たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年5月2日執筆  2003年5月5日掲載

MIDI音楽ストレス

我がタヌパックスタジオは、MIDI楽器やデジタル録音機が出現した時代に誕生した。
中学生の頃から自宅録音で音楽制作をしているので、シーケンサーによる自動演奏やDATを使った高品質録音が民生機レベルで可能になったときは、感慨深いものがあった。
プロのミュージシャン(一人のギャラが数万円)を呼んで、レコーディングスタジオ(使用料1時間数万円)で録音しなければプロレベルの音楽録音ができなかったのが、自宅でデジタル機器を使うことにより擬似的には可能になったのだから。

さっそくMIDIを駆使してCM用の音楽などを作り、広告音楽プロダクションに売り込んだ。
タヌパックスタジオでは、DATが出ると同時に購入したが、音楽制作現場でのマスター音源としては、まだまだ2トラック38cm/secの6ミリ幅オープンリールテープ(通称「サンパチツートラ」)が主流だった。
マルチトラックレコーディングの世界がデジタル化されるのはその少し後だったから、狭い四畳半スタジオにはアナログ機器とデジタル機器が窮屈そうに並んでいたものだ。

以後、録音に関しては積極的にデジタルを取り入れてきた。
ハードディスクのマルチレコーダーを採用したのはプロ現場よりも早かったかもしれない。
最初はAKAIのDR-4dという4チャンネルの機種。現在はFOSTEXのD-160という16チャンネルの機種。
200万円以上したSoundTracks社の巨大なアナログミキサーを2万円で下取りに出し、あちこちの小規模録音スタジオやマスタリングスタジオでスタンダードになりつつあったYAMAHAのO2Rという完全デジタルミキサーも購入した。コストを下げるためにはデジタル化するしかなかったからだ。
しかし、MIDI関連だけはどういうわけかコンピュータの導入を見送っていた。

みんながマッキントッシュ+シーケンスソフト(Performerなどが代表的ソフト)でMIDIファイルを作っているとき、僕は頑なに専用機(ローランドのMC-500やMC-50)を使い続けていた。
その後、Windows3.1の時代に、一大決心をしてCubaseというパソコン用シーケンスソフトを買ったのだが、どうしても馴染めないまま放り出してしまった。
そもそも、四畳半スタジオにパソコンが入り込むことに抵抗があった。
専用機はCPUが古いから、ファンなど不要で静かに動くが、パソコンはCPUファンや電源ファンの音がうるさく、ブーンという低周波を聞き続けるだけでストレスになった。

キーボードとマウスで音楽を組み立てるという行為にも馴染めなかった。
原稿用紙に鉛筆で小説を書いていた環境から、ワープロ、パソコンへ移行したときも抵抗感があったが(ちなみに、鉛筆からワープロ専用機への移行より、ワープロ専用機からパソコンへの移行のほうがはるかに抵抗は大きく、苦労した)、その比ではない。
文章は文字という固定された記号のみを扱うが、音楽はもっとはるかに複雑だ。

そのうちに、MIDI音楽の不自然さに辟易してきた。せめて主旋律を奏でる楽器くらいは自分で弾こうと決意し、ギターをもう一度ゼロから練習し始めたのが37歳のとき。
それ以降も、四畳半スタジオや経済的な制限からMIDIと生演奏の共存をはかってきたが、MIDIシーケンスは専用機に戻ってしまっていた。

そして今、再びパソコンの導入を試みている。
パソコンのハード的な進歩は凄まじく、専用機のスペックは10年遅れている。
今はMIDIの演奏データだけでなく、録音や音源も全部1台のパソコンでこなすという方法が主流になりつつあり、コストもそのほうが安かったりする。
パソコンで全部できればいいに決まっているのだが、試みる前に、面倒くさいという思いが強くのしかかってくる。
新しい環境の構築と使い方の習得……ああ、面倒だ面倒だ。
そもそも、音源(サンプラーやシンセサイザー)、自動演奏(シーケンサー)、ミキシング(デジタルミキサー)、録音(ハードディスクレコーダー)すべての機能がパソコン1台で実現してしまう環境というのは、本当に便利なのだろうか?
便利なようでいて、コンピュータに委ねれば委ねるほど、何か重要なものがどんどん失われていく気がしてならない。

しかし、それはもしかすると、キーボードを打てない老作家が「ワープロで書いた小説には心がこもらない」「手書きをしない作家は大成しない」などと馬鹿げたことを言っているのに近い醜態かもしれない。
新しい手段が目の前にある。スポンサーもなく、創作活動にお金がかけられない自分には、コンピュータという手段しかない。いつまでも逃げているのはみっともないぞ、と、自分を鼓舞してみる。

何度も悩み、MIDI関連製品売り場と自宅を往復すること数度。ようやく、ノートパソコンとMIDI楽器を結ぶインターフェースだけを買ってきた。シーケンスソフトは1か月限定のお試し版というのを見つけたので、それをダウンロードしてみた。
セットアップするまでに数日要した。毎日やろうやろうと思いながら、ああ、面倒くさいなあ、嫌だなあ、と逃避し、明日にしよう、と寝てしまう……の繰り返し。
ようやく起動してみたものの、画面の細かさを見ただけで目眩がしてきた。
ああ、面倒だなあ。こんな画面をマウスとキーボードでつつきながら音楽を作るのか? なんか間違っていないか? ……と、また同じ逃避行動で、基本操作も覚えないまま閉じてしまう。

次に開いたときは15日後。「お試し期間は残り15日です」という警告が出る。
ああ、ソフトにまで急かされているのか。情けないなあ。
試しに、Windowsに付属してくるflourish.midというデータを読み込んでみた。
するとびっくり。このWindowsのオマケデータは、きちんとトラック別にデータが打ち込まれているではないか。つまり、再生音源を細かく変更できる。ドラムのスネアだけ違う音にするとか、ベースをエレキベースからウッドベースに変更するということができる。

トラック別に再生してみてさらにびっくり。
なんとまあ、実によくできていることか。
ドラムのパートだけでも、とてつもなく凝っている。変拍子やブレイクの連続。
ソプラノサックスのパートもリアルだ。きっとブレス(息)の感じまでMIDIデータとして細かく打ち込んでいるのだろう。もしかしたらブレスコントローラ(息の強弱で信号を変化させる装置)で入力したのか?

別に名曲というわけでもない。これでもかというほどこけおどしが連続するデモンストレーション曲なのだが、これを打ち込んだ人の力は大したものだ。
音楽を知り尽くし、こうすればかっこいい音になるという経験を山のように積んでいる。
しかも、それをどうすればMIDIデータに変換できるかという技術も持っている。

楽器パート別にこのflourish.midを何度も聴いているうちに、感心を通り越し、どんどん虚しくなってしまった。
自分が勝負すべきなのは、やっぱりこういう方法ではないだろう。
すでに有名になっていて、アルバム1枚出せば1年暮らせるという境遇ではない。一流ミュージシャンを指名してレコーディングスタジオに呼び、手書きの譜面だけ渡して後は口頭で指示。何日も贅沢にスタジオを使って録音することができるなら、絶対にコンピュータなんて使わない。マスターする時間がもったいない。それを思うと、48になってMIDIで苦労しているなんて、恥ずかしくなる。
しかし、後ろ向きに考えていても仕方ない。現実に、そういう境遇にはないのだから、MIDIを使うしかない。使うならやはり、もはや専用機ではなくパソコンで……と、堂々巡り。

ところで、この凝りに凝ったMIDIデータ「flourish.mid」の作者は誰なのだろう?
GOOGLEで検索してみたが分からなかった。
以前にデジタルピアノ購入記のときも書いたが、こうしたデモ作品の作者は公表されないことが多いようだ。非常に哀しいし、腹立たしい。
それでますますMIDIが嫌いになる。
このデータをちょこちょこっといじって自作曲として発表するような不届き者もいるかもしれない。デジタルであるがゆえのストレス、ここにきわまれり。

ぶつぶつ言いながら、時間ばかり過ぎていく。お試し期間は残りわずか。さて、正式購入までに至るのか? 購入したとして、今年中に僕はこのシーケンスソフトを使って新しい音楽を録音しているだろうか?
年末にでも、(忘れていなければ)ご報告したい。





うさつぐら
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