たくき よしみつ デジタルストレス王(キング) 鐸木能光

2009年8月22日執筆 8月27日追記

「電波の有効利用」をしていないのは誰なのか

総務省から届いた封書
総務省から届いた封書

郵便受けにこんなものが入っていた。
実にものものしい。
差出人は総務省。
「全国全世帯を対象に配布」しているのだそうだ。一体、いくらかかっているのだろうか。
2011年までにアナログテレビ放送を中止するという政策については、さんざん批判が出ているにもかかわらず、今日まで強引に進められてきた。現在、アナログ地上波放送は画面の右上に「アナログ」と表示され、一日に何回も、脅迫まがいのスポット広告が流れる。言っている内容は、「このままだとテレビが見られなくなるぞ、早くテレビを買い換えろ」ということに等しい。

アナログ地上波テレビ放送を完全廃止することの主な理由は「電波の有効活用」なのだという。
しかし、地上波テレビが出ていった跡地利用の詳細は、よく分からないことばかりだ。
デジタルラジオ、道路交通情報システム、警察無線、地方行政防災無線、5000万人分の次世代携帯電話などの他、ワンセグの発展形のようなモバイル向けマルチメディアコンテンツ放送が予定されているらしいが、総務省としても本音は「予定されているとはいうものの、具体的な内容については未だによく分からない」というのが本音らしい。
例えば、「道路交通情報システム」には、走行中の自動車から電波を発信して他の車の位置を確かめ、衝突しそうになったら音声で警告したり、自動的にブレーキをかけるなどという仕掛けも含まれているらしいのだが、果たしてどれだけ有効なのか。有効だとしても、今後も長期に続きそうな自動車不況の中で、採用率が上がるのか、ちょっと想像してみても大きな疑問符がつく。
「ワンセグの発展形のようなモバイル向けマルチメディアコンテンツ放送」に至っては、もっと分からない。しょーもないものである可能性は大きい。

総務省と放送局はすでに何度も「電波の有効活用」精神に反することをしている。
典型的なのはBSデジタル放送における「電波の無駄遣い」だ。
最初は2000年12月のBSデジタル放送開始時。このとき、BSでの放送に参入した民放キー局は、ネット傘下にある地方局の利権をそのまま持続させるため、地上波で放送している「金のかかった番組」は一切BSに乗せず、通販番組やらどうでもいいような番組を並べた。これこそ電波の無駄遣いだが、総務省はなんら指導をしなかった。
このときにBSデジタルを地上波の高画質同時放送中心にしていれば、BSデジタルは一気に普及していただろう。未だに日本全国に残る難視聴地域も一掃されていたはずだ。
次はNHKのアナログハイビジョン(BS9)が終了した2007年。NHKアナログハイビジョンが出て行った後の48スロット分(「スロット」は伝送容量を表す。標準画質なら6スロットで1チャンネル分だから、48スロットは8チャンネル分もある)の「空き地」には、BS11デジタル、スターチャンネル、TwellV(トゥエルビ)という3つのチャンネルが入居したが、これらがどれだけ国民の利益になっているだろうか。
最も許せないのはTwellV(親会社は三井物産)で、24時間通販チャンネルのQVCをワイド/高画質化したものをほとんど1日中サイマル(同時)放送している。
QVCはスカパー!、スカパー!e2でも無料放送されており、それを貴重なBS電波資源を使って高画質で同時放送する意味はまったくない。こんなことを許すくらいなら、NHKの地上波をハイビジョンで完全同時放送させたほうがはるかによかった。
さらに許し難いのは、2011年、アナログのNHK BS1と2、アナログWOWOWが終了した跡地(144スロット分=標準画質なら24チャンネル分)および追加で設置するBS19の新規48スロット分についての放送事業者選定のいかがわしさだ。2009年6月に発表されたが、英国BBCや無料放送すると言っていたディズニーを排除し、WOWOWの追加チャンネル分、スターチャンネルの追加(映画・13スロット×2)、アニマックス(アニメ・16スロット)、FOX(16スロット)、スカパー!系のスカチャン804(スポーツ中継など・16スロット)、放送大学(16スロット)、グリーンチャンネル(競馬中継など・16スロット)、Jスポーツ(スポーツ番組・16スロット×2)……という結果だった。
WOWOWが今の視聴料を据え置いてチャンネルを増やすというならこれは歓迎だ。今も他の有料チャンネルに比べればはるかにまともな番組を放送している。
しかし、べた塗りのアニメや放送大学の教授の顔をハイビジョンで見る必要性はまったくない。さらには、競馬情報中心の有料チャンネルである「グリーンチャンネル」をハイビジョン可能なスロット数で採用するというのはまったく理解しがたい。
このチャンネルは、「財団法人競馬・農林水産情報衛星通信機構」というところが運営しているが、これは農林水産省・総務省共管の委託放送事業者であり、日本中央競馬会の関連法人でもある。民主党政権に変わる直前の、滑り込み天下り先対策かと疑ってしまう。
BSデジタルは、少ない投資で全国民が平等に高画質放送を視聴できる貴重な資源だ。それをこのように馬鹿な使い方をさせて荒れ地にしている総務省が言う「電波の有効活用」を、鵜呑みにできるわけがない。特に、英国BBCを拒否したことは許し難い。放送先進国の文化に日本国民が触れるチャンスだったのに。

……というような話も含めて、昨年末にはほぼ書き上げていた原稿がようやく出版される。
このテーマは、放送局、および放送局と提携関係にある新聞社、出版社にとってはタブーであり、まず無視する。
例えば、BS17計画(地デジの完全普及は無理だと判断している総務省が、BS17チャンネルを使って難視聴対策に首都圏のキー局5局+NHK2局の番組をスクランブルをかけて同時放送する計画)における地方情報格差、差別問題について論じた私の文章を、共同通信社が全国地方紙に向けて配信したが、全文をそのまま掲載したのは福島民友一社だけで、他社はことごとく無視してくれた。
となると、残る情報発信の手段は、放送メディアと関係の薄い出版社から本を出版することだが、独立系出版社も、「たかがテレビのことを、一般大衆はいちいち本を買ってまで知ろうとはしない」という理由で、次々に断ってきた。
テレビや新聞が報じない内容だからこそ、出版メディアが伝えなければ、という気概を持った版元はなかなか現れなかった。
しかし、出版界は広い。まだまだ捨てたものではない。
去年の年末に書き上げたものの、出しましょうという版元が現れず、ほとんど諦めていた7月、ぜひやりたいという出版社が現れ、即決してくれた。
『テレビが言えない地デジの正体』(ベスト新書)、2009年9月10日発売。
この本を書くにあたって、様々なことを調べ、知識を得たが、その内容は驚くべきものだった。日本の電波行政はここまで腐りきっていたのか。テレビにまつわる様々な疑問、「もやもや」は解明されたが、怒りと絶望感は残った。
読んで楽しい本ではないかもしれない。しかし、37型未満の液晶テレビのほとんどはフルハイビジョン放送画質をそのまま映し出すだけの解像度を持っておらず、画素を半分間引いている、とか、ケーブルテレビへの接続方法のあれこれ、とか、ブルーレイディスクレコーダーは市販のソフトを見る以外には当面いらないのではないか、とか、NHKのBS1とBS2は今なお標準画質であり、通販番組より画像が粗い、といった実用的な情報も網羅したので、「とにかく分からないことが多い」「今のテレビはなんだか面倒くさい」と感じている人(私を含めてほとんどすべての日本人はそうだと思う)は、読んで得をするはずだ。
これ以上、総務省や家電メーカーに好き放題させていてはいけない。

立ち読み版はこちら

(09/08/27 追記)
……と書いた後で、こんな葉書が届いた。
謎のお詫びはがき
↑なんでしょうね、これは。
ここにある「地上デジタル放送のご案内」という郵便物とは、冒頭のオレンジ色の封筒に入った郵便物のことだろう。左上には大きく「総務省 重要」と書いてある。
中身は「総務省による説明会(無料)を開催します。ぜひご参加ください」という案内である。そのチラシの最後には「質問・疑問はこちらまでご連絡ください」とあり、「総務省地デジコールセンター」なるところの電話番号が書いてある。
これが「誤ったもの」だったから破棄しろというのである。
何がどういう風に誤ったものだったのだろうか。
この封書には、福島県双葉郡の富岡町、双葉町における具体的な「地デジ説明会 会場一覧」という印刷物も入っており、定員と開催日時が記されている。定員は会場によってまちまちだが、40名から150名。「事前の申し込みは必要ありません。当日は先着順となります。それぞれ定員になり次第、受付け(ママ)を締め切らせていただきます」とある。
行っても満席だと入れないということらしい。
このチラシのいちばん下には「総務省 福島県テレビ受信者支援センター説明会事務局」という名義で電話番号が書いてある。
さて、この印刷物のどの部分が「誤った内容」だったのだろうか。
説明会の情報全部が誤っていたのであれば、ここに記された会場に当日行っても、何もやっていないということなのだろうか? そういうことはこの謎のはがきの文言からはまったく分からない。
このような曖昧な書き方では、この「総務省 福島県テレビ受信者支援センター説明会事務局」なる表記がまずかったということではないのか、とも勘ぐってしまう。
そもそも、このお詫びのはがきを送ってきたのは何者なのか? 差出人名が記されていないが、「この件に関する問い合わせ先」として、株式会社DMPA「地デジ事務局」という名称が載っている。ここが先のオレンジ色の封筒の印刷物やこの「お詫びはがき」を出したのだとすれば、株式会社DMPAが総務省の名称を使ったことが問題とされたということだろうか。
「株式会社DMPA」をググってみると、こういう会社らしい。
代表取締役会長は、名古屋の印刷会社の社長。代表取締役社長は、社団法人 日本ダイレクト・メール協会 常務理事、NPO法人 ダイレクトメール推進協議会 理事長、株式会社DMPA 代表取締役社長、パラシュート株式会社 代表取締役会長 ……という肩書きも持っているようだ。
ここに出てくる「NPO法人 ダイレクトメール推進協議会」なる組織は、「事務局: 東京都千代田区麹町」とあり、電話番号、FAX番号ともに、今回のお詫びはがきに記載されている「株式会社DMPA」と同じだった。
では、社団法人日本ダイレクト・メール協会とはなんぞやと調べてみると、
// 社団法人日本ダイレクト・メール協会は、1984年(昭和59年)6月に総務省(当時は郵政省)所管の社団法人として発足した公益法人です。
協会設立の目的は、「ダイレクト・メールに関する調査研究、普及、啓発等を通じて、ダイレクト・メールの健全な発展及び情報提供の活発化を図り、国民の豊かな暮らしに奉仕する」ことを目指しています。//

だそうである。

総務省にうかがいたい。
繰り返すが、もしこのような訳の分からない郵便物(お詫びはがきも含めて)に税金が使われているのであれば、こういうのこそ無駄遣いである。総務省は、この「総務省曖昧郵便物事件」の顛末をきちんと報告し、もし、DMPAが勝手にやったことなのであれば告訴するべきである。

その後の情報では、どうやらこの手の封書は全国で順次届けられ、地デジ説明会はくまなく開催されているらしい。一体、どれだけの人が出向くのか。
やっているほうも、言い訳として、担保としてやっているという気持ちがあるため、こうしたいい加減なことになるのだろう。まともに情報を伝えられない印刷物を無造作に全世帯郵送する連中に、きちんとした説明などできると思えない。
実際、パンフの図などを見ると、今のテレビに地デジチューナーをつければ簡単に地デジが見られるようなことが書いてあるが、その結果被る不便さや、アナログテレビに地デジチューナーをつけたところで高精細画面が見られるわけではないということは一言も書いていない。
税金をなんだと思っているのだろうか。

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テレビが言えない地デジの正体

テレビが言えない地デジの正体

(2009.09)……  なぜ地デジにしなければいけないの? テレビを買い換えてどれだけいいことがあるの? なぜBSデジタルは通販番組ばかりなの? あまりに複雑怪奇になりすぎた現代テレビ事情に対するもやもやに一気に答える待望の「現代テレビガイド」。テレビを買い換えた人も、これから買い換える人も、この際テレビなんか見るのをやめようと怒っている人も、知らなかった驚くべき情報が満載の本書を。

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