たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2002年10月24日執筆  2002年10月28掲載

懐かしい名前


永井ドクター風に「僕が陸上を好きなわけ」というタイトルでこの原稿を書き始めていたら、電話が鳴った。
表示された電話番号を見ると06で始まっている。大阪かららしい
雑誌社からで「タヌパックデジタル工房さんを取材させてほしい」という。
「取材には、編集部員とカメラマン、そしてインタビュアーとしてタレントのXXXさんがうかがいます。XXXさんはご存じですか?」
思わず苦笑してしまった。

XXXさん。ご存じもなにも、彼とはただならぬ因縁がある。
かつて、雑誌の仕事で彼を取材したのがきっかけで、彼の関連の仕事を頼まれるようになった。
彼の連載コラム、彼の本(2冊)は僕が書いた。いわゆるゴーストライターというやつだ。
彼のラジオ番組の台本も僕が書いていた。

いちばん忘れられないのは、彼が「今の事務所から独立したい」と言うので相談にのってあげたときのことだ。
彼はその頃、外国人専門のモデル仕出し事務所に登録していた。テレビに出て売れてからも、仕事はその事務所を通していて、いろいろ揉めることが多かったようだ。トラブルの原因は、お金のことと彼の信仰している宗教のことがほとんど。
そうしたトラブルを減らすには、自分のことをよく理解してくれている人たちと仕事をするほうがいいのではないか、とアドバイスした。

その結果、彼の日本での親代わりという日本人(同じ宗教の日本での幹部で、世話人のような役割)を社長にした事務所を立ち上げたいと言うので、そのかたとも話し合い、新事務所設立を手伝った。
新しい名刺を作り、所属事務所移転の挨拶文を作って印刷し、最後には、借りた事務所に中古のコピー機を搬入するのまで手伝った。電話も引き、あとは引っ越しを待つばかり。新事務所スタートの挨拶状も投函した。

ところが、その直後に「やはり事務所設立はやめた」と彼が宣言する。
別の芸能事務所の副社長をやっていた人が独立するので、そっちの事務所に入るというのだ。
仲間のひとりは、すでに投函してしまっていた新事務所設立の挨拶状を、郵便局に駆け込んでストップさせた。刷り上がった名刺も、もちろん全部破棄。僕もその事務所を手伝うことになっていて、「チーフプロデューサー」という肩書きがついた名刺を刷っていた。
まさに、二階に上げられて梯子を外されたような形だった。

新事務所のために借りたマンションの一室には、そのまま、彼が誘われた別の事務所が入った。事務所設立に奔走した僕ともうひとりの仲間は、結局そのまま放り出された。
芸能界は怖いなあと実感したものだ。
もう20年くらい前の話で、今ではそのときの落胆や怒りはほとんど忘れている。その前にも後にも、似たような経験はたくさんしているので、別にこの事件自体はどうというものでもない。もっとひどい仕打ちや許せない裏切り、取り返しのつかない失敗は他にある。それらに比べれば致命傷でもなく、むしろ、よい勉強だった。

「取材申し込み」の電話を受けながら、そうした記憶が徐々に甦ってきた。

「XXXさんのことはご存じですか?」と訊かれ、つい「彼の本は僕が書いたんですよ」と答えた。
編集者は、最初は驚いていたが、そのうちにだんだん状況が飲み込めてきたようで、最後は「こちらの意図とは違う対談になってしまいそうなので、今回はなかったことにさせてください」と言ってあっさり電話を切った。その対応ぶりに、ちょっと奇妙な感触が残った。

受話器を置いた後で、ああ、そうかと気づいた。
もしかすると、今のは一般の「取材」ではなく、よくある「記事を装った広告」の申し込みではなかったのか、と。
そう考えれば、先方が妙にそそくさと電話を切ったことも納得できる。
WEBでも、その手のサイトがたくさんある。
昔、娘さんの家庭教師をしていた産婦人科医院の名前を検索したところ、院長が女性タレントと一緒に笑っている写真が出てきた。やはりその手の記事型広告のようだった。タレントが取材に来るくらい有名で安心なお店(企業、病院……)なんですよ、という広告なのだ。
有名人がインタビュアーとして訪問するということをまっ先に告げて、話にのってきたところで、提携広告の一種であることを明かすという作戦だったのだろう。それが、「ああ、彼の本は僕が書いたんです」などと言ったものだから、先方は完全に思惑が外れ、さっさと電話を切ったに違いない。

不況になると、いろいろな商売が出てくる。最近は電話での勧誘も急に多くなった。
日本文藝家協会や日本推理作家協会の名簿を見て電話してくるのか、「たくきセンセイのお宅でしょうか」という勧誘電話も多い。先物取引だの名刺広告だの個人年金だのの勧誘だが、作家は概ね貧乏なのだということを知らないのだろうか。
そもそも、お金があれば、タヌパックデジタル工房なんてやっていないもの。
……ぶつぶつ……。
鬼神社の狛犬
     親子でびっくりしている狛犬
(青森県弘前市鬼沢 鬼神社)
詳細は→狛犬ネット(http://komainu.net/)で


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