◆日記 00/03/11



 

女子マラソン五輪代表選考をめぐる疑惑


 あと数時間で大注目の名古屋国際女子マラソンが始まる。
 結果が出る前に、今までたまりにたまっていた「陸連選考疑惑」について書いておきたい。
 
 陸連はなぜ市橋有里を国内選考3レースの直前に、無理矢理代表に「内定」しなければならなかったのか?
 週刊宝石で、松野明美が陸連を告発するインタビュー記事が載っていた。あの子も、よくよくマスメディアに利用されやすい体質なんだなあと苦笑してしまったけれど、「裏で金が動いていた」というのは聞き捨てならない事件。本当だとしたら大スキャンダル。
 
 今回の陸連の「内定」疑惑も、勘ぐればいくらでも勘ぐれる。
 以下は、すべて「推量」「勘ぐり」であると断った上で、率直に書いてみる。
 
 まずは「身内贔屓」疑惑
 
 男子の内定・佐藤は旭化成、女子の市橋は住友VISA所属。監督はそれぞれ宗茂、浜田安則で、陸連の幹部(二人ともシドニー五輪強化特別委員会副委員長)。早々と内定をもらった選手が「強化特別委員会」幹部の直属選手だというのは偶然としてはおかしいし、むしろ、そうした立場にあるなら、「身内」選手に疑惑の内定を出すべきではない。
 
 次に、世界陸上出場要請にまつわる裏取引疑惑
 
 世界陸上は異常高温の大会になるのが分かっていたため、選手としても必ずしも出たくはなかった。特に、高橋尚子は、その前のバンコクのアジア大会も30度を超すとんでもない状況で、しかも有力選手ゼロというふざけたレースを走らされ、ひどく消耗したので、次は「まともなレース」に出たがっていた。当初は「世界陸上はパスしてシドニーに」という計画だった。しかし、陸連は高橋を出したい。そこで「世界陸上でメダルを取れば即オリンピック代表内定」という餌で釣ったのだろう。
 陸連としては、高橋にメダルを取らせてさっさと内定させ、残り二人を国内選考レースで選ぶ腹づもりだったに違いない。ところが、高橋が直前で故障し、不出場。伏兵の市橋が銀メダルを取ってしまった。一旦釣っておいた条件を撤回するわけにもいかず、市橋を内定とせざるをえなかった。
 しかし、これでは世界陸上に出なかった選手が浮かばれない。
 
 さらには、男子の「旭化成独占狙い」との関連疑惑
 
 有力選手が不在で、選手の数だけは揃っている旭化成は、シドニー代表を旭化成選手で独占するという野望を持っていた。世界陸上で佐藤をさっさと内定させ、残り二つも……という作戦。佐藤を内定させるためには、女子のほうも市橋を内定させなければ変だから、男女一人ずつ、「メダルを取ったのだから内定だ」と強行した。
 
 
 で、僕が言いたいのは、
 
 1)そもそもオリンピックといえども、本来はスポーツ選手個人が、世界最高の舞台をめざす競技の世界であり、政治や権力が介入しづらい環境を作ることが大切。「お国のためにメダルを取れる選手」ではなく、「正当に出場する権利を勝ち取った選手」を送り出すのが、先進国のスポーツ哲学であり、スポーツマンシップに乗っ取ったやり方ではないのか? アメリカは、代表選考レースは一つだけで、そこで失敗したら、あるいは怪我で出られなかったら、たとえ全盛期のカール・ルイスでも代表にはなれない。今回のマラソン選考会も、たまたま選考レースが高温になり、1位の選手の記録が五輪標準記録に満たなかった。そのため、アメリカのマラソン代表は一人だけだという。他のレースで標準記録を突破した選手がいても、その選手は「代表選考レース」で勝てなかったのだから出さない。この厳しさを見習いたい。
 
 2)世界陸上でのメダル獲得は国内選考レース3大会の優勝よりポイントが高いなどと陸連は説明するが、オープン参加できないレースを選考会にすること自体がおかしい。しかも、セビリアの世界陸上は異常高温のレースだったため、世界の一線級がごそっと不出場だった。つまり、世界陸上とはいうものの、マラソンレースとしてはB級だった。しかも、佐藤と市橋はそのレースで「負けた」選手である。佐藤はレースを組み立てながら最後は自滅したし、市橋は明らかに実力では格下の北朝鮮選手に競り負けた。優勝を狙ったレース展開に持ち込みながら失敗した。それを単に「メダルを取ったから」という理由でオリンピック代表内定というのはおかしい。
 
 3)それでも、世界陸上を選考対象レースの一つに加えるというなら、なぜ他のレースが終わった後に正式決定をしないのか。なぜ国内レースの直前に決めなければいけないのか? これが最大の疑惑だ。早く内定させたほうが選手もシドニーに向けて調整できるからなどというのは言い訳にもならない。国内大会に命をかけて出場する選手たちに対する侮辱でもある。特に、東京国際女子マラソンの寸前に「内定」を出す必要性など何もなかった。数日待てば、少なくとも東京国際女子マラソンの結果は出ていたのだから。まるで、結果を見る前にさっさと決めてしまいたかったという風にとれる。
 
 4)オリンピックをめざすのはあくまでも選手個人なのであり、どの競技に出場したいかなども、すべて選手の意志によるものであるはず。1万メートルではなく、マラソンで金メダルを狙いたいという弘山晴美に対して、陸連が嫌がらせをするなどもってのほかだ。弘山は所属する資生堂が東京国際女子マラソンの単独スポンサーを降りてしまうなど、周囲の状況も厳しくなっていた。陸連の「1万メートルの代表内定」を蹴ったときから、陸連とも戦わなければならなかった。そんな中で、リディア・シモンに競り負けたとはいえ、あの成績を残せたことは、誉められるべきだ。
 
 5) 1)で述べたように、メダルを取れる確率で選考するのは間違っているが、百歩譲って、メダルを取れる確率で選ぶとしても、高橋、弘山、山口の順だろう。高橋の驚異的な強さは世界史的なものであり、故障していない限りはまず間違いなく優勝できる。弘山は安定感があり、不調でもそれなりに結果を出してきた選手。山口はこの3人の中ではもっとも不確定要素が強く、アトランタの小鴨由水のようにこける確率も高いが、東京での走りが再現できればメダルに絡んでくることは間違いない。市橋は高速レースになったとき、ついていけるだけの力がまだない。このままでは、世論によるプレッシャーで、市橋本人をもつぶしてしまう可能性が高い。もっとも、有森裕子のように、悪役パワーを自分に取り入れ、さらに強くなってしぶとく銅メダルあたりにひっかかってくる可能性もあるだろうが、それはどっちかというと「人間ドラマ」というか「成り上がりドラマ」を見ているようで、スポーツ本来のドラマではないような気がする(僕は有森の五輪連続メダル獲得は少しも感動しなかった。「感心」はしても……)。
 選考会が終わる前に「内定」を出すという不条理をごり押しする陸連の腐敗構造は、警察不祥事と同じくらい根が深い。選考レースの主催者でもあり、中継権をめぐって陸連とは喧嘩できないマスメディアにも、陸連の勘違い、権力惚けを追及できない。
 僕が陸上競技を愛するのは、他のスポーツに比べて「純粋」だからだ。勝ち負けには一点の濁りもない。「判定勝ち」ということがない。日本では陸上をやっても儲からないから、選手は純粋に自分の身体能力の可能性をかけて競技に打ち込んでいる。その姿勢に感動させられる。しかし、かつて感動を与えてくれた選手が、コーチになり、陸連の幹部になると、馬鹿なお役人と同じようなことを始めてしまう。現役時代、僕は宗兄弟や浜田安則のファンだった。それだけに、とても残念だ。
 スポーツの現場で、こうした醜悪な構図をまざまざと見せつけられるほど嫌なことはない。

 付録:忘れてはいけない女子長距離選手名鑑はこちら
 


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今日の放哉





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