
まだまだ十分走るクルマを廃棄して、燃費がよいクルマと入れ替えるのと、燃費が悪いままでも廃車にせず使い続けた場合のエネルギー収支を比較したとき、プラスマイナスの分岐点はどのへんにあるのか。そういった情報は非常に入手しづらい。
メディアは「こんなに燃費のいいクルマが作られました」と報道するだけである。

もう少し多面的な視点を持った報道ができないものだろうか。
例えば、世の中には走行距離が短いクルマと長いクルマがある。仕事で使うクルマや田舎で使うクルマは年間走行距離が長い。
一方、都会で月額数万円の駐車場に自家用車を保有し、休日にしか乗らないようなドライバーのクルマは走行距離が短い。
燃費のよい新型車と、燃費の悪い古いクルマの配分を考えた場合、走行距離が長くならざるをえないクルマほど高燃費の新車にしたほうが効果が高いはずである。
しかし、実際には、休日のレジャーにしか使わないような都会の自家用車ほど、目新しい新車販売のターゲットになっている傾向があるのではないか。自動車会社のCMを見ていても、そんな感じがする。

クルマが廃棄されるまでの寿命も、商用車や大型車はとことん元を取るまで乗り続けられるが、一般家庭用の、レジャー性、趣味性の強いクルマほど、陳腐化するのが早く、まだまだ走れるのにさっさと廃車処分にされている。
趣味のクルマやレジャー用のクルマほど、中古車にしたほうが環境負荷は少ないはずだ。地球環境保護のためには、すぐにクルマを買い換えたくなる、クルマ好きな人ほど、中古車を選びましょうというキャンペーンでもやったらいいのではないかと思うが、そんなキャンペーンは見たこともない。

ヨーロッパでは、数十万キロ走っているクルマは珍しくないという。
日本では10万キロを超えて走っている自家用車は珍しい。
地球環境を守りたい。でも、自動車の生産台数が減るのはこの国の経済にとっては困る、という話は、虫がよすぎる。
この虫のいい話を、メディアは巧みに、両立するかのように報道する。その際に「地球温暖化」が都合よく使われている気がするのだ。
「今年は暖かかったのでキャベツや白菜などが採れすぎて値崩れし、価格調整のために廃棄処分にされている」などという映像までもが、「地球温暖化」が悪いと言わんばかりに流れる。
これはどう考えても、温暖化とは別の次元の問題──人間としての節度や、自然への畏怖の欠如の問題である。
そして、この「節度のなさ」「自然への畏敬の欠如」こそが、今、人類が直面している危機を生み出していることを忘れてはならない。



●これはいけませんね
(富岡町、福島第二原発のそばにて)




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