たくき よしみつ デジタルストレス王(キング) 鐸木能光

2007年4月24日執筆

10年後の『瞑想教室』

//8年ぶりにメール差し上げます。

という書き出しのファンレター?が届いた。普段、ファンレター(メール)なんてめったに来ないのに、このところ気になるメールが続いている。
送信者である佐藤ケイティさんの了解を得たので、ここに一部紹介してみる。

//当時「青春と読書」で「瞑想教室」を読んだわたしは、登場人物のモデルが黒木香嬢だと分かりました。(80年代半ばは学生をしていたので)印象に残る作品に感動し、あつかましくも感想を書いて送った次第です。

記憶にない。8年前となれば、仕方がないか。小説も、書いた先から内容を忘れていて、3年もすれば、他人の作品に接するような新鮮な気持ちで読めるくらい、健全な?健忘症だもの。

//先日、ニュースで黒木嬢の訴訟の結果を知り、「そういえばあの小説。。。」とどうしても引っかかるものがあってネットで探してしまいました。
ITの世界での8年は飛躍的で、わたしはネットでもう一度「瞑想教室」を読めるという幸運に恵まれました。そして、本当に読むべきときに読んだのだと気がつきました。



『瞑想教室』は短編なので、内容はよく覚えている。
『青春と読書』(集英社のPR誌)から短編の執筆依頼があって書いた。
掲載号は「小説すばる新人賞」受賞者の座談会のような特集が組まれていて、僕はそこからは外されていた。消えていく元受賞者に、せめて生存証明を……と、編集者が気をきかせてくれたのだと思う。その編集者とは会ったことがないが、今でも感謝している。

もちろん、読者にとってはそんなことはどうでもいいことで、小説が面白いかどうかだけが問題。つまらないのを読んでしまったら、時間を損した気分になるし、無料PR誌に掲載されていた短編が面白かったら、得した気分になるだろう。

黒木香さんの訴訟事件というのは知らなかった。いや、訴訟を起こしたときのことはぼんやり記憶にあるけれど、すごく昔のことという気がする。
まだやっていたのだなあ。

佐藤さんからのメールは、さらにこう続いていた。

//実は先週、相模原での小用の帰り、乗り換えの長津田で途中下車しました。20年前、大学時代に住んでいたアパートが見たくなったんです。久々の長津田はすっかり街並が変わり心もとなかったんですが、驚いたのは住んでたアパートがあったことです。さらに愕いたのは、そのアパートにガテンな男たちがどやどやと足場を組み、あれよあれよと取り壊し作業が始まろうとしてたことでした!

取り壊し。。。複雑な気持ちで眺めていたら、道の反対側にアパートの1階で営業してたジュエリーショップが新しく店をオープンしてるのに気がつきました。普段、恥ずかしがり屋なのでそういうことはしない性質なんですが、思わず店に入ってしまいました。相変らずキレイなマダムと20年ぶりに会い昔話に花が咲き、そして彼女が云ったのです。
「不思議なこともあるものね、あのアパート3月に取り壊しが決まってたんだけど。今日から解体工事になったの」
まるで、わたしが来るのを待ってて、役目を終えるところを見届けてもらうみたいな感じでした。

「瞑想教室」の鮮やかな幕切れ、「新たな切符を買うために」という言葉にはっとしました。現在、人生の転機にあるわたしは、消滅のあとに来るであろう再生を予感しています。


そこまで読んで、内容を覚えているつもりだった『瞑想教室』を、もう一度読み返してみる気になった。
驚いたことに、小説の中に登場する謎めいた女性は「黒木」という名前になっていた。
ということは、黒木さんが訴訟を起こす前に書いたに違いない。渦中の人であれば、別の名前にしていたと思うから。
気になって調べてみたら、訴訟は2004年12月20日に起こされていた。問題とされたのは「女性セブン」02年1月17日・24日合併号と「週刊ポスト」04年1月1日・9日合併号だという。
『瞑想教室』は1998年1月号の「青春と読書」に掲載されたから、訴訟の7年前、訴訟で問題となった週刊誌が発売されるよりもずっと前に発表されていた。
ただ、黒木さんが芸能界を引退したのは94年だそうだから、小説はその3年後に書かれている。別の記事かグラビアなどを見かけたのが記憶に残っていたのだろう。

読み返してみて、あちこち新鮮に感じる描写があった。
10年近く前に、自分は文章でこんな描写をしていたんだな、という発見。

人生も世相も動いていくけれど、一度書いた小説は、時代の流れ、個人の人生の変化に関係なく、そこに留まっている。
この小説作品は、10年後に読んでも、変わらぬ意味を持ち続けていることが発見できて嬉しかった。


☆『瞑想教室』は、文藝ネットで読めます。



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