カムナの調合・立ち読み版

カムナの調合・立ち読み版


◆ 書 名:カムナの調合

   種 別:小説単行本(A5版ハードカバー・二段組)344ページ
   著 者:たくき よしみつ
   版 元:読売新聞社、1996.3
   価 格:1,600円(税込み)
   ISBN :4-643-96035-3 C0093



◆帯の文

(表):人が突如凶暴化する怪現象 / エボラを越える恐怖のウイルス日本侵略か?
(新時代の伝奇ミステリー小説)

(裏):佐渡を起点に広がる突発性発狂現象。作家・矢神陣市は、女性カメラマン・一子と
ともに事件を追う。薬物中毒か、それとも未知の奇病か? 越後のうらぶれたホテルで
働く謎の美少女・涼香との出会いが、事件の真相に迫る思わぬ扉を開く。731部隊の
影を引きずる霊能者の老女と「天狗族」たちが導く、闇の世界への旅路。

◆900枚に及ぶ長編です。以下、冒頭のほんのサワリをご紹介します。


 カムナの調合


               たくき よしみつ


 海は凪いでいた。
 日本海がこんなに静かな表情を見せることは珍しい。
 太陽は真上から、容赦なく照りつけている。
 粗末な屋根が半分あるだけの木製のボートは、水たまりに浮かぶ昆虫の死骸のように、
緩やかな波にひたすら身を任せていた。
 屋根の下では、中年の男女が死んだように横たわっていた。
 積んでいる食料と水はすでに残りわずか。このままではボートの上で日干しになるし
かなかった。
 突然、男が、仕掛けた罠が弾けるように身を起こした。
「どうしたの?」
 女がかすれた声で訊いた。
「船だ。かなり大きい」
 男はそう答えながら周囲を見渡した。
 そう遠くない距離を、大型の貨物船が悠然と航行していく姿が目に入った。
「日本へ向かう船?」
「そうだろう」
「見つかるかしら」
「ここで見つかるわけにはいかないさ。絶対に……」
 男はそう呟くと、祈るような表情で屋根から頭を半分だけ出し、貨物船の動きを見守
った。
 ボートは全体が青緑色に塗られている。海上ではいわば保護色だ。
 男は、誰にも見つからずに日本に上陸するという小さな可能性に賭けていた。ここで
あの貨物船に「救助」されれば、確実に命は助かる。しかし、それは彼の望むところで
はなかった。
「こんなに風のない晴天が続くとは、計算外だったな。それにこの暑さ……。俺たちよ
り先に仙嚇[センカク]が死んでしまってはなんにもならない」
 男はそう呟くと、祈るような面もちで、再び屋根の下に身を隠した。
「それならそれで、私は運命なんだと思えるわ」
 女がかすれた声で言った。
「馬鹿言え。仙嚇を……ようやく秘密を解き明かした仙嚇をこのまま死なせるわけには
いかない。あいつらに、自分たちがしたことを思い知らせてやるまでは、俺は……」
「言わないで。お願いだからもうこれ以上怖いことは……」
「分かっている」
 男はもう何度も繰り返してきた言い争いを回避するために口を閉ざし、ぷいと横を向
いた。
 暫くその横顔を見守っていた女は、まだ見えぬ海の彼方の日本の方角に視線を移し、
男には聞こえない小さな声で呟いた。
「大丈夫。私はまだ死なない。あの子に会うまでは……」
 貨物船はボートには気がつかずに、一路新潟港へと水平線の彼方に消えていった。
二人は再び無言で横たわると、じっと夜を待った。

       ∠¶∈

「え? こんなところにユリ?」
 潮の引いた磯を歩いていた若い女性の三人組の一人が声を上げた。
 彼女が指さしたのは岩場から土へと移行していく斜面の中程。岩場に囲まれたわずか
ばかりの土に、まるで剣山にさされたように一本だけ突き出た形で花が咲いていた。花
弁は毒々しいまでのオレンジ色をしている。
「あら、ほんと。なんだかとってつけたようにぽつんと咲いているわね」
「本当にユリなの? ハマナスとか、そういうのじゃなくて?」
「ハマナス? 全然違うわよ。これはスカシユリっていうの。このへんの名物なのよ」
「温泉饅頭じゃないんだから、名物はないでしょ?」
「じゃあ、なんて言うの?」
「えーと……名産でもないし、記念物でもないし……」
 三人の若い女性グループは、その一見場違いに見える花について、ひとしきり他愛の
ない会話を交わし始めた。
 付近は遠浅の砂浜でもなく、かといって切り立った断崖でもなく、歩こうと思えば歩
けるといった程度の中途半端な磯が入り組みながら続いている。
 ここは佐渡の外海府。佐渡もここまで来ると、海水の透明度も一段と素晴らしく、一
日中海と戯れていても飽きないだろう。
 しかし、周りには観光船の発着所もなければ、ダイビングを教えてくれるコーチもい
ない。散歩できる海岸線も長くは続いていない。恋人同士で来るならいいかもしれない
が、女三人ではどうにも持て余す。
 グループの一人が咲いていたユリに近づき、手を伸ばした。
「やめなよ。やはり野に置けレンゲ草っていうでしょ。こんなところにけなげに一輪咲
いているんだから、そっとしておいてあげなよ」
 別の一人が言った。
「大丈夫。取りはしないわよ」
 手を伸ばした女はそう言うと、花の香りをそっと吸い込む仕草をした。
「不思議と匂いはないのね」
「そう?」
 他の二人も真似をして花に顔を近づけた。
「あら?」
 そのとき、最初に花に近づいた女が小さく声を上げた。
 花の香りを嗅いでいた二人が顔を上げ、彼女のほうを振り向いた。
 彼女は海岸に沿って、数十メートル先を見ている。その視線の先では、大きく突き出
した岩に隠れるようにして、若い男女が顔を見合わせ、何か話していた。
 三人が海岸を散歩に出てから初めて目にした人間だった。
「日本中どこにでもいるのね、あの手は」
「ひがまない、ひがまない。じゃましちゃ悪いから、引き返そうか。夕食の前にお風呂
にも入りたいし」
「それにしてもまだ早いんじゃないの? 名物の夕日もまだ見ていないし」
「だから饅頭じゃないでしょって」
「まあ、いいじゃない。夕日が沈む頃また降りてくれば」
「そうね」
 三人は声を潜めるようにしてそう話し合うと、今まで歩いてきた方向に戻り始めた。
 水平線上にはかなり厚い雲が出ていて、日本海に沈む夕日の華麗なショーが見られる
かどうかは微妙な気配だった。 ο
「今、いちばん忙しいところなんだ。もう戻るぞ」
「うん……ごめんなさい」
「今夜はうちに泊まるつもりなのか?」
「予約はしていないけれど……。泊まったら、迷惑?」
「迷惑というわけじゃないけど、明日になっても、別に話すことはないぜ。俺は神川に
戻るつもりはないし、たとえおまえがこっちに来ても、もうつき合うつもりはない」
 男にそうまではっきりと言われ、女はとうとう言葉を失った。
「じゃあな。俺は調理場に戻らなくちゃならんでさ」
 男は沈黙が長引くのを恐れるかのように、そう言うと一人で磯を歩き出した。
 女は黙って男の背中を見送った。
 突き出した岩場を迂回するように数メートル上の道路へ続く斜面にさしかかったとき、
男は一瞬足を止め、斜面の一部に目をやった。
 そして一度だけ女のほうを振り返り、何か言ったように見えた。
 しかし、女には何も聞こえなかった。
 男の姿が完全に視界から消えてから、女はゆっくりと男が去っていった方向に歩き始
めた。
 男が一瞬足を止めて振り返ったところまで来て、女は初めてそこに、どこか周囲にそ
ぐわない風情の植物がひっそりと花を咲かせているのに気がついた。
 午後の強い日差しを浴びながら、オレンジ色のユリが一輪だけ、鮮やかな黄色の花芯
を天に突き出すようにして咲いていた。
 女は手に届く距離まで近づき、暫く見つめていたが、やがて誰もいなくなった海岸を、
ついたばかりの足跡をなぞるようにして引き上げていった。
              ο
 佐渡の外海府海岸。島の最北端である弾崎から左回りに十数キロ南下したところに、
四か月ほど前にペンションが開業した。「プチホテル・サラサーテ棚岩」という。
 プチホテルなどと名乗ってはいるものの、外観も内容もペンションそのもので、柏崎
市から引っ越してきた中年の夫婦が経営している。
 周りには漁師の家が数軒点在するだけで、特に名のある観光ポイントがあるわけでは
ない。佐渡の北端には弾崎灯台をはじめ、大野亀、二つ亀などという名所がある。夏場
はオートキャンプ場に県外ナンバーの車も集まり、海岸にはビーチパラソルが並ぶ。
 また、ここから二十数キロ南下すれば、水中をガラスの舟底越しに観察できるボート
が出ている尖閣湾がある。ホテルはその二つの観光ポイントの間、いわば「何もない」
地区に建てられていた。
 そうした本来の地の利の悪さに加え、オープンしたばかりで一般にまだ知られていな
いこともあり、「サラサーテ棚岩」は、夏の書き入れ時だというのに、客脚はさっぱり
だった。
 その日の客は、若い女性の三人組とアベックが一組。そして釣りが目当てという三十
代の男性が一人だった。
 客室は八室あるから、半分以上が空室ということになる。
 夕食は一階のダイニングルームに集まって取ることになっていたが、広いダイニング
には空席のテーブルが目立ち、一種の寂寞感さえ漂っていた。
 若い女性の三人組は看護学校の学生だった。休みなど滅多に取れないし、普段恋人を
作るチャンスにもあまり恵まれない。
 三人で旅行するのはこれが二回目だった。去年の夏は上高地へ行ったのだが、あまり
の人の多さに少し辟易したので、今度はもう少し静かなところ、それに、去年は山だっ
たから今年は海にしようということで選んだ場所だった。
 しかし、三人とも、予約したペンションがここまでひとけがないところに建っている
とは想像していなかった。
 佐渡に渡るジェットフォイルはほぼ満員だったのに、両津港に着いて、予約してあっ
たレンタカーを借り、海岸線に沿って時計と反対周りに走るうちに、どんどん寂しい風
景になっていった。あのとき、三人はすでに今回の旅行に一抹の不安を抱き始めていた。
 気取ってはいるものの量の少ない夕食が、その不安をさらに膨らませた。
 夕食を終えて部屋に引き上げた三人は、すぐに今食べ終えたばかりの食事への不満を
誰にともなくぶつけ始めた。
「一泊二食つき一万三千円で、そうそう贅沢は言えないけれど、なーにあれ」
「味はそう悪くはなかったと思うけどな。要するに量が足りなかったんでしょ?」
「あなた、足りた?」
「全然」
「でしょう? イカリング三個に墨のソースをかけて、なんとかかんとかマリネでござ
いますなんて言われてもねえ。出すなら丸焼きでどんと出しなさいって言いたいわ」
「それで、あの気取ったフランス料理を誰が作っていると思う?」
 中の一人が、話題を少し変えた。
「誰って、ここのコックさんでしょう」
 そう答えた相手に、話題を切り替えた女が得意げに言った。
「それがね、さっき海岸で見たカップルの一人なのよ。角刈りの頭ですぐに分かったわ。
着ている服も同じだったし。まるで寿司職人か料亭の板前見習いって感じだったでしょ。私、さっきお風呂に行ったとき、キッチンをちょっと覗いたの。そうしたら、彼がコック帽をかぶったオーナーと一緒にオードブルの盛りつけをしていたわ。なんだかイメージがちぐはぐなんで、笑いそうになっちゃった」
「じゃあ、さっきの海岸でのお熱いシーンは、台所仕事をさぼってつかの間のデートを
していたところだったわけね」
 そのとき、一人がようやく窓の外の景色に気がついた。
「あ、見て見て!」
 その一言で、夕食の話題は中断された。
 窓から望む日本海が、今まさに赤く染まっているところだった。
 残念ながら、水平線上に雲が出ていて、夕日ははっきりとは見えない。その代わり、
何層にも濃淡を作った夕焼け空と、墨を流したような海のコントラストが見事だった。
                    ο
 食べ足りなかったし、飲み足りなかったが、九時を過ぎるとダイニングルームも明か
りが消えた。自動販売機もないとあっては、食料も酒も調達できない。
 かなり蒸し暑い夜だったが、部屋にはエアコンはついていなかった。網戸にして窓を
開けると、時折カナブンや白い巨大な蛾が羽音を立てて網戸にぶつかってきた。
 海鳴りと虫の声が聞こえてくるだけの部屋で、三人は仕方なく映りの悪いテレビを見
て過ごしたが、すぐにそれも飽きて、十時前には消灯してしまった。
 部屋は二階のいちばん奥で、四、五人泊まれる二間続きの和室だった。和室は多分こ
の部屋だけだろう。
 三人は一つの部屋に布団を川の字に敷いて寝た。
「ねえ、今、何か妙な鳴き声が聞こえなかった?」
 消灯して数分後、真ん中に寝ていた一人が遠慮がちに暗闇の中で呟いた。
「え? 何?」
 返事をしたのは右隣にいた一人だけだった。もう一人は早くも寝入ってしまったらし
い。
「何か動物が呻くような声」
「田舎だからね。何かいるんでしょ」
「でも、外からじゃなくて、廊下のほうから聞こえた気がするんだけど」
「そんな……」
 と、言いかけたとき、今度ははっきりと彼女にも聞き取れた。
 グルルルル……と、動物の唸り声のようなものが聞こえてくる。
 しかも、言われてみれば確かに外からではなく、建物の中、一階のほうから聞こえて
くる気がする。
 突然、ドンと何かが倒れるような衝撃音が走った。
 それに続いて断末魔のような叫び声。
 二人は飛び起きて、部屋の電気をつけた。
「何?」
 寝ていたもう一人がようやく目を覚まして、寝ぼけ眼で訊いた。
「下で何か物凄い音が……」
「え?」
 間髪入れず、今度は食器が割れる音がし、子供が泣きだすのが聞こえた。
「喧嘩?」
「まさか……」
 一人が廊下のドアを開け、様子を見た。
 階段の踊り場に近い一部屋から、若い男が同じように顔を出していた。
 サイドをきれいに刈り上げ、白いタンクトップに派手なサーフパンツという姿。夕食
のとき、隣のテーブルにいたアベックの男性のほうだ。
 階下から、さらにもう一度、正気とは思えない雄叫びが聞こえてきた。
「なんなの? なんなの?」
 部屋の中では二人が手を取り合って震えている。
「分からないけど、部屋から出ないほうがいいわ」
 廊下の端の部屋からは、サーフパンツの若い男が裸足のまま出てきて、様子を見よう
としていた。
 そのとき、何者かが猛烈な勢いで階段を駆け上がってくる音がした。
 階段を下りかけた若い男が、ひるんだように足をもつれさせながら後ずさりしてきた。
 階段を駆け上がってきたのは、白いランニングシャツにトランクスという姿の角刈り
の男。海岸で恋人らしき若い女性と一緒にいた、調理場担当の住み込み従業員だった。
 全身に血飛沫を浴びている。彼自身の血なのか、誰か他の人間の返り血なのかは分か
らない。
 手には血に染まった出刃包丁を持っている。
 そこまで見届けると、ドアから顔を出して様子を窺っていた三人組の一人はすぐさま
ドアを閉め、震える手で鍵をかけた。
 他の洋室とは違い、奥のこの和室だけは格子の引き戸になっている。体当たりでもさ
れればすぐに壊れそうだった。
「何?」
「黙って。声を出すと見つかって殺されるかもしれない」
「え? どういうこと」
「いいから静かにして」
 三人は部屋に続く二畳ほどのテラスに出ると、仕切の障子を閉めて、窓際にうずくま
った。
 窓から逃げ出そうか。
 そう思って窓の下を見ても、外は暗く、何も見えない。落ちれば確実に怪我をする。
 廊下では引き続いて意味不明の絶叫と若い女の悲鳴、ドアを蹴飛ばすような衝撃音な
どが立て続けに起こった。
 血まみれのコックを見ていない二人にも、事態が極めて異常で、かつ逼迫しているこ
とは理解できた。
「あの角刈りのコックが……包丁持って暴れているの」
 悪夢のような光景を目にした一人が、震える声でようやくそれだけ説明した。
 部屋の外の阿鼻叫喚はさらに続いた。激しくもみ合う音、ドアに何かがぶつかる音、
言葉にならない叫び声。
 三人はショックのあまりそれ以上は言葉を交わすこともできず、ひたすらテラスに身
を寄せ合って震えていた。
 やがて、聞こえてくるのは子供の泣き声と女性の啜り泣きだけになった。
 どうなったのだろう。
 三人とも様子を見る勇気はなかった。しかし、このままここにじっとしていていいわ
けもない。
 そのとき、廊下で人の気配がし、部屋の戸ががたがたと揺れた。
 三人のうちの一人が、ヒイッと短い悲鳴を漏らして座り込んだ。
「誰かいますか?」
 男の声がした。声には緊張がみなぎっている。
 三人とも、すぐには返事ができなかった。
「どなたかいますか?」
 格子の引き戸を叩きながら、息の荒い男の声が繰り返した。
「……誰?」
 三人のうちの一人がようやく答えた。
「私は客です。怪我はありませんか?」
 どうやら一人で泊まっていた釣り客らしい。危険な相手ではなさそうだ。
 しかし、ほっとする気持ちと、まだ何が起こるか分からないという警戒心とが入り乱
れ、三人はそれでもまだ動けなかった。
「何があったんですか?」
 ようやく一人が泣きべそをかきながら訴えるように訊いた。しかし、まだ部屋の戸を
開けようとはしなかった。
「何がって言われても……私にも何が何やら。とにかく警察と救急車を呼びました。重
傷者がいるので、私はこれから相川方面へ車で運びます。途中で救急車と出合うでしょ
う。後はお願いします」
 そう言うと、男は戸の前から立ち去る気配を見せた。
「そんな……」
 三人がゆっくりと部屋の戸を開けたのは、それから数分後だった。
 廊下は修羅場と化していた。
 あまりの凄惨さに、誰も声が出なかった。
 踊り場から少しこちら側に入ったあたりに、さっき見た派手なサーフパンツを穿いた
青年が血まみれになって倒れていた。白かったはずのタンクトップは血で赤く染まり、
派手な抽象柄のサーフパンツも、どこまでが柄でどこまでが血なのか分からない。
 青年はぴくりとも動かなかった。
「逃げよう。こんなの嫌。人がいるところに行こうよ。早く荷物まとめて。車のキーは
どこ? まさか預けたりしていないよね」
「私が持ってる」
「じゃあ、早く」
 三人は互いにしっかりと腕を握りながら、血糊で滑る廊下を半分目をつぶるようにし
て通り抜け、階段を下りようとした。
 しかし、死体はそれだけではなかった。
 階段の下では、あの角刈りのコックが、さらに大量の血を周囲にほとばしらせて死ん
でいた。
 ダイニングルームのほうからは、子供の泣き声が聞こえていた。
 表で車が出ていく音がした。さっきの男性客が、怪我人を運んでいくのだろうか。
 すると、今ここには誰が残っているのだろう? まさか、自分たちと、泣いている子
供だけ? 殺人鬼は他にもまだどこかにいるのかもしれないのに……。(〜以下続く)



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