たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年1月24日執筆  2003年1月28日掲載

スポンサーから一言

今、北朝鮮では、夜のゴールデンタイムになると、国民が注視する人気ドラマが放映されている。
そのドラマの中では、アメリカや日本が許し難い悪事を働く敵として描かれており、国民に、徹底した反米、反日感情を植え付ける役割を果たしている。

ある夜、その人気ドラマ放映中、不思議な現象が起きた。
コマーシャルなどないはずの国営放送の画面に、突然ハンバーガーのCMが流れ始めたのだ。
ピエロの格好をしたキャラクターが登場して、視聴者に向かってこう言った。
「スポンサーから一言」

何事が起きたかと画面に釘付けになった北朝鮮の人々に、そのピエロは続けてこう言い放つ。
「戦え! 将軍様のために」

ほんの数十秒の出来事だった。
画面は再び人気ドラマに戻る。ドラマの中で、悪行非道の限りを尽くすアメリカ人兵士や日本人ビジネスマン。
しかし、見ていた人々は、もはやさっきまでの気持ちでそのドラマを見続けているわけにはいかなかった。
一体今のはなんだったんだ?
わざわざ言われなくても、我々は将軍様のためにいつでも戦う決意でいる。でも、改めてこう言われてしまうと……。待てよ。今のは憎きアメリカの罠か?
人々は、悩み始める。

政府からすぐに発表があった。
悪の国アメリカが、卑怯にもわが国営放送の電波を乗っ取って放送を妨害した。これは明らかに我が国への攻撃である、と。
しかし、アメリカは「そんなことは知らない」「少なくとも政府は何もしていない」と突っぱねる。

翌日も、その翌日も「スポンサーから一言」という1分弱の放送が北朝鮮のテレビに乱入してきた。
内容は非常に凝っている。BGMも垢抜けていてかっこいい。CGを駆使した素晴らしい映像や、豊かなアイデアで思わず唸らされるような作品が続き、人々は徐々に、この「スポンサーから一言」を密かに待ち望むようになる。
そして、次第に自分たちが今まで毎日見せられていた映像や与えられている情報に、疑問を抱き始める。
もしかして、自分たちはとってもつまらない世界に閉じこめられているのではないか。アメリカは根性が腐っているかもしれないが、こんなに面白い映像を作りだす自由や技術、そして豊かさを持っていることは間違いない……。
人間にとっていちばんの不幸は、選択の自由が与えられていないことではないのか?


……と、これはもちろん架空のお話である。
アイデアは、僕の好きな作家、フレドリック・ブラウンの短編『スポンサーから一言』から丸ごと拝借した。
ブラウンは探偵小説も数多く書いているが、僕が好きなのはSFのほう。中でも、短編作品にユニークな傑作が多い。

『スポンサーから一言』の内容をざっと紹介してみる。

1954年。世界は戦争の危機に面していた。
その年の6月9日水曜日の午後8時30分ちょうどに、世界中のラジオが怪現象を起こした。
番組が突然途切れ、一瞬の沈黙が訪れる。そして、モノトーンな男性の声が「スポンサーから一言」と告げる。ラジオを聞いていた人々が、なんだろうと耳を澄ませると、今度は別の声がこう告げた。
「戦え」
その後、何事もなかったかのように、放送は元に戻る。

この電波ジャックは、全世界、どんな場所でも起きた。どんな放送局のどんな番組を聴いているかは関係ない。夜8時30分ちょうどに、「スポンサーから一言。……戦え」というメッセージが流れた。
不思議なのは、この怪現象が世界同時にではなく、「ラジオが設置されている場所の時刻」で夜8時30分ちょうどに流れたということだった。
例えば、アメリカでは州によって時差がある。時間帯が違う州境をまたいで数メートルの距離で2台置かれたラジオからは、先に8時30分になった州の側のラジオからのみメッセージが流れ、1時間後、隣の州が8時30分になると、そのラジオからだけ同じメッセージが流れた。
日付変更線をまたいで航行している2隻の船の上では、6月9日の領域にいる船の上にあるラジオからだけ、このメッセージが流れた。
同じ場所に複数台置かれたラジオで各国の放送をバラバラに受信していた場合は、どんな周波数、どんな放送を受信していたかに関係なく、その場所が6月9日午後8時30分になった瞬間、この怪現象が起きた。

このようなことは、人間が知りうる物理学や電気工学ではありえない。ありえないことが起きたことで、人々はパニックになる。
侃々諤々の議論が戦わされた。
一体何者が、このような超自然現象を可能にしたのか。その意図はなんなのか。
折りしも、世界は戦争の危機に直面していたが、この怪現象に恐れをなし、どの国も戦意を喪失する。

そして結局、「戦え」というメッセージに反して、「戦争は起こらなかった」。

とても素敵な作品だ。
記憶力が人一倍弱く、『刑事コロンボ』など、何度見ても犯人を忘れてしまう僕なのに、この作品の内容は何年経っても覚えている。

『スポンサーから一言』が発表されたのは1951年。
当時僕はまだ生まれていなかったが、すでに人類は核兵器を持ち、広島・長崎でその威力も実証済みだった。
米ソの対立が深まり、世界は米ソ代理戦争時代に突入していた。
前年の1950年には朝鮮戦争が始まっている。
そんな中で、この作品は3年後の未来について書かれた。

電子工学の分野は凄まじい進歩を遂げ、1950年当時では考えられなかったような技術が今では実現している。
ブラウンがもし今生きていたら、戦争回避のアイデアとして、どんなことを思いつくだろうか。

北朝鮮が「何をするか分からない怖ろしい国」になってしまったいちばんの原因は、国民に知る権利が与えられていないことだろう。
インターネットを使えないのはもちろん、テレビ・ラジオも、国営放送以外は聴けなくなっている。(ちなみに、韓国と北朝鮮ではテレビ放送の規格が違うので、北朝鮮で韓国のテレビ放送を受信することはできない。)
北朝鮮を孤立から救い出すためには、北朝鮮の国民に広く正確な情報を与えることが必須だろう。一方的な情報や洗脳で価値観がガチガチに固められてしまっている状態では、外からどう働きかけても、ますます追いつめられた気分になり、最後は自暴自棄になる怖れがある。

人気番組を電波ジャックすることが可能かどうかは分からないし、下手をすれば火に油を注ぐことになるかもしれない。でも、本気で北朝鮮を「国際社会」(この言い方も怪しいが)に引き入れようとするなら、武力での威嚇や、独裁政府に対する水面下での裏工作などの他にいくらでも方法はあるのではないか。それこそ、資本主義国が培ってきた(あざとい?)広告戦略、媒体利用の技術を活用できる気がする。

例えば、ゲームボーイのような小さな電脳玩具をばらまく。面白くてやめられないゲームが内蔵されていて、合間に「将軍様もゲームがお好き」とか「お隣の韓国でもこのゲームはヒットしています」なんてメッセージを入れておく。
爆弾の代わりに、飢餓地帯に直接食糧を大量投下する。
南北国境付近に巨大なスクリーンを設置して、毎晩娯楽映画や情報番組を上映する。
武力攻撃をするコストを、そうした「非武力戦略」に充てたら、ものすごいことができるはずだ。

でも、どんなに有効な方法があっても、しないだろうな。
目的は「平和」だけではないからだ。

「それほどまでにして、なぜアメリカはイラクを武力攻撃しようとするのでしょう?」という問いに、はっきりとこう答えた評論家がいた。
「戦争で失うものより、戦争後に得られる石油利権というメリットのほうが大きいからです」
イラクが、北朝鮮のように石油を持たない国だったら、そもそもこんな事態にはなっていなかっただろう。そのことは、多くの人たちが見抜いている。見抜いていても、権力の暴走を止められないのが現代の悲劇だ。

世界を操る「スポンサー」は、一言もメッセージを発しないどころか、自分がスポンサーであることも明かさない。
影のスポンサーが、人々の知らないところで「戦え」と念じるだけで、世界は動かされていく。

A Frog

■挿画 a frog (c)tanuki


挿画担当のtanukiと文章担当のtakukiは別人です。



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