◆日記 00/10/09




今日の放哉


混血の国・日本



 夏祭りの大前神社
 以下の話は、『ちゃんと見てるよ』に書こうと思ったけれど、長くなりそうなのでやめた。
 先日、たまたまNHK教育テレビの『サイエンスアイ』という番組を見ていたら、和歌山の「交雑サル」のことを取り上げていた。
 和歌山で、昔動物園で買っていたタイワンザルが動物園消滅と同時に野生化した。で、ニホンザルとの混血が進むとまずいので、一網打尽に捕まえようと躍起になっているそうだ。捕まえたあとは、多分、一部を研究用に残し、他は皆殺しになるだろう。200頭くらいいるらしい。
 なぜ混血が進むとまずいのかがよく分からない。それで他の動物が死ぬというようなことでもないのに。
 ハブ退治のためにマングースを輸入して放したら、アマミノクロウサギを食べちゃって、ウサギが絶滅しかかっているという話とは違う。ニホンザルとタイワンザルはもともと同じルーツで、混血しても同じようなサルが出てくるだけだ。尻尾が長いとか、多少の違いがあるが、ゴリラとニホンザルのような違いではない。
 ニホンザルの「純血」を守るためにタイワンザルを根絶やしにするということだが、人間はそこまでえらいのか?
 そもそも現代日本人は大陸から来た民族と日本列島に古来からいた在来人(これも多種多様)の大混血民族である。教科書では隠しているが、それが真相。縄文人というのは単一民族ではなく、北はアイヌから南はクマビト、ハヤトなどまで、いくつもの種族が列島に同居していた。そこに朝鮮半島から天孫族(天皇家のルーツ)が入ってきて、派閥闘争を経ながら大和朝廷を作った。以後、日本人は、渡来系の種族との混血を繰り返していく。
 人種だけでなく、文化も交雑の限りを尽くしている。僕が研究している狛犬なんて、その最たるもの。
 オリエントのライオンがルーツで、中国の獅子や想像上の霊獣が加わり、日本に入ってからは、出来上がりかけていた天皇家のしきたりに取り入れられて「獅子狛犬」になった。それが江戸時代、参道狛犬として石造り・外置き型に変わり、庶民が奉納するようになってから、さらにいろいろなものが生まれてきた。「混じる」というのは、日本の伝統のようなもの。神仏混淆もそうだし。
 それなのに「血が混じるのは危険」という。タイワンザル皆殺しの発想こそ危険ではないのか。
 オリンピックで、室伏広司や小山ちれや宇津木麗華や金沢イボンヌが活躍するのも危険なのか。農村へのフィリピンや中国からの花嫁流入なども、危険視されることになるんだろう。
 ニホンタンポポがセイヨウタンポポに駆逐されるというような構図とはまた違う。ブラックバスが湖沼の生態系を変えてしまうという話ともまた違う。
 タイワンザルの血がニホンザルに混じっていき、日本中に混血のサルが増えたとしても、それは日本人の歴史と同じことがサルの世界でも起きたということに過ぎない。もしかしたら、種にとっては、よりよい個体を生み出す活力になっていくのかもしれない。くだらないことに税金を使うなと言いたい。  

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