たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年3月28日執筆  2003年4月1日掲載

もしもこれが日本だったら

先週に引き続き、ますます気が重い。
イラク戦争はどうやら長期化しそうだという。
様々な論評が出てくるが、歯切れの悪いものが多い。書いている人間が問題に直接コミットしきれないからだろう。無力感ばかりがつのる。
日本の経済はどうなるのかとか、北朝鮮はどう反応するだろうという話題も多い。自分が暮らしている場所について心配するのは当然のことだが、それにしても何かがずれている気がする。

ひとつだけ拾ってみる。
「殺し殺される乱世において、強いものに擦り寄って安全を確保する方が生存の確率が良くなるのか、世界全体の緊張を解くほうが確率を良くするのか、日本に取っても戦略的思考が求められる岐路に他なりません」(冷泉彰彦・『from 911/USAレポート』 第84回目「戦争という誤算」)
まさにその通り。

小泉首相は、若いときに固まってしまった思考を柔軟に発展・転換できないタイプの人なのだろう。しつこいくらい靖国参拝姿勢を崩さなかったり、困ったときに自分の言葉が出てこず、過去に何度も言ってきた言葉を絶叫するのを見ていると、そう思える。
日本を守れるのはアメリカの武力しかないという思い込みを、この時期になっても一切疑ってみようとはしないようだ。
その頑固さが、当初政策として掲げていた構造改革への意欲につながっているうちはいいが、肝心の構造改革はなし崩しにされ、別の面で頑固さの悪い面ばかりが目立つようになってきた。どうもこれから先は、首相の頑なさは裏目にしか出てこない気がする。

今の日本政府には、アメリカが孤立し、崩れていったときの危険を見抜けないのだろうか。
アメリカが強い間は、日本はアメリカよりも手頃な「報復の標的」にされる。まずは、その危険を甘く見すぎている。
また、ブッシュ政権が倒れて、その後のアメリカ新政権が対外政策を軌道修正をしたとき、日本はアメリカからも、他の国々からも見捨てられる可能性が高い。
日本のハイテク技術と中国の安い労働力とどっちがひとつを選べと言われたら、迷わず中国をとるという時代が、すぐそこまで来ているかもしれない。

もうひとつ、別の角度から考えてみた。
今のイラクを、多くの日本人は「自分とは関係のない遠い国」「独裁者が統治している可哀想な国」「放っておくと他国を侵略しかねない危険な国」と感じているだろうが、もしかするとそれは、第二次大戦前、日本が世界から見られていた姿に似ているのではないか。
日本という、行ったことのない遠い島国は、軍部独裁政治がまかり通り、利権を求めて隣国へ次々と侵略をしかけている。放っておくと何をするか分からない。
文化的にも遅れていて、極端な男尊女卑で女性には参政権もない。無論、軍の厳しい統制下では言論の自由もない。それなのに、国民はひたすら「お国のため」に尽くそうとしている。そんな、わけの分からない国・日本……。
欧米人の多くは、そう見ていたかもしれない。

そんな国を放っておいたら危ないからつぶしてしまえ。危ない政権を倒すためには「少々の」犠牲は仕方がない。
あの頃、日本は「国際社会」から、そう見られていたのかもしれない。
その結果の大空襲、2回の原爆投下。
ウラン型とプルトニウム型の2タイプの原爆を試すために2回落したのだという見方が一般化しているが、新型兵器を試す実験場にされたところも今のイラクに似ている。

僕を含めて、戦後生まれの日本人は、太平洋戦争前の日本に生きていた人々の気分を想像することが難しい。でも、今、イラクに生きている人々の気持ちを想像するよりは手がかりがありそうだ。国から支給された銃を持って米英軍を迎え撃つイラク人の心中を想像するひとつの手段になるかもしれない。

また、「民間人が○人死亡」「女性や子供たちにも死者が」といった報道が目立つが、今のイラクで民間人と兵士を区別することができるのだろうか? そもそも、区別することに意味があるのだろうか? なりたくて兵士になっている者などほとんどいないだろう。気がついたら軍服を着て銃を持ち、そこにいた……軍事施設に残されている人間は、いちばん弱い人間たちではないのか。そういう「兵士」たちからまっ先に殺される。兵士は殺してもいいが民間人はいけないという論理を認めてしまえば、どんな戦争も必ず正当化されてしまう。
小泉首相は、特攻隊で死んでいった青年たちの残した文章を読んで感銘を受けたというが、今、イラクの軍事施設や要人用施設に残って死んでいる青年たちの心中も、そう変わらないはずだ。

戦争の理屈なんて、どうにでも作り上げられる。
紛争を武力で解決してはいけないという理想を捨ててはいけない。
理想が完全には実現しない中で、少しでも理想に近い解決を目指すこと。それが行動の大原則だろう。
今のアメリカは、「力こそ正義」という原則で動いているように見える。もちろん間違った原則だが、日本には間違った行動の原則さえない。
理想や原則を持たない国は、首相の大好きな「国際社会」からも相手にされない。

アメリカのイラク攻撃を支持するとすぐに表明してしまったことがどれだけ大きなミスだったのか、恐らく小泉首相はまだはっきりとは分かっていない。
その思考の硬直性が、国民の失望感をまねき、日本の経済危機をも長引かせていることに気づいていない。
首相が、ナイーブな反戦主義者たちからだけでなく、経済原理第一で動く人たちからも、はっきりと引導を渡される日は、そう遠くない気がする。
ライオン
■なぜかガソリンスタンドにいるライオン
オイルの守護神?
(水戸市大工町交差点)
狛犬ネット




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