タヌパック短信 32

国民幸福指数


「風雪の谷川岳から大晦日に帰りました。不景気で末端労働者の一人として、常に失職の不安が離れませんが、人間以外のためにはよいことだと、腹をくくっています」
 こんな年賀状をくださったのは、茅ヶ崎市に住む大工のIさん。
 このかたは、TVライフという雑誌に僕が書いている小さなコラムを読んでいたく共感し、わざわざ編集部に長い手紙を送ってくれたことがあります。それがきっかけで、年賀状のやりとりをするようになりました。
 不景気は売れない小説家にも大きく影響していますが、僕もまた腹をくくっています。不景気で売れない、出せないような本なら、最初から必要とされていないのだと。
 不景気と一口に言いますが、本来不必要なものが作られなくなるなら、余分なゴミが出なくなるわけで、結構なことであるはずです。
 不景気は本当に不幸をもたらすのでしょうか? 言い換えれば、バブルの頃、日本国民はみんな今よりもはるかに幸福だったのでしょうか?
 最近はさすがにあまり聞かなくなりましたが、GNPという言葉がやたらと言われた時期がありました。
 国民総生産。物を作り出すことが国の先進度や国民の幸福度の物差しであるように扱われていましたが、それは馬鹿馬鹿しい錯覚だったということを、今ではみんな知っています。
 Iさんとはバブルの頃知り合いましたが、「こういう時代だからこそ、手に職を持っている人を尊敬してしまいます」というようなことを手紙に書いたところ、「最近では、まだまだ使える家を無理矢理壊して、前よりもヤワな新建材の建物を作るような仕事が多く、大工という仕事もあまり誇りを持てなくなってきています」というような返事をもらったものです。
 考えてみれば、質よりも量の多さが幸福に結びつく仕事なんて、世の中にはそんなに多くはないのではないでしょうか?
 商品の中身は関係なく、たくさん売れて利潤が上がれば商売人は幸福になれるのでしょうか? すぐに壊れると分かっているいい加減な商品を十万個売り抜けるよりも、本物の商品を千個売って、以後、その品質に責任を持つというような商売のほうが、仕事に対する幸福度は高いように思います。
 そういう仕事ができない世の中は、幸福な世の中ではないわけで、何かが間違っているはずです。
 しかも、企業の場合、いくら利潤が上がっても、社員一人一人にそっくりその利潤が還元されるわけでもありません。たとえ還元されたとしても、その金で幸福な暮らしが買えるのかというと、そう単純ではないはずです。
 GNPはもちろん、経済にまつわるほとんどの数字やデータなんて、実際には個人の幸福に関係のないものではないのでしょうか?
 そこで、「幸福指数」というものを考えてみました。
◆一週間の中で、自分が好きなことをする時間、幸福だと感じられる時間をどれだけ持てるのか。}
(%。X時間/一六八時間)〜A
◆生活費を稼ぐ目的で営む労働に対し、金銭的報酬以外にどれだけの満足感、誇りを持てるか。
(十段階評価)〜B
 ……純粋に金を稼ぐ目的で、その仕事に対しての誇りは持てないならゼロ。
一生をかけるに値すると感じていて、理想に向かって常に努力できる状況なら10。
これで、A×Bの数値を「幸福指数」と定義してみれば、この数値は経済成長などとはほとんど関係ないのではないかと思います。ひょっとしたら、相反するかもしれません。
もう一歩突っ込んで考えれば、大企業の存在価値というものを疑ってみることが必要な時期にきている気がします。
例えば、合成洗剤は有害物質であるのに、あたかも石鹸よりも優れているかのような情報コントロールがされています。これなどは大企業が利潤を追求する社会が産んだ不幸です。
合成洗剤のおかげで誰も幸福になどなっていません。アトピーや若禿げが増え、環境が汚れていくだけ。しかも、それに気づかせないためのメディアへの介入。
食生活の面でも、昔に比べて確実にまずくて得体の知れないものを食べさせられています。都会では消泡剤の入っていない豆腐を探すのは難しいし、卵や肉、魚も昔のほうがうまかったと思います。これも企業化による大量生産の弊害でしょう。
そもそも、大企業でなければ実現できないことって、それほど多くはないのではないでしょうか。
僕は今、この原稿をQXエディタというパソコンソフトで書いていますが、これは個人が作ったもので、通信回線を介して売られています。世界的企業であるマイクロソフト社のエディタソフトなどは、このQXエディタの性能の足元にも及びません。多くの作家、編集者、ライターがそのことに気づき、このソフトを愛用しています。
小説も、そのうちに出版社を介さずに発表・流通させられるようにならないかなあ、などと漠然と考えていますが、これは難しいかなあ……。
とにかく腹をくくって不況を生きる覚悟を持ちたいものです。「人間以外のためにはよいこと」であるのはもちろん、結局は人間にとってもよいことだったと、歴史が証明するでしょう。
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