たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2003年11月28日執筆  2003年11月29日掲載

ボケを求めて3千里

デジカメしか使わなくなってずいぶん経つ。
写真の醍醐味を楽しむためには、銀塩の一眼レフカメラだと思うが、写り具合以外のほとんどすべての点で、デジカメは圧倒的な利点を持っている。
フィルムがいらない。現像しなくていい。データ処理が楽。データ保存の場所がいらない。
発表の主な場所がWEB上になってしまった今では、銀塩カメラを使うのは苦役でしかない。

しかし、どうしても写り具合は35mm一眼レフカメラに負けてしまう。
よく言われる精細さの問題ではない。画素数なんて200万もあれば十分で、現在のデジカメ性能になんら文句はない。よくあるWEB上のカメラ批評ページ的に細かないちゃもんをつけるつもりはまったくない。
最後まで諦めきれないのは「ボケ」なのである。

デジカメで撮影した写真は、35mm一眼レフで撮影した銀塩写真に比べると被写界深度が深い。
レンズの明るさ(開放F値)も問題だが、それ以上に決定的なのは、画像を記録する部分(CCDやCMOS)の面積が小さいために、焦点距離の長いレンズを使えないことだ。
画像を記録する部分を撮像素子というが、その面積が問題なのだ。よくカタログデータ競争で使われる「画素数」ではない。面積。
35mmフィルムの1コマの記録画面サイズは24×36mm。対角線の長さは43.3mm。これよりちょっと長い50mmという焦点距離のレンズが、35mmカメラの世界では「標準レンズ」と言われている。
しかし、この50mmというレンズはあくまでも35mmフィルム用に作られたものであり、像を結ぶ面積が小さいカメラにそのまま使うわけにはいかない。例えば1/2インチCCD(対角長8mm)用に35mmフィルム用の50mmレンズを同等の画角で像を結ばせようとすれば、そのレンズの焦点距離は大体1/6ほどになってしまう。50mmの1/6ということはたかだか8mmとか9mm程度であって、そんな短い焦点距離のレンズでは背景がボケるなどということは物理的に(光学的に)ありえない。そのため、デジカメでは、望遠側で撮っても、絞りを全開にしても、背景がボケてくれない。
びろ~んとした広角の風景写真などではあまり関係ないが、人物写真や被写体を絞った写真などでは「ボケない」ことは致命的。
デジカメで撮った写真が一般に「素人臭く」見えてしまうのは、背景が「ボケない」ことに大きな原因があると言ってもいいくらいだ。

銀塩カメラでも、コンパクトカメラは背景がボケにくい。レンズが暗く、広角寄りであることが多いからだ。ボケを求めるためにはやはり明るい望遠系レンズが必要になるわけで、そういうレンズを使えるカメラは本格的一眼レフしかないということになる。
僕が最初に買った一眼レフカメラはニコンのFG-20という機種で、怪しげな社外品ズームレンズ付きで3万円くらいだった。ボディがニコンなので、以後、しこしこ集めたレンズ群も当然ニコンマウントのものとなった。
いちばん気に入っているのは、F1.8、f=85mmというニコン純正(ニッコール)の中望遠レンズ。中古を探しても見つからず、やむなく3万円くらい出して新品を買った。ボケを求めて3万円。
これで狛犬を撮ると、背景がうまくボケてくれて味が出る。F値が1.8とかなり明るいので、神社の暗い境内でも威力を発揮する。

デジカメも、初期の頃は芸術作品を撮るなどという用途はあまり考えられず、メモ代わりに銀塩一眼レフと併用するという使い方だった。
銀塩カメラを使わなくなったのは、オリンパスのC-2000Zというデジカメを購入してからだ。レンズがF2.0と明るいことが購入の決め手だったが、期待以上によくできたカメラだった。画質もよく、WEBで使うなら問題ない。大きく引き延ばさなければ、印刷用にだって十分使える。
でも、背景はボケない。

しばらくして、少しでもボケるようにと、CCDが1回り大きく、ズームの望遠側も結構伸びているSONYのF707というデジカメを大枚12万円出して購入。ボケを求めて12万。
これも期待以上に使いやすく、性能も満足できるカメラだったが、やっぱり背景はボケない。
F値を開放にして、望遠側で撮っても、相当狛犬に近づかないと背景がボケない。台座まで入れた写真だと、背景にもしっかりピントが合ってしまう。「35mmフィルム換算で200mm相当」というのだが、実際の焦点距離は48mmしかないわけで、35mmフィルムカメラの感覚で言えば、48mmのほぼ標準レンズでF2.4で撮っているのと同じボケ具合しか得られない。
ああ、後のあの看板が邪魔。ゴミ箱が邪魔。自動販売機が邪魔。電柱が邪魔。

そういうくやしさを味わうたびに、ニコンのF1.8、85mmレンズのボケ具合を思い出す。
デジカメを使うようになってからはお役ご免になり、もう何年もの間、バッグの中にしまわれたままになっている。ボケを求めて3万円。清水の舞台からバンジージャンプするつもりで、えいやっと買ったときの決意も、今はセピア色の過去に。

このレンズをデジカメでも使いたいなあ。しかし、ニコンマウントの一眼レフデジカメは高いしなあ……。
ボケを求めて20万……それは無理だわ。
しかも、一眼レフデジカメに、このF1.8、85mmのレンズをつけると、35mmフィルムのときと同じように使えるかと言えば、そう簡単ではない。
すでに書いたように、デジカメのCCDは35mmフィルムよりずっと小さいから、画像の周辺が大きく切り取られてしまうのだ。結果としては、望遠コンバージョンレンズをつけたようなことになる。使いづらいことこの上ない。
今まで、一眼レフデジカメを買わなかったのは、値段だけが理由ではない(もちろん、値段がいちばんの理由だけど)。

そうこうするうちに、オリンパスが、Four Thirdsシステムという、デジカメ一眼レフの新基準を提唱し、4/3インチCCDを持つ一眼レフデジカメを発売した。4/3インチといっても、35mmフィルムの受像部分よりはかなり小さい。
(ちなみに、CCDサイズを表すインチ数は、受光部分面積の対角線の長さではない。例えば、2/3インチCCDの対角長は11.0 mm=8.8×6.6mm しかない。4/3インチCCDの撮像素子サイズは対角長22.5mm=18×13.5mmで、ようやく35mmフィルムの半分ほどだ。)
肝心のレンズは?
50mm F2というレンズがある。これなら結構ボケてくれそうだが、このレンズのお値段だけで85,050円(税込)。
本体を入れれば軽く今度は、ボケを求めて……30万……うっ。
だみだ、だみだ、なみだ、涙……。

ボケを求める旅は、3千里よりはるかに遠い道のりなのであった。
背景が邪魔だ
■背景が邪魔なんだよなぁ…… (今持っている2/3インチCCDのデジカメでは、最大望遠時でF2.4の48mm。このボケが精一杯)
柳原神社(山梨県韮崎市中田町小田川)の狛犬。江戸時代文化年間建立(推定)


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