たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年10月24日執筆  2003年10月28日掲載

チェロをやってみたかった

先日、CD『狸と五線譜』の注文メールを受けてから気づいた。
ない!
そんなはずは……と、家中探し回ったが、ない!
どうも在庫切れになってしまったらしいのだ。
変だなあ。最初に500枚プレスして、その後、500枚増プレスを2回しているはずだから、1500枚作ったことになる。細々と自宅通販していて1500枚売り切ったなんてことがありえるだろうか? 漠然とまだ数箱くらいあると思っていただけに、しばらくは信じられなかった。
『狸と五線譜』は1994年7月に発表したものだから、かれこれ10年経つ。10年かけて1500枚か。継続は力なり。

さて、どうしたものか。また500枚増プレスするにしても、もうスタンパー(CDをプレスする雛形)はプレス工場に残っていないから(3年くらいで破棄してしまうらしい)、またマスタリングのやり直しとなる。それなら、差し替えたい曲がある。
1曲目の『ウグイスの主張』という曲。
身延山山頂で生録音したウグイスの鳴き声(警戒信号)にシンセサイザーがかぶってきて次第にユニゾンするという出だし。その後、チェロがテーマメロディーを奏でるのだが、これがサンプリング音源なので安っぽい。これだけは、アマチュアでもいいから本物のチェリストを呼んできて録り直したいと、以前から思っていた。

しかし、10年前とは録音の仕方も違っているし、データも残っていない。これ1曲を録り直すだけでもとても大変。生のウグイスの鳴き声と同期させるなんて、あの頃はずいぶん気合いの入った遊びをしていたものだ。波の音だって、真夜中に真鶴海岸に出かけて、海に向かってマイクを2本立てたもんね。今はとてもそんな気力がない。

チェロは好きな楽器で、自分で弾けたらいいなあと思う。でも、触ったこともない。

多くの人は、人生の中で楽器をマスターしようと何度か挑戦し、諦めた経験を持っているだろう。僕もたくさんある。
最初に与えられた楽器は足踏み式オルガンで、2歳10か月のときだった。家にピアノを買う経済的ゆとりなどなかったので、お袋がどこからか中古の足踏み式オルガンを入手してきて、それで「ピアノ」を学ばせようとしたらしいのだが、そりゃ無茶だって。
電気オルガンならまだしも、3歳になっていない子供がフイゴの足踏みペダルを踏みながら弾けるはずがない。嫌で嫌で、蓋にしがみついて抵抗したらしい。
足踏み式オルガン、1年で挫折(当然!)。

次はバイオリンだった。これは4歳くらいから小学校に上がる前まで、鈴木メソードという教室に通った(通わされた?)。そこでは、色音符による「移動ド教育」をしていた。
当時の教材(譜面)をずっと後になってから見たら、ヘ長調の曲はFのところが赤く塗られていた。つまりヘ長調の曲ではFを「ド」と読ませていたわけだ。
僕の音感は多分このときに叩き込まれたもので、今でも固定ド唱法にはなじめない。
ジャズやボサノバに目覚めるのが遅かったのも、徹底した移動ド教育の影響があったのかもしれない。
バイオリンは、小学校に進むと同時に引っ越し(福島市→東京都大田区)し、自然消滅。

初めてギターを手にしたのは中学2年のとき。渋谷の東横デパートで、3500円のガットギターを買ってもらった。
でも、正式には習わず、学校のクラブで先輩からフォークギター奏法を教わったり、独学ででたらめを弾いていた。

高校1年くらいのときだったか、8歳下の妹がピアノを買ってもらった。
「俺だって本物のピアノがあったら、ちゃんと習いたかった」とお袋に言ったら、「じゃあ、今からでも習えば?」と言われてしまって、近所の音大生のもとに通い始めた。しかし、バイエルをやらされるだけのレッスンがつまらなくて、1年もせずに挫折。

しかし、C分のDなんていう分数コードを使うようになり、ああ、やっぱり鍵盤楽器を弾けなくちゃ作曲の世界も広がらないと思い始める。
やらなくちゃ、でもめんどくさい……の繰り返し。
大学生のとき、千葉の丸井でコロムビアのエレピアン1号機が店頭処分されているという情報を聞いて、月賦で購入。筐体がベニヤ板。中には薄い鉄片が並んでいて、それをハンマーで叩く方式。確か20万円くらいした。
バイトで苦労して稼いだ金を注ぎ込んだ以上、今度こそやらないわけにはいかない。妹が親に買ってもらった安物のピアノよりは意欲が湧いて、自己流でコードのブロック奏法などを練習。
そうそう、新宿駅前のマック弾き語り教室(今でもあるのかな)とかいうのにも3、4回だけ通った。ここはEm7の押さえ方を覚えただけ。

その後、ナベサダはかっこいいなあ、なんて憧れて、御茶ノ水の楽器店で中古のアルトサックスを購入。ヤナギサワのやつで、7万円か8万円くらいだった。これは1週間で挫折して雑誌の「売ります」コーナーに出した。
ラッパ類は根性がいる。練習場所がないしなあ(言い訳言い訳)。

25歳のとき、ビクターからプロデビューしたとき、弾いていたのはフォークギター。でも、コード弾き(ストロークとアルペジオ)しかできなかった。スタジオミュージシャンの物凄いテクニックを目の当たりにして、ますます「楽器は自分で弾かなくてもいいや」と思うようになってしまった。

一旦諦めたサックスへの夢断ちがたく、CASIOがデジタルホーンという安いウィンドシンセサイザーを出したときはすぐに買ってしまった。結構気に入っていたのだが(そうそう、『狸と五線譜』の中でも使っている)、しばらく吹かなくなったら電池が液漏れして回路ごとオシャカに。もう製造していないから、修理するわけにもいかないし、今ならYAMAHAのまともなウィンドシンセサイザーを買うだろうが、その気力が今ひとつ出てこない。
(でも、10万円も出してMIDI音楽制作ソフトを買うくらいなら、ウィンドシンセサイザーを買ったほうがよかったと後悔している。)

ギターをもう一度ちゃんとやり直そうと思ったのは37歳のとき。貴花田(当時)が、ワイドショーのレポーター陣を前に、まわし一丁の裸で「宮沢りえさんと結婚させていただきます!」と宣言した日のことだった。
ああ、若いっていいなあ。俺も何かしなくちゃと思って、近所の音楽教室の門をくぐった。
そこで僕の先生になったのが、後にKAMUNAの相棒となる吉原センセである。

今度はちゃんと先生につき、ドレミファから練習した。今度は自分で予想していた以上にはものになったと思う。

さて、チェロである。あと10歳若ければ、YAMAHAのサイレントチェロなんか買って、自己流で弾いてみようと思ったかもしれない。
自分の適性はギターよりチェロのような持続音に強い単音楽器だと思う。
バイオリンを続けていたら、10代にチェロに転向していたような気もする。そうしたら、違う人生があったのかも……な~んて、甘いことは考えても意味なしホウイチ。

KAMUNAにチェロが加わったら、と思ったりもする。
Jacques Morelenbaumというチェリストがいる。かみさん(ジョビンのコーラス隊にいたヴォーカリスト)と組んで演奏することが多いようだ。坂本龍一と一緒にやったジョビンへのトリビュートライブでは、チェロをベースのように指ではじいて弾いたりしていた。あんな感じのチェリストが加わったら、KAMUNAの音もぐんと広がるんだろうけれど、まあ、これは夢ですね。

チェロ……どうしたもんかなあ。『狸と五線譜』の1曲目にはたして本物のチェロはつくのでしょうか? あんまり在庫切れ状態を長くしておきたくないし、まあ、これは来年の課題ですね。


愛用のギター
愛用のギター
(音が出ないので、最近はもっぱらこれで練習)


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