たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年5月30日執筆  2003年6月3日掲載

SARSより怖いもの

台湾の医師が観光旅行で日本を訪れた最中にSARSが発症したというニュースは、結局、日本国内での感染者はゼロということで収束した。
この医師が参加した観光ツアーのルートが事細かに明らかにされたため、宿泊施設などを中心に、大変な風評被害が出た。ホテルや旅館は臨時休業に追い込まれ、ルートに含まれていた観光地でも売り上げ減や予定されていたツアーのキャンセルなどが相次いだという。

この報道の間中、ずっと違和感や疑問を感じていた。
ひとつは「数」と「報道価値」という問題だ。
今回、SARS感染者とされた医師は一人だったため、行動の特定が可能だった。もしこれがバラバラの日時、場所で、10人くらい次々に出現したらどうだったか。恐らく、その10人の行動記録をすべて報道するなどということはできなかっただろう。
ましてや20人、50人、あるいは100人を超えたら、まず無理だ。
つまり、今回のSARS感染医師の行動追跡報道は、対象がたった一人に絞られ、しかも現在は国外に去っている外国人だったから可能だったのだ。

もうひとつ数の話をしてみよう。
SARSに感染して死んだ人の数は、2003年5月末現在で三桁である。これは世界中での数字。日本では現在のところ、死者はもちろん、感染者もゼロである。
ちなみに、インフルエンザによる死者の数は、多い年で四桁になる。国立感染症研究所感染症情報センター「インフルエンザQ&A」というページがあるが、平成7年と11年には、インフルエンザが原因で死亡したと届けられた人の数が1200人を超えている。これは世界ではなく、日本国内の数字。
インフルエンザの流行はもちろんニュースになるが、今回のSARS報道のような切迫感はともなっていないように思える。

SARSの死者ゼロ。インフルエンザの死者は毎年数百から千数百。さて、次は万の単位の死者の話。
日本では、年間約3万人が肝癌で死亡している。
肝癌患者の7~8割はHCV感染が原因とされる。そのHCV感染者は、100万から200万人と言われている。十万を飛び越して一気に百万(七桁)の単位だ。
これももちろん日本国内での数字。川崎市とか横浜市、つまり政令指定都市の全人口分くらいの日本人が、HCVにすでに感染しているのである。

SARSの発生原因はまだ分かっていないが、HIVやHCVの感染源は、日本の場合、多くは薬害(血液製剤)、つまり人災である。
SARSに感染した台湾人医師は、まるで悪魔のように言われたが、HIVやHCV感染者を大量に作りだした責任者である製薬会社や厚生省への追及は、あまりにも甘いのではないか。
「一人殺せば殺人者だが、大勢殺せば英雄だ」という有名な言葉を思い浮かべてしまう。
戦争ではないから英雄にはならないが、「大勢殺せば免責だ」に近い。実際、薬害HIV、HCVの原因を作った人間たちは、今なお知らん顔で裕福な暮らしを享受しているのだから。

数と報道価値という話はここまで。
次に、報道の中身について考えてみたい。
台湾人医師がどこで何を食べたかまで報道する一方で、そもそもSARSという病気の特徴を正確に知らせる内容が乏しかった。
国立感染研のサイトには、現段階でのSARSに対する最新情報やQ&Aが掲載されているが、そこにはこうある。


Q:SARSはどのようにして感染しますか?

 SARSウイルスは、SARSにかかっている人から周囲の人へ感染すると考えられ、動物を介して感染することを示す証拠はありません。これまでの疫学的検討から、最も感染の危険性が高いと考えられることは、SARS患者の看護・介護をしたか、それと同居をしたか、またはその体液や気道分泌物に直接触れたなど「SARS患者との濃厚な(密接な)接触があったこと」です。
 感染経路としては、患者さんに咳や肺炎などの呼吸器症状があることから、気道分泌物の飛沫感染が、最も重要と考えられますが、種々のSARSの集団発生事例を疫学的に検討すると、それ以外の感染経路もありうると考えられます。飛沫による感染が主たる経路と考えられるものの、手指や物を介した接触感染、糞便からの糞口感染、空気感染の可能性なども、完全に否定することはできません。



つまり、今のところは「飛沫感染」が最も可能性が高い感染経路であり、「SARS患者との濃厚な(密接な)接触」で感染するとされている。
ホテルの中で患者と同じ部屋に泊まったり、車中で隣同士の席になったりすれば感染する可能性が出てくるが、患者が訪れた(通過した)観光地を次の日に訪れて空気感染するというようなことはまず考えられない。
患者が利用したラーメン屋で、翌日、たまたま患者が使ったのと同じ丼でラーメンを食べたとしても、感染することもないだろう。(丼を洗わないというとんでもない店でない限り)

ワイドショー化が激しい日本のテレビニュースでは、恐怖心をあおり立てるような報道が目立ち、「心配する必要がない事例」の説明はほとんどなかった。
結果として、小豆島(感染者の観光ルートに入っていた)で買ったお土産を渡したら「ふざけるな!」と言われ突っ返されたとか、SARS感染が怖くて、関西出張の間中マスクを一瞬も外さなかった(おかげで息苦しくなり、気分が悪くなって倒れた)、などという話が続出する。
情報社会と言われる現代でも、中世の魔女狩り的な恐怖は常に隣り合わせなのだと思わされる。
SARSそのものより、無知や思い込みによる「SARSパニック」のほうがはるかに怖い。

ここにきて、中国広東省の市場で食肉用として売られていたハクビシンやタヌキから、SARSウイルスに極めて近いウイルスが発見されたという報告が出てきた。これを聞いた人が、タヌキの殺戮に走ったりしないかと心配だ。
現時点では、たまたま検査した動物から、SARSコロナウイルスに似たいくつかのコロナウイルスが発見されたというだけのことで、ハクビシンやタヌキが「感染源」だなどとはまったく断定できていない(反対に人間から動物に感染した可能性もありえるという)。これから先、同じようなコロナウイルスがいろいろな動物から次々に発見されるかもしれない。要するに、まだなんにも分かっていないのだ。
それなのに、テレビではもう「日本にもいるハクビシン」とか「これがハクビシンだ」などと騒いでいる。
普段なら「我が家に夜ごと訪れる可愛い珍客」なんてタイトルで、ほほえましい投稿ビデオコーナーに登場するハクビシンが、一夜にしてたちまち悪魔の使いのような扱いなのだ。
ハクビシンやタヌキが感染源なら、太古の昔から人類はとっくにSARS被害にあっているはずじゃないのか。

HIVは人為的に作られたウイルスが研究施設外に流出した、という説は未だに根強い。
SARSにしても、そうした可能性は当然あるだろうが、もしそうだとしても、真相が究明されるとは思えない。
結局のところ、確実なことはよく分からない。情報はあっても、情報の真偽を確かめるのは難しい。
大切なことは、パニックによる二次被害を防ぐことであり、そのために不可欠なのは、正確な情報を嗅ぎ分け、冷静に分析していく姿勢だ。
インターネットはデマや悪意に満ちていると言われるが、いざというときはテレビのワイドショー的演出に満ちた情報より、ずっと頼りになるかもしれない。


柳原神社の狛犬
■なさけな~い顔と格好の狛犬

柳原神社(山梨県韮崎市中田町小田川)
建立時期:江戸時代文化年間(推定)

(c) Takuki Y./ KOMAINU.NET


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