たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2002年9月6日執筆  2002年9月10日掲載

よろしかったでしょうか?

おっさん世代が、訳知り顔で若い世代の言動や風俗に苦言を呈するようなコラムは書くまいと思っている。そこで、以下の文章は、苦言というよりも「考察」あるいは「推理」のようなものだということにしておこう。(以上、前置き)

若者の言葉が乱れていることについては、ずいぶん前から指摘されている。
僕自身は、「ちょー」とか「うざい」などという新語や、女性が平気で「おれ」とか「……なんだよ」などという男性言葉を使うことに対しては、とりたててどうこう言う気はない。言葉は時代と共に変わっていくのだろうから、新しい語彙が出てきたり、言葉遣いの性差がなくなるのは、ある程度、自然の成り行きだろうと思う。

むしろ気になるのは、発声の変化や、意味不明の言い回しだ。

まず、なぜみんな鼻声になるのだろう。
おニャンコクラブ(ふ、古い!)に出ていた女の子たちでさえ、ちゃんと日本語を発音していた。ところが、最近では、ニュース番組に出てくる若い女性キャスターなども、鼻が詰まっているのではないかとしか思えない発声で喋る人が増えた。その声が気になってしまって、話している内容に集中できないことがある。

最近の子供は固いものを噛まなくなって、顎が未発達なのだとか、小さい頃にはっきりものを言うよう親がしつけなかったからだとか、いろんな説があるが、どれも今イチ説得力に欠ける。

しかし、考えてみると、発音や発声は、もとより地域差が大きい。今の若者の発声は、北関東訛りや東北弁、あるいは津軽弁に近い気がする。
寒い地方では、唇も凍てつくから、自然と大声を出さないようになり、イントネーションも平坦にして省エネするのだという説がある。津軽弁などはその最たるもので、唇や舌をあまり動かさないでぼそぼそと喋る。その結果、「キツネ」は「ケツネ」に近く聞こえる。

そうか。若者たちはエネルギーを使うのが嫌いなのか。イントネーションをつけるだけのエネルギーも惜しみ、口をしっかり開くことも厭うのか。
津軽ネイティブ以外は津軽弁を聴き取るのが困難なように、あと10年もすれば、中高年世代は、若者言葉を聞き取ること自体困難になるのかもしれない。

もうひとつ気になるのは、「意味不明の言い回し」。
例えば、なんでもかんでも「……のほう」とつけるという風潮。レジのやりとりで「1万円からお預かりします」と言われ、この「から」が気になるという人も多い。「……になります」も、気にしだすとすごく気になってくる。

喫茶店に入ってから出るまでの例。かっこ内はビートたけし or 爆笑問題・太田光風の、心の中のツッコミ。

「コーヒーのほう、ホットにしますか?」
(コーヒーしか頼んでねえんだよ。コーヒーじゃないほうって、あるのかよ。)

「お待たせしました。こちら、コーヒーになります
(コーヒーになる前はなんだったんだよ。それとも、これはまだコーヒーじゃなくて、待っていると目の前で徐々にコーヒーになるのかよ。)

「630円になります。1000円からお預かりいたします」
(1000円から何を預かるんだよ。預かるってことは、後で返してくれるのかよ。)

慣れというのは怖ろしいもので、こうした言い回しに、いちいち心の中で突っ込むことはしなくなった。
しかし、「……でよろしかったでしょうか?」という言い方には、まだ慣れない。
いきなり過去形で訊かれるたびに、違和感を覚えてしまう。

「コーヒーください」
「コーヒーのほう、ホットでよろしかったでしょうか?

……という具合。
10分前に頼んだのを店員が忘れていて、「すみません。さっきのご注文、ホットでよろしかったでしょうか?」と確認しに来ているわけではない。今頼んでいるのに、いきなり過去形で訊かれてしまうのだ。
「~してください」というていねいな命令形の代わりに、「~していただいてよろしかったでしょうか?」なんてのもある。

「ハイオク満タン。オートストップ位置までね」
「はい。お客様、給油口空けていただいてよろしかったでしょうか?」

なんで過去形? あんたは予知能力者か?

この不思議な言い回しについては、面白い説がある。
もともと、英語などでは、過去形や仮定法を使うことでていねいな言い回しになるという表現がある。
Will you open the window?
よりも
Would you open the window?
のほうがずっとていねいな言い方である、と、学校では教わる。
さらに、
Would you mind opening the window?
なんて言えば、ものすごく婉曲的な依頼となるが、そこまでやると馬鹿ていねいすぎて、かえって嫌みに取られかねないと教えてくれた先生もいるが、僕は英語ネイティブではないのでそのへんのニュアンスまではよく分からない。
しかし、ともあれ、若者言葉(あるいは最近の店員言葉?)の「よろしかったでしょうか?」という過去形は、この Would you mind ~? に近いものではないか、という説だ。

そこで、さらにこんな推理をした人がいた。
昨今の英語教師の能力は落ちている。彼らは、仮定法過去だろうがていねいな依頼の文だろうが、動詞が過去形になっていればなんでもかんでも過去形で訳す。
Would you mind opening the window? (窓を開けていただけませんか?)という英文を、「窓を開けてもよろしかったでしょうか?」とでも訳したりしたんじゃないか。それを聞いていた生徒が、日本語でもそうした直訳的な表現をし始めたのではないか?

面白い推理だけれど、どうかなあ……。
ひとつだけはっきりしているのは、「よろしかったでしょうか?」と客に言う若い店員たちも、仲間同士では決してこんな妙な日本語は使わないだろうということだ。
え? そうでもないのかな?

「明日、会えないかな?」
「いいよ。8時でよかった?

……う~~ん。もしかすると、そんな会話を交わしているような気もするなぁ。
なんか、異国にいるような気がしてきたぞ。

Enantiomers
■挿画 Enantiomers
(c)tanuki (http://tanuki.tanu.net)







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