たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年8月2日執筆  2003年8月4日掲載

日本がIT大国になれない理由(わけ)

先週の「カードマネーストレス」に対して、アメリカ在住のHさんという会社員のかたから、次のようなメールをいただいた。

日本ではデビットカードというとまず支払いに使うものだという認識ですが、アメリカではこれは現金の受け取りにも使えます。たとえばスーパーで食料品を購入して2000円支払うとしましょう。もし銀行に必要な残高があれば、この代金を支払ったうえにスーパーのレジから3000円の現金をもらうことが可能です。この場合ですと銀行では私の口座からスーパーの口座に5000円が移動し、私はATMに行かずに3000円を自分の口座から引き出したことになります。スーパーにとっても売上として銀行に持ってゆく現金が少なくてすむので、防犯上有利です。銀行にとってはATMの手数料収入が減るのでやりたくないサービスですが、もともとアメリカのATMは自社の機械なら24時間手数料なしで使えるのが普通なので問題ありません。


なるほどぉ。これは知らなかった。なにせ、僕は未だに日本国外に出た経験が1度しかない。それも1週間の団体旅行(のようなお仕事)だった。
アメリカでは、起業するのも日本よりははるかに簡単で、州によっては数万円程度の出費で株式会社が登記できるという話も聞いたことがある。これでは競争にならない。

日本ではなかなかITビジネスが育たない。ITを正しく理解していない人が多すぎるのがいちばんの原因だろうが、「規制緩和」が進んでいないのも一因だろう。
例えば、個人がWEBを使って商売を立ち上げたいとする。
まず、商号のみでの銀行口座開設が難しい。個人商店は、必ず口座名の最後に個人名をつけなければならない。「山田青果店」という口座は開設ができない。「山田青果店山田太郎」とする必要があるという。
ところが困ったことに、日本人の多くは、「有限会社より株式会社のほうが信頼できる」などという変な先入観を持っていて、個人名口座への入金に尻込みする。今は、巨大企業でも簡単に倒産する時代なのに。

また、ITビジネスではWEBバンキング(オンラインでのリアルタイム入出金確認や決済)が必須だが、これは逆に個人名の口座にしか開放しないというような規制があった。
今は変わっているかもしれないが、僕がWEBを使った商売を立ち上げようとした数年前はそうで、あらゆる銀行、信用金庫に問い合わせたが、横並びで同じ返事だった。
「インターネットバンキングは、個人のお客様向けなんですよ」
「個人商店ならいいんですか?」
「いいえ、『営業性個人』のお客様はご利用いただけません」
……なんのための銀行なのか。
当時は、法人名の口座は個人名の口座よりずっとIT導入が遅れていて、ANSERなどという前時代のシステムがまだ使われていたり、別途、高額な契約が必要だったりした。
そういえば、銀行のオンラインシステムでは、未だに2バイト文字(要するに日本語)さえ使えず、いわゆる「半角仮名」の世界だ。
銀行としての基盤整備をおろそかにして、土地の買い占めや乱開発企業への無茶な融資を繰り返した挙げ句、破綻し、多額の税金で穴埋めしてもらう。これで「金融のプロ」と言えるのか。

銀行はお役所と同じだ、という声を、昔からよく耳にする。「お役所と同じ」というのは、日本の場合、当然けなしていることになってしまうのだから悲しい。
政治とビジネスの癒着が、この国の活力を上げてきた時代もあったのかもしれないが、これからは違う。
商売をしたければお上のお許しを得なさい。そのためには上納金を奉納し、商売する権利をもらいなさい。資格も必要ですよ。お上が管轄する○○検定試験を受けて、○○の資格を取りなさい。そのためにはその書類とその書類に必要事項を記入して、実印を押して、印鑑証明書と一緒に提出して、あ、そこに○○円の印紙を貼るのを忘れないように。
……こういう行政をやめよう。こういうお代官様システムは廃止して、人々が自由な発想と工夫で商売できるようにしよう、というのが首相が提唱する「規制緩和」「自由化」ではないのか?

現実には、日本のIT行政では、まったく正反対のことが行われている。
例えば、JPドメインは、取得するのに世界で最も高額なドメインだろう。
当初、(社)日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)は「JPドメインを取るためには○○を用意して、2万円払いなさい。そうすればドメインを使わせてあげましょう」……という、お役所的スタンスでJPドメインの管理をやっていた。車庫証明を発行するような感覚でドメインというものをとらえていたのだと思う。
IT世界に奉仕するのではなく、「とらせてやる」「管理する」という姿勢。

JPNICが、「プロバイダーはor.jpではなくne.jpというドメインを使いなさい」という指導をしたとき、多くのプロバイダーでドメイン名が変わってしまい、大変な混乱が起きた。プロバイダーが利用者に発行したメールアドレスやURLがすべて変わってしまったからだ。
今まで「xxx@xxx.or.jp」というメールアドレスで届いていたメールが、突然、user unknownで戻ってきてしまう。その人のメールアドレスが「xxx@xxx.ne.jp」に変わってしまったからだ。こうした混乱を招くことが明らかなのに、「プロバイダーはorganizationではなくnetworkに分類されるべきだ」などという変なお体裁、管理意識を剥き出しにして「指導」した。(このとき、ne.jpへの変更勧告を拒否したプロバイダーも存在する。それだけで、そのプロバイダーを信頼できる企業だと感じたものだ。)

ところが、ドメインが儲かるビジネスだと気づいてからは、一転して、「.jp だけのドメインを登録できるようにします」「日本語(2バイト文字)のドメイン名も登録できます」などと、行け行け商法に変わった。「法人でも個人でも.jpドメインは取れますよ。逃したくなければすぐ予約登録をしなさい」と煽った。あの、プロバイダーに対しての「ne.jpへ変更せよ」という指導はなんだったのか?
ドメインの管理そのものも、株式会社日本レジストリサービス(JPRS)という株式会社にすべて委託してしまった。そのJPRSには、「JPドメインを扱う指定業者になるには、必要書類を持って直接来社されたし。その後、許可されたら○○万円を振り込め」という、まさにお代官様的運営を許している。
「ドメイン利権」が一私企業にこのような形で独占的に渡ったいきさつをぜひ知りたい。

こんなことが行われている間にも、世界ではどんどんIT自由化が進み、PAYPALやGOOGLEのような企業が出てきているのだ。
世界最大のIT企業となったMicrosoft社にしても、商売っ気旺盛な学生が、学者や企業を相手にうまく立ち回りながら始めたものだ。
管理する、認可する、禁止する、という発想から、自由にさせる、競争させる、育てる、という発想に切り替えなければ、日本のビジネスはどんどん先細りになる。規制すべき相手は、他にいくらでも存在する。環境破壊を繰り返す企業、危険物質を生産している企業……「規制」や「取り締まり」が得意な人たちは、そちら方面にどんどん投入していただきたい。

ITに関しては、比較すると、結局海外のほうが開けていて、利用価値が高い。
ITを熟知した人たちほど、「競争を勝ち抜くには日本でやっていては駄目だ」と痛感する。
今のままでは、斬新で有望なアイデアや優れた技術も、どんどん海外流出してしまうのではないだろうか。

fishing
挿画:fishing
(c) tanuki (https://tanuki.tanu.net)



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