たくき よしみつ の たくき よしみつ(鐸木能光)のデジカメ・ガバサク談義 ガバサク

iPhoneだけが『デジカメに1000万画素はいらない』を実践した


なぜiPhoneの内蔵カメラはきれいな写真が撮れるのか?

アップル社iPhoneの広告コピーの一つに「iPhoneでは毎日、ほかのどんなカメラよりもたくさんの写真が撮られています」というのがあります。
これは本当でしょう。
そしてその多くのiPhoneユーザーが「スマホでこんなにきれいな写真が撮れるなら、デジカメなんかいらないっしょ」と驚嘆しています。
コンパクトデジカメが売れなくなった最大の理由はiPhoneのカメラ機能が劇的によくなったからかもしれません。

なぜiPhoneはそのへんのコンパクトデジカメよりきれいな写真が撮れるのでしょうか?
それは「低画素だから」です。

iPhone6の内蔵カメラに使われている撮像素子(CMOSセンサー)はソニー製で800万画素です。
面積は6.1mm×4.8mm(29.3mm2)で、これは一般的なコンパクトデジカメに使われている1/2.3型CMOS(6.2×4.7mm=29.14mm2)とほぼ同じです。
現在、CMOS製造の技術で世界トップを走っているのはソニーですが、そのソニーが自社のデジカメやスマホ(Xperia)に使っている1/2.3型CMOSは総画素数約2110万画素です。このCMOSはソニー製品だけでなく、世界中のデジカメにOEM供給されています。
ソニーが作る同じ面積のCMOSなのに、iPhone用は800万画素、自社製品やiPhone以外のOEM用は2000万画素以上。これはどういうことでしょうか?
簡単に推理すれば、高画素にこだわるソニーに対して、アップル社だけが「800万画素で作れ」と言えたのでしょう。
800万画素だと安いから? いいえ、そうではありません。安く済ませるなら、すでにソニーが開発・製造している高画素センサーをそのまま使えばいいはずです。しかし、小さな面積のセンサーに高画素を詰め込めばきれいな写真が撮れないことは分かりきっているので、アップルは「800万画素で作れ」と、まともな要求をしただけです。
iPhoneの製造数はデジカメの比ではないので、専用に800万画素CMOSを開発しても量産でコストを抑えられます。OEM先としてiPhoneほど魅力的な製品はありませんから、ソニーもその要求を呑んだのでしょう。
そしておそらく「この800万画素CMOSはiPhone専用として、他社には提供(OEM)しない」という契約も結ばされたのだと思います。

かくしてアップル社は、世界最高品質・適正解像度の小型CMOSを独占したわけです。

iPhoneの800万画素CMOSの画素ピッチは2100万画素1/2.3型の2.6倍

ほぼ同じ面積に800万画素(iPhone)と2110万画素(iPhone以外)ですから、1画素あたりの面積を比較するとiPhoneは他社製品の約2.6倍あるわけです。
1画素あたりが受け取れる光量が約2.6倍あれば、色調の複雑さや深さ、コントラストなどを圧倒的に有利に記録できます。
しかもレンズは単焦点でF2.2の使いやすい明るさ。きれいな写真を撮るための条件をしっかり備えているのです。

ソニーのCMOS製造技術が他社の追随を許さないことは、業界内では常識になっています。CMOS製造では最大のライバルである韓国のサムスン社でさえ、自社のスマホGalaxy S6のメインカメラはサムスン製ではなくソニー製CMOSを採用しているくらいです。
世界最高水準の技術を持つソニーが本気で800万画素CMOSを作ったら怖いものなしになるのは分かっていたことです。

iPhoneのライバル機として同時期に登場したソニー製スマホXperia Z3には、ソニー製の1/2.3型CMOSが採用され、「スマホ史上最高最強のカメラスペック」などと提灯記事を書いているメディアもありましたが、馬鹿丸出しです。同じ面積で800万画素と2100万画素だったら、800万画素が圧勝するに決まっています。

スマホのカメラで食べ物の写真を撮るとまずそうに写るという体験を多くの人がしていると思いますが、小さなCMOSに高画素を詰め込めば色階調が浅くなり、まずそうに写るのは当然なのです。

自縛の紐から抜けられなくなった日本のカメラメーカー

iPhoneの800万画素を「そんなに画素少なくて大丈夫?」と思っている人がいるようなので、敢えてまた説明しましょう。
一般的な800万画素を縦横のピクセル数で表すと3456×2304くらいです。
あなたは今、どのくらいの解像度のモニターでこの文章を読んでいるでしょうか?
一般的なパソコン用モニターなら、1280×1024くらいだと思います。画素数にすれば約131万画素にすぎません。3456×2304ピクセルの画像をそのまま映し出せば、1280×1024のモニターには収まりませんから、全体像を見るためには元画像のデータを間引いて縮小表示しなければなりません。
パソコンのモニターに全画面表示した場合でさえ、800万画素のうち700万画素近くは「間引いて」しまうわけです。

↑800万画素の画像に対する一般的パソコンモニターの大きさ(白枠部分)


800万画素がいかに多いか分かると思います。ましてや2000万画素など、まったく不要ですし、いたずらにデータ量を増やしてメモリを圧迫させるだけです。
ではなぜデジカメメーカーは画素数競争を続けたのでしょう? 単純に「高画素=高画質」だと勘違いしている人が多いので、宣伝文句に高画素数を謳いたかったからです。実質的な画質(きれいな写真)や扱いやすさを大幅に犠牲にしてまで馬鹿げた画素数競争を続けたわけで、メーカーとしての良心、良識を疑います。
一流のプロカメラマンが使うニコンやキヤノンの最上位機種の画素数は2000万画素以下です。プロは騙せないからですね。でも、素人は簡単に騙せる。実際に今までもずっと騙してきた。今さら「あれは嘘でした」とは言えない……。
アップルはそういうユーザー無視の「売れればいい」商法を許さなかった。きれいな写真を撮るためにあたりまえのこと(馬鹿げた高画素センサーを使わないという選択)をしただけなのです。

現在、コンパクトカメラに魅力的な製品がなくなってしまったのは、CMOSで圧倒的な技術力とシェアを持つソニーが高画素路線をやめなかったことも一因です。
想像してみてください。iPhone6に開発された800万画素CMOSを使って本格的なコンパクトデジカメを作ったらどれだけきれいな写真になるか……と。
今からでも、ソニーが本気で600万画素くらいのCMOSを作れば、カメラ業界はガラッと様変わりするかもしれません。それが業界のリーダーとして正しい姿勢だと思います。
このままでは、ソニーはウォークマンのときと同じような失敗をするのではないかと懸念します。サムスン・東芝・フジフィルム連合が腹を決めて低画素(適正画素数の)センサーのデジカメ開発を始めれば、ソニーが裸の王様になって一気に凋落することだってありえるでしょう。

技術力がありながら、なぜ日本のメーカーは世界のトップを走り続けられないのか?
それは「競争」だけを意識し、製品に対する哲学や良心がないからです。 売れるためにどうするかは考える(ユーザーをいかに騙すか、その気にさせるかには腐心する)けれど、本当にいい製品(自分が好きな商品、責任を持てる製品)を作ろうとしない──悲しいですね。上から理不尽な命令を受けるメーカーの技術者たちが気の毒です。もっときれいな写真が撮れるセンサーが作れるのにやらせてもらえないのですから、どれだけ悔しい思いをしていることか。

他社が真似できないほどのすぐれた技術を持っているのに、メーカーとしての哲学や良心がない。そんな環境からは斬新なアイデア、画期的な新製品も出ません。 「技術大国日本」と呼ばれた国をこんな姿にしてしまったのは誰なのでしょう。
自縛の紐に縛られず、合理的な頭であたりまえのことをやっていく──これができるかどうかが、日本の未来を占う上でも大きな課題だと思います。

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『デジカメに1000万画素はいらない』(講談社講談社現代新書)
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