たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年4月25日執筆  2003年5月5日掲載

固形石鹸で髪を洗う

だいぶ前、固形石鹸で頭を洗っている父親を娘が揶揄する漫画を見たことがある。
某国では生活が苦しくてシャンプーも買えず、人々は石鹸で髪を洗っている、などということをショッキングなことであるかのように書いてあるリポートを読んだこともある(筆者は女性)。
う~む、情報は怖いなぁ。

固形石鹸で髪を洗うことのどこがおかしいのか?

日常生活から合成洗剤の使用を一切なくしてからすでに20年近く経つ。
きっかけは30を過ぎた頃から急に髪が薄くなってきたことだった。抜けた毛を見ると、毛根が小さく、毛も細い。
養毛剤などを試してみたが、同時にいろいろな情報を集めた。その結果、単純に「シャンプー」がまずいのではないかと思い当たった。

石鹸シャンプーというものを使い始めたが、最初はなかなかなじめなかった。洗った後、なんとなくごわごわしたりべとついたりする。
(今思えば、石鹸シャンプーもまだ黎明期というか、商品開発が未成熟な時代だったのだろう。同じ銘柄のものを数年後に試したら、だいぶよくなっていた。)
なんだかなあ……と愚痴りながらも、石鹸シャンプーを試していた。これがわが毛髪闘争第一期「石鹸シャンプーあれこれ時代」である。

いろいろな石鹸シャンプーを試しているうちに髪のほうも少しずつ石鹸に馴染んできたのか、そのうち、固形石鹸でも平気になってしまった。普通の石鹸だとちょっと油分が落ちすぎてきつい感じがするのだが、グリセリンを添加している台所用固形石鹸(150円くらい)を使ってみたら、そこそこよかったので、しばらくそれを使い続けていた。
この時期にはクエン酸のリンスなんてのも面倒になり、やめてしまった。これが「台所用固形石鹸転用時代」。

その後、もっとよい石鹸を見つける。トルコ製のオリーブオイル石鹸。
後で知ったのだが、石鹸マニア?の間では「幻の石鹸」と呼ばれているらしい。実際、売っている店は極めて限られていて、僕も未だに店頭で見たことはない。妻がたまたま実家に戻っていたとき、近所の店で見つけたのだが、これが洗髪にはとてもよい。
WEBで検索して、扱っている店を一軒だけ見つけ、20個ほどまとめて届けてもらった。
豆腐半丁くらいの大きさがあるから、20個使い切るには時間がかかる。
これが「オリプレ時代」。(あ、言っちゃった。ま、いいか。どうせ日本ではなかなか見つからないと思うし)
オリプレ
トルコやシリアで作られているオリーブオイル原料の石鹸は、今では普通のドラッグストアや自然志向の店などで売られている。洗髪に使ったとき、銘柄によって使い心地が結構違うのだが、どれも、一般の石鹸よりはずっとよい。
熟成度が高いと、最終的に石鹸に含まれる天然のグリセリン成分が増え、それが「髪に優しい」効果につながるらしい。グリセリンは保湿成分として広く使われているし、道理ではあるな。

もう少し詳しく解説しよう。
石鹸の製法には一般に、鹸化法(釜炊き法)、枠練り法、機械練り法、中和法の4種類がある。
オリーブ油にはオレイン酸が多く含まれているが、これは融点が低いため石鹸の機械練り製法には適していない。固くならないのだ。
そのため、オリーブオイルで石鹸を作る場合は枠練り製法という方法が使われる。枠練り法は機械練り法に比べて生産効率が悪いため、大きなメーカーは手を出さない。
オリーブオイルを原料とした枠練り高級石鹸は、1年以上自然乾燥させることもあるそうだ。そんなことしていたら儲からないもんなあ。

というわけで、オリーブオイル原料の固形石鹸というだけで、すでに結構な手間暇をかけている石鹸であるということになる。熟成期間が長いため、自然にグリセリン分も多くなる。
今までの経験で、最初に使った「オリプレ」という石鹸と、「アブドゥールの石鹸」というのがよいということが分かっているのだが、この2つはなかなか見つからない。
ドラッグストアに入るたび、トルコ、あるいはシリア製のオリーブオイル石鹸を探すのだが、あったとしても別のものだ。これも悪くはないので、見つけるたびに1つ2つ買っておく。
以後ずっと現在まで「トルコ製オリーブオイル石鹸時代」が続いている。

旅行するときは、石鹸のかけらを持参する。ホテルに小さな固形石鹸が備え付けてある場合はそれで洗髪するが、シャンプーしか置いてないホテルでは、持参した石鹸のかけらで洗う。

洗髪以外では、そこまではこだわらない。
我が家では、入浴用、手洗い用、食器洗い用、すべて無添加の固形石鹸だが、銘柄指定はしていない。100円ショップで売っているものでもいいし、洗濯用の大きな固形石鹸でもいい。大差ないし、たかが石鹸だもの。
ちなみに、スーパーにしてもドラッグストアにしても、「本物の石鹸」はなぜか石鹸の売り場には置いてない。台所用洗剤か洗濯用洗剤の売り場にある。「無添加」と書いてある白い固形石鹸がそうなのだが、「え? それで顔も洗っちゃうんですか?」と驚いた顔で訊く人がたくさんいる。じゃあ、あなたは一体何で顔を洗っているの? と訊き返したくなる。(要するに「石鹸ではないもの」を使っているのだわね。)

石鹸の売り場に置いてある石鹸(いわゆる化粧石鹸)は、香料や防腐剤などが入ったもので、とても使う気がしない。香料入りの石鹸で食器を洗ったら臭くてかなわないし、そもそも万能の無添加石鹸が100円ちょっとで買えるのに、得体の知れない添加物入りの石鹸をもっと高い値段で買う意味はない。
入浴時に香りを楽しみたいという人は、フランス製の石鹸によいものがある。香料は添加してあるが、基本的にはまともな石鹸だ。

ところで、日本では、石鹸をわざわざ「洗顔用」「台所用」「洗濯用」などと用途別に表示させている。これはお上の縦割り行政のせいで、洗顔用(化粧石鹸)は薬事法、台所用や洗濯用は家庭用品品質表示法と、別々の役所が管轄している。
そのため、成分表示基準も違う。かつては化粧用石鹸やシャンプーは「主成分は表示しなくていいが、指定成分は表示しなければいけない」のに対して、その他の洗剤類は逆に、「指定成分の表示はしなくてもいいが、主成分は表示しなければいけない」という理解不能な状況だった。
2001年4月からは薬事法が改正され、医薬部外品を除く化粧品(化粧石鹸も含む)は成分をすべて表示することになった。かつては、化粧用以外の固形石鹸は、家庭用品品質表示法に従って「脂肪酸ナトリウム97%以上」などという表示がしてあったのだが、現在では「石鹸素地」という表記になっていることが多い。

それにしても、まったく同じ固形石鹸でありながら、なぜ「洗顔用」「台所用」などと分けなければならないのか。
ある石鹸メーカーでは、まったく同じ無添加固形石鹸を、包装袋だけを替えて「洗顔用」「台所用」として売っている。馬鹿馬鹿しいが、そうしないと薬事法に引っかかり「洗顔用」としては売れないからだという。もちろんまったく同じ製品なのだから、台所用で顔を洗ってもいいし、洗顔用で食器を洗ってもいい。
他のメーカーでは、「当社の製品は人体や環境に負担の少ない材料で作っていますが、薬事法上の化粧石鹸ではなく、キッチンソープとして販売いたしております」などと断っていたりする。

石鹸は石鹸であり、石鹸でないものは石鹸でない。それだけのことだ。
まともな石鹸であれば、何に使おうが問題ない。
石鹸をめぐる情報戦争にはいささか辟易しているし、環境オタクみたいに思われるのも面倒なのだが、とりあえずは、まともな石鹸をまともな値段で購入し、普通に使えばいい。その当たり前のことさえも分からなくさせているのが現代の情報戦争社会であり、役所の馬鹿げたお節介なのだ(肝心なことは規制しないくせに!)。

さて、固形石鹸で洗髪し続けてもうすぐ20年。30歳にして危機に直面した我が髪はどうなったか。
あと一回りで還暦という歳になったが、今のところ無事である。同年代の島田紳助流に言えば、腹は完全に「負け組」(泣)だが、髪は「勝ち組」(笑)、というところか。
あのときに情報を集め、シャンプーから石鹸に切り替えなければ、今頃は「負け組」だったかもしれない。(科学的に立証しろと言われても無理だが、その可能性はとても高いだろうと思っている。)
髪は固形石鹸で洗う。ああ、あのとき気がついてよかった。

石鹸で髪を洗うお父さんを笑っている娘さん、よく聴~けよ。
山男……じゃない、あなたの父親は、極めて正しいのだ!

(石鹸にまつわる話やミニ情報リンクは、http://takuki.com/sekken/ にもあります。もっと知りたい人はどうぞ。)

都都古和気神社の狛犬
■ちょっと南アジア風?の江戸狛犬
都都古和気神社(福島県東白川郡棚倉町八槻) 天保11(1840)年11月建立
(c)komainu.net




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