たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年5月16日執筆  2003年5月19日掲載

ドメイン廃人への道

ついさっきまで、行きつけのカイロプラクティクスで揉んでもらっていた。「相変わらず全身パンパンですねえ」と呆れられながら。

ここの院長はコンピュータ好き。僕は彼の商売のためにドメインの取得とサーバーのレンタルをしていて、そうしたストレスのたまるIT関連の仕事でボロボロになった僕の身体を、ときどき彼が揉みほぐしている。要するにお互いに顧客同士の関係。
このカイロは小田急線柿生駅から徒歩数分の場所にあり、店名にもその駅名がついているのだが、駅名そのもののドメイン(kakio.com)が空いていると分かって急遽取得したのが2000年の6月。最近3度目の更新をしたところだったので、揉んでもらいながらドメインの話になった。
「あれって、よく取れましたよねえ」
「ありそうでない名前なんですかねえ。でも、今はkakio.netは取られてますよ」
「やっぱりねえ」
(後で調べてみたら、同名の.netを取得したのは同じご町内に住む人のようだ。)
「肩凝りドットコムとか腰痛インフォなんてのは、さすがに取られているんでしょうねえ」
「でしょうねえ。調べたことないけど」

なんて会話を交わしてながらマッサージが終わり、いつものように低周波パルス治療器にかかり、それも終わって帰ろうとしていたら、院長がつつつっと寄ってきて耳打ちした。
「今調べてみたら、空いているみたいなんですよ! 『肩凝りネット』が。即、お願いします!」
受付で治療費を払った後、ドメイン取得費用をもらった。似たような金額のお金が行ったりきたり。
へええ、katakori.net ねえ。そんなのが空いているもんなんだぁと感心しつつ、料金ももらってしまった手前、万一家に帰る前に取られてしまったらまずいと思い、電話をしてすぐにドメインを押さえさせた。

ドメインは完全な First come, first served. 原則で登録される。有名企業だから優遇されるということはない。そのために「うちの社名のドットコムドメインが、無名の個人に取得されているのはけしからん」というような訴訟が世界中で起きている。
巨大企業だと、取り損なった自社名のドメインを莫大な金額で買い取ることもあり、それを狙った「サイバースクワッティング」というドメインの先取り、転売商売も横行している。

狛犬研究会の会長・三遊亭円丈師匠や、狛研仲間の林家しん平師匠のWEBサイトも、うちでドメイン取得をし、サーバーも提供している。
円丈師匠のためにenjoo.com を取得したのは1999年のことだったが、そのときすでに enjo.com も enjo.net も取られていた。
ちなみに enjo.com というドメインはアメリカの企業が取得していた。手造りドアや窓の製作をしているところらしい。enjo.netは、確か当時はドイツの企業が持っていたと記憶しているのだが、今はオーストリアの企業が所有しているようだ。
enjo をGOOGLEで検索すると、これらの企業の他に「I started doing Enjo Kosai my second year of high school. On most of my dates, I had sex. That's the weirdest thing I've ever done―meeting someone for the first time and screwing him the same day. ~」なんぞというTIMEの記事がヒットしたりする。enjo という単語はいろんな意味でワールドワイドなのだなぁと感心。

円丈師匠は「どうしてもドットコムがほしい」とのことで、enjoo.comの取得となった。僕は「欧米人はエンジューって読むと思いますよ」と言ったのだが「いーや、えんじょ~~~ぉと伸ばす。O が1個多いのはむしろかっこいい!」と言い張り、enjoo.com になったのだった。

しん平師匠が shinpei.net を取得したのは翌2000年のことだ。
狛研の例会後の飲み会で、3人が並んで飲んでいたとき、まだパソコンさえ持っていなかったしん平師匠に、enjoo.com の話をしていた円丈師匠が「しん平さん、今はそういう時代なのよ。ドメインくらい持たなくちゃ」などと講釈したことから始まった。
調べてみると shinpei.com が空いている。
しん平師匠に話したところ「じゃあ、お願いします」ということになったのだが、なんと、このやりとりをしている間に shinpei.com は取られてしまった。
取ったのは仙台の飲み屋さんのようだった。屋号が「新平」とか「しんぺい」なのだろう。

タッチの差で取れなかったことを知らせると、しん平師匠は「じゃあ、すぐにshinpei.net をお願いします」ということになり、悔しいながら shinpei.net を取ることになったのだった。
ちなみに、shinpei.com はその後、当時の所有者が手放したようで、現在はレジストラロック状態になっている。手放した(更新せずに流した)時期が分かっていれば、そのときshinpei.com を取れたかもしれない。

こんな風に、ドメインというものは「世界にひとつしかない」「早い者勝ちである」という点で、人間の所有欲を猛烈にくすぐる。
特に自分の名前や屋号を表すドメインは、なにがなんでも所有しておきたいと思うのが自然だろう。
前にも書いたが、僕が最初のドメインtanupack.com を取得したのは1998年のことだった。ふらふらっと迷い込んだ(というよりも、よくあるPOP広告ページが突然開いて引きずり込まれた)アメリカのレンタルサーバー会社のサイトから取得したのだが、そのときはドメインについて、ほとんど何も知らない状態だった。当時はまだ.COM/.NET/.ORGドメインは、Network Solutions Inc.(当時。現在はVerisignと統合)一社の独占状態で、現在のように世界中に一次レジストラができて価格競争をすることも、自分がドメインをビジネスとして考えることも、まったく予想できなかった。

takuki.com というドメインは、tanupack.com より遅れること2年。2000年に取得した。「たくき」などという名前は他にはないから、いつでも取れるだろうとたかをくくっていたのだが、ちょうどその頃から日本でもようやくドメインの重要性に気づき始めた人が増えて、ドメイン取得ラッシュが始まっていた。
「たくき」という人名はなくても、企業名で takuki と読ませるものはありそうだ。
<拓殖企画>で略して「タクキ」とか<宅間機械工業>で「タクキ」とか。
ちょうど shinpei.com を取り損ねたときでもあり、いかんいかん、肝心のドメインを押さえていないではないかと気づいて、慌てて取得したものだ。

その後、念のため takuki.net も押さえ、同居していたタヌキの名前(たぬ)のドメイン(tanu.net)も取った。
しかし「よしみつ」までは取らなかった。yoshimitsu はスペルが長いし、いつでも取れるような気がしていたのだが、日本でドメイン取得ラッシュが始まった途端、すぐに取られてしまった。まぁ、持っていても使わないけど。

慣れというのは怖ろしいもので、今は鰻丼を注文するような感覚で、思いつけばすぐに、これも、あれもと取っている。
小説『鬼族』の中には「縄文村」という架空のWEBサイトが登場するのだが、その部分を執筆中に、試しに「jomon」を検索したら jomon.org が空いていたので、すぐに取ってしまった。取っただけではつまらないので、小説の中の設定に沿って、実際「縄文村」というサイトまで作ってしまった。
最後はただの語呂合わせ「よいサイト」で 41.st なんてドメインまで取る始末。
この状態になった人間を、業界では(どんな業界なんだ?)「ドメイン廃人」と呼んでいる。
現在、仕事用も含めると、所有しているドメインは40個くらいになる。これでもずいぶん欲望を抑えた結果なのだ。nihon というドメインなどは、空いているのを知ったときはよほど取ってしまおうかと思ったのだが、ぐっとこらえてやめたし……。

日本はIT後進国なので、比較的最近まで、多くの「日本語名」ドメイン(Shift-JISなどの2バイト文字のドメインという意味ではなく、ローマ字で「日本語」を表したドメインという意味)が空いていた。日本特有の数字語呂合わせなど(4126=「よい風呂」のような)も空いていた。
数字の語呂合わせといえば、例えば「いい国作ろう鎌倉幕府」みたいな年号暗記の語呂合わせにも、ドメインに使えそうなものがありそうだ。そう思いついて1192を調べてみたら、なんと海外のドメイン販売企業が取得済みだった。日本以外で「1192」という数字が特別な意味を持つのだろうか? もしかして、日本人スタッフが「1192は日本語では good country の意味になりますから押さえましょう」なんてアドバイスしたのかしら……と一瞬想像したのだが、甘かった。1192に限らず、4桁数字のドットコムドメインは、ほぼすべて取られているようだ。
考えてみれば、4桁の数字というのはたった1万個「しか」ない。全部買い占めてもたかだか数百万円。あとから転売しようとする企業が、数字ドメインを競って買いまくったとしても不思議ではない。

しかし、そこまでいくと、個人的所有欲云々を超えていて、なんだかいや~な感じになってしまう。
ドメインなんて、もともと形のないものだ。それが、突然、石油や天然ガスのような資源と同じ価値を持つようになる。そこに存在しているからではなく、人間が決めた「ルール」によって突然生じる国家資源。

ツバル島のドメイン.TV は、販売権を買い取った企業が次々に変わったことで有名になった。ツバル国が自国に割り当てられた.TV というドメインの販売権を競売に出したのが1998年。最初にこの販売権を買い取ったのはカナダの The TV Corp.という会社だったが、ツバル国政府に権利料の5000万ドルを支払わなかったため、契約を破棄された。
2000年4月に、今度はカリフォルニアのベンチャー企業 dotTV社が、同じく5000万ドル(10年間契約)で買い取った。ツバルはこれといった特産品もない小国だが、この売却益で国連の年会費を払えるようになり、189番目の国連加盟国になった。「ドメインという新しい資源で国が豊かになり、国連にも加盟できた」ということで、当時はかなり話題になった。

dotTV社は、特定のドメイン名を相当高額で売り出した。.TVドメインは、世界のテレビ局にとっては絶対にほしいドメインだと踏んだのだろう。確か当初は、JAPAN.TV というドメイン名もプレミアムドメインとして高額をつけられていたと思ったが、それをやるならむしろ NIHON.TV や FUJI.TV だろうに。その一方で、日本のテレビ局の正式コールサイン名(JO○○-TVなど)は見逃していたようで、ちゃっかり個人が取得していたりする。
プレミアムドメイン名として高額で売りつけるにしても、事前調査不足だなあと思いながら見ていたものだ。
(ちなみに、FUJI.TV や NIHON.TV はまだ空いている。日本のテレビ局は、.TVドメインにさほど魅力を感じなかったようだ。)
そのdotTV社を、今度は2002年に大企業のVeriSignが4500万ドルで買収し、現在に至っている。

現在、取得可能なプレミアムTVドメインとしては、INTERNET.TVが2万5000ドル。REAL.TVは25万ドル。NEWS.TVは、実に100万ドル。100万ドル……うううぅ。

な~んかねぇ。「権利ビジネス」というのはどうしても好きになれない。(好きになる必要なんかないか。)
でも、自分が世の中で戦っていくために必要な道具は持たないわけにはいかない。
インターネットを荒野に喩えれば、コンピュータは馬。ドメインはさしずめ鞍か馬蹄みたいなものだろうか。

一個人も、巨大企業も同じ道具で戦っているのがインターネットという荒野なのだなあ、と、改めて思うのであった。



空也の滝と狛犬
■滝と狛犬

京都府右京区・愛宕山登山道途中にある「空也の滝」にて
(c) Takuki.Y / komainu.net


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