たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2007年3月2日執筆  2007年3月6日掲載

東京マラソンと「情報公開」

覚えている人は少ないかもしれないが、1981年の2月と3月に、突然、東京で大きなマラソン大会が開催された。まず、2月8日に「読売日本テレビ東京マラソン」。優勝者は喜多秀喜。
そのわずか3週間後の3月1日には、フジサンケイグループ主導で「東京-NY友好マラソン」というものが開催された。優勝者はロドルフォ・ゴメス(メキシコ)。懐かしい!
さすがに首都東京で毎年2つの大きなマラソン大会が連続して行われるのはいかがなものかということになり、翌年からは読売グループとフジサンケイグループが交互に催すようになり、名称も「東京国際マラソン」となった。

この東京国際マラソンには、数々のドラマがあったが、中でも印象的だったのは第11回大会(1990年2月12日)で中山竹通(ダイエー)が足を痛めながらも優勝したとき。
このとき中山は到底走れる身体ではなかったのに、所属のダイエーグループがスポンサーになっているがために出場辞退できず、レースの朝まで足首に生の馬肉を巻いて治療していたという話を後になって語っていた。
これと合わせて、ダイエーが陸上部を解散し、中山を事実上一方的に放逐したときのことも深く記憶に残っている。中山竹通という選手は、つくづく運がない。

そんな東京国際マラソンが2006年に幕を閉じ、今年は一般市民ランナーも走れる「東京マラソン2007」なるものが開催された。
コースはそれまでの東京国際マラソンとはまったく異なり、銀座や浅草を通過するという、観光名所巡り的な要素を持ったものになった。
市民ランナーは抽選で出場でき、選ばれる人数は約3万人。出場料は1万円。倍率は約3倍だったそうだ。

開催された2月18日。まるでこの時間にピンポイントで合わせたかのように東京には冷たい雨が叩きつけた。過去の東京国際マラソンでは雨というのは1回もなかったというから、よくよく運がない。身体が冷え切って、意識不明になり救急車で運ばれるランナーもいた。

この「東京国際マラソン2007」は、実に不思議な大会だった。
初めての試みだから、様々な不手際や予測不能の事態が起きるのは仕方がないが、テレビの中継にしても、インターネット上の「参加者全員のゴールシーンを動画配信」にしても、プロカメラマンによるレース中の写真をネットで公開して販売する試みにしても、気になることがいっぱいあった。

まず、記念すべき第一回大会ということで、男子の招待選手とは別に「ゲストランナー」という名目で9人のランナーが招待されていた。
君原健二、喜多秀喜、浅井えり子、谷川真理、山下佐知子、有森裕子、山口衛里、山内マーラ、市橋有里の9人(敬称略・年齢順)。
「走る外交官」山内マーラ(旧姓マイヤーズ)さん以外は、いずれも日本のマラソン史を築いた名ランナーで、陸上ファンはこのゲストランナーたちの姿をテレビで観ることを楽しみにしていたはずだ。もちろん僕もそのひとり。
走り出したら3万人の中に紛れて分からなくなってしまうので、きっとスタート前に短く紹介されたりするのだろうなと予想していた。
ところが、そうしたセレモニーがないばかりか、レース中継中にもゲストランナーたちの姿はほとんど映し出されることはなかった。

例外は有森裕子で、「引退レース」「ラストラン」という触れ込みで、終始テレビ局のカメラは有森を追い続けていた。
僕としては、コンビニで買ったような透明ビニール合羽を着たまま、有森の背後をピッタリ走る早田俊幸の姿のほうが気になって、「あれって早田だよなあ。なんで有森の後ろをストーカーみたいに走っているんだ?」と訝しみながら観ていたのだが……。

ネットでゲストランナーたちの名前と「東京マラソン」を組み合わせて検索すると、「東京マラソンの有森ら5選手、石原都知事にチョコ攻撃」とか「有森らが石原都知事を表敬訪問」といった新聞記事が出てくるばかり。
そもそも、ゲストとして招待された人が、都知事を「表敬訪問」というのはちょっと引っかかる。レース前に、ゲストランナーたちの特別控え室を「知事が」表敬訪問というなら、まだ分かるけれど。
とにかく、この9人の「ゲストランナー」たちの扱いは、ずいぶん失礼だったのではないだろうか。
レース後の報道でも「有森、感涙のラストラン」などといった調子の記事があるだけで、他のゲストランナーたちの様子を伝える記事はとんとなかった。
仕方ないので、ここでお伝えしましょう。


君原健二(65歳):10kmの部で完走者3335人中134位 0:48:31
喜多秀喜(54歳):男子完走者19523人中299位 2:54:18
浅井えり子(47歳):女子完走者5596人中354位 3:45:20
谷川真理(44歳):女子2位 2:49:54
山下佐知子(42歳):女子2937位 5:08:52
有森裕子(40歳):女子5位  2:52:45
山口衛里(34歳):女子36位  3:13:28
山内マーラ(33歳):記録見あたらず
市橋有里(29歳):女子20位  3:02:48



年齢順に並べてみたが、涙のラストランなどと盛り上げられ、カメラが終始追いかけていた有森裕子の5位に比べ、「市民ランナーに引退はない」と常々言っている4歳年上の谷川真理の2位は立派ではないか。タイムだって有森より3分近く速い。これはもう意地ですね。

東京マラソン2007では、完走者全員の成績リストがネット上で公開されているため、出場した人の氏名と成績を誰もが閲覧できる。
有名人もたくさん走っていた。公開されているデータだからここで取り上げてもいいだろう、ということで少し紹介してみる。


鈴木宗男(代議士)男子6678位 4時間7分
リサ・ステッグマイヤー(タレント)女子1513位 4時間31分
玉袋筋太郎(タレント・浅草キッド)男子11246位  4時間45分
中村扇雀(歌舞伎役者) 男子12075位 4時間52分
水道橋博士(タレント・浅草キッド)男子13893位 5時間8分
田尾安志(前楽天監督)男子16566位 5時間40分

有名人の配偶者というのも注目を集めていて、爆笑問題田中裕二夫人は女子190位で3時間34分(おお〜!)。
背中に「増田明美の夫」とデカデカと書いて走っていた、大会中継の解説者・増田明美の夫(そのまんまだな)は5時間33分で、田尾前監督よりちょっと前にゴール。「夫」氏は他の市民マラソンに出たときも、背中にはいつも「増田明美の夫」というゼッケンを付けているとか。「妻」の増田明美は「今度のレースは一応世界陸上の選考会なんですけどねえ」と嘆いていたようだが、お構いなし。周囲の人たちを存分に楽しませたことだろう。

ゲストとして呼ばれず、一般参加で出場した往年の有名選手もいた。
有森裕子、鈴木博美、吉田直美、志水三千子らと共に、小出監督の下でリクルート女子陸上部黄金時代を築き、バルセロナ五輪の女子1万メートルで14位になった五十嵐美紀は、女子51位(3:16:21)。
「カネゴン」の愛称で、かつて、東京国際女子マラソンで伝説の転倒シーンの現場にもいた原万里子は女子145位(3:30:52)。頭に「開運招福」と書いた絵馬のかぶり物をかぶって走るというサービスぶり。目立っていただろうが、一緒に走った何人が、あの「原万里子」だと気がついただろうか。
他にもかつての名選手が何人か走っていたのではないかと思うが、なにせ3万人のリストから目視で見つけ出すのは難しく、見落としているに違いない。ごめんなさいね。
陸上ファンなら、こうしたかつての名選手が雨の東京を一般市民ランナーと一緒に走っている姿を一目でも見たかった。でも、かなわなかった。

ところで、今大会のスナップ写真がネット上で公開され、ゼッケン番号を入れて検索すると、そのゼッケンの選手が写っている写真が見られる、というサービスが行われている。
写真は販売されていて、お値段は2L判2,100円〜A3判(額付き)8,400 円。デジタルデータ(画像ファイル)は1カット3,675 円などとなっている。
このサービスのおかげで、僕は有名人や有名人の配偶者の写真もWEB上で閲覧できたわけだが、これって、肖像権や個人情報保護の問題に発展するようなことはないのだろうか。結構、微妙な部分があるような気がする。

ちなみに、このサービスでは、ゼッケン番号が2桁の招待選手やゲストランナーたちの写真は検索できなかった。女子2位の谷川真理や5位の有森裕子の写真は出てこない。ところが、女子の優勝者・ 新谷仁美の写真は普通に出てくる。女子では独走状態だったので、1人だけ大きく写っているカットも多数ある。
これは、彼女が一般参加で出場したからだ。

ところで、今回の東京マラソン2007でいちばんのニュースは、新谷選手が優勝したことだと思うのだが、報道ではほとんど騒がれなかった。テレビでも、「引退レース」の有森はレース後あちこちに呼ばれていたが、優勝の新谷選手の画像というものがほとんど出てこなかった。
新谷選手は1988年2月26日生まれだから、この大会出場時はまだ18歳。大会への一般参加規定では、「大会当日満18歳以上(ただし、高校生を除く)」となっているから、ぎりぎりセーフだったわけだ。
彼女は現在、豊田自動織機の陸上部に所属していて、小出監督が「Qちゃん以上の逸材」と惚れ込んでいる。1つ年下の「スーパー女子高生」小林祐梨子と並び、日本陸上界の宝とも言うべき選手だ。
しかし、マラソンはまったく未経験。ロードの公式レースでは駅伝で最長6.6kmしか走ったことがないし、冬場は練習でも30kmまでしか走ったことがないという。
今回、「郷里の大先輩有森さんが走るし、記念すべき第一回大会だからぜひ走ってみたい」と監督に直訴。監督も「じゃあ、遊びで走ってこい」と送り出したそうだ。

ところが、結果は2位の谷川真理に19分近い大差をつけてのぶっちぎり優勝(2:31:01)。
「遊びのつもりで出した。2時間50分くらいで走れば上出来と思っていた」という小出監督もびっくり。
あの冷たい雨、しかも一般ランナーがうじゃうじゃいる中を目標もなく走るという悪条件がなければ、簡単に2時間26分くらいでは走りきっていたのではないかという気がする。
新谷はこのまま順調に育てばQちゃんを超える可能性が高いだろう。陸連関係者も、最初は「また小出がホラを吹いている」と思っていたようだが、あまりにもあっさり優勝してしまったので、レース後は興奮したに違いない。

この、国を挙げて喜ぶべきニュースが、テレビ中継の画面からほとんど伝わってこなかったのはどういうことなのか。番組制作スタッフが、陸上競技を何も知らないのだなと痛感させられる。
優勝したジェンガにしても、かつて東京国際マラソンで優勝しながら、そのとき大差で破った先輩のワイナイナが「過去の実績」でオリンピック代表に決まってしまったという人生最大の悲劇を乗り越えての優勝だったのに、そのへんのドラマにはほとんど触れない。「無理矢理ドラマを作る」のが好きなテレビでも、外国人選手にはほんとに冷淡だ。ジェンガは高校からずっと日本育ち。もっと応援してあげようよ。

ところで、今、都知事選に出る、出ないでメディアを振り回している浅野史郎元宮城県知事も、この東京マラソン2007に出場を申し込んだが、あえなく抽選に漏れて走れなかったそうだ。
倍率3倍なのだから、抽選で落ちること自体はまったく不思議ではないのだが、時期が時期だけに、一部では「石原都知事が次の選挙でライバル候補になる可能性のある浅野氏にアピールの場を与えたくなかったんじゃないか」などという憶測も飛び交った。
まあ、それはゲスの勘ぐりというものだろう。でも、待てよ。それならば、女子で優勝した新谷仁美選手も、約3倍の抽選を経て出場したのだろうか?

大会参加者募集要項を見ると、男子は世界陸上代表選考会を兼ねているので、陸連選考枠の資格基準が明記されている。


I . 選考会の部
i . 2006年度日本陸上競技連盟登記・登録競技者で、2005年2月1日以降、申込期日までに日本陸上競技連盟の公認競技会で次の記録を出した男子競技者
・マラソン : 2時間30分以内
・30kmロードレース : 1時間35分以内
・ハーフマラソン : 1時間07分以内
II . 日本陸上競技連盟が推薦する男子競技者


しかし、女子については何も基準が発表されていない。
実際、女子の有力選手はこの大会には出なかった。

しかし、さすがに新谷選手を「抽選」で選び、一般参加選手の中に放り込むことはしなかったようだ。
彼女のナンバーはF34001。女子選手の上位リストを見ると、34000番台の若い番号が並んでいる。これは、主催者側が、あらかじめ参加者の実績を見て、一般抽選枠とは別の枠を用意していたことを意味している。そうでなければ、新谷選手はスタート時に前のほうに並ぶこともできず、下手をすると本当のスタートを切るまでに10分以上ロスをすることになったはずだ。

ということは、最初から陸上競技経験者(抽選なし)と一般参加ランナー(抽選)との間には厳然と区別があるらしい。
おそらく、実績から言えば、ゲストランナーでも十分おかしくない五十嵐美紀や原万里子は、他の一般参加者と同じように抽選に当たって、1万円の参加費用を払って走ったのだと思う。とすると、スタート地点では先頭からどのくらい後ろだったのだろう。
3万人が走る大会となれば、その中のどのへんまでを優遇措置にするのか難しいだろうが、明確な基準やルールが事前に一般公開されていないと、いろいろまずいのではないだろうか。いやしかし、大勢のボランティアに支えられて運営されるマンモス大会で、そんな細かいことを言うのは野暮というものか。

……と、書けば書くほど、課題の多かった大会だったことが分かる。
願わくば、来年(もやるのよね?)はよい天気の下で、多くの人たちが今年よりも楽しく走れますように。
そして、メディアが公平な、かつ、陸上競技に愛を持った中継や報道をしてくれますように。
(走るどころか、外に出ることもせず、パソコンに向かってこんな文章を書いている自分を恥じつつ……)
※文中、基本的に敬称略



●大会当日、新宿駅構内のトイレの前に行列を作る市民ランナーたち
(写真提供:peach boy press)




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