日記 1998 (1)




 年が明けました。
 やりたいことがいっぱいあって、どれから手をつけていいのか分からない状態。
 今年は、まず音楽方面では3枚のCD製作が目標。順番にいくと、たくき よしみつソングブックVol.1、演歌CD「葛城慕情」(仮)、KAMUNA3。
 これのためにスタジオ機材も新しくしたのだから、頑張らねば。
 小説のほうは、長編1本、連作ミステリーシリーズ、新・連作怪談シリーズなどを考えているところ。
 他に児童書を2、3企画中。
 時間と気力がほしい。自分の分身が2、3体いればなあ。


◇1998年2月15日

↑新装タヌパックスタジオ

 

■卓日記


98/02/03

 思うところあって、タヌパックスタジオの核とも言える卓(ミキシングコンソールのことを業界人はこう呼ぶ)をYAMAHAのO2-Rに変更することを決意した。
 オプションつけると約60万円。
 ちょうどG社から無理矢理録音の仕事を頼まれ、そのギャラが30万くらい見込めるので、それが気持ちを後押しした。
 問題は今まで使っていた卓(英国サウンドトラックス社のPC-MIDI24)の処遇である。
 どの店に掛け合っても色好い返事をしない。サウンドトラックス社の卓は、代理店だった松田通商が手を引き、その後を受けたAKAIも手を引き、今後は日本国内ではまったくメンテナンスができないとか。だからどの店もそんなものは怖くて引き取れないと言っている。
 しかも重さが200キロくらいある。置いておくわけにもいかないし、なんとかならんかなあ。
 
 こういう買い物は、自分の寿命と比べてしまう。クルマとかもそうだけれど、一生ものの買い物だし、壊れない限りはもうO2-Rと心中することになるだろう。あとどれだけレコーディングできるかなあとか、どうしてもそういうスパンで見てしまう。PC−MIDIを買ったときも、そう思って清水の舞台から飛び降りたのだが……。

↑第1期タヌパックスタジオ。玄関脇の四畳半和室に機材を入れただけ。
ただしコンセントは最初から数十箇所増設した。
上の方に、ちらっと見えているのがFOSTEXのMODEL80という8トラックオープンリールMTR。
あの頃はデジタルでマルチトラックレコーディングができる時代がすぐにやってくる
なんて、夢にも思わなかった。
モニターはまだYAMAHAのNS-10M。


↑これが改装した直後の第2期タヌパックスタジオ。壁に床板を張りつめて防音処理し、
窓のガラス板を倍の厚さにした。窓ガラス以外は全部自分でやった。
モニターは(分かりにくいけれど)MISSIONの700LEに変更されている。



98/02/05

 卓、買ってしまった。明日届くそうだ。
 でも、今までの卓(なにせ200キロ。大人二人で持つのも辛い)の引き取りが土曜日の夜だとかで、(しかも、つながった状態で一応チェックさせてくれと言うので)、それまでは入れ替えられない。
 
 買い換えることにした途端、なんとか音が出ている。ここぞとばかり残った仕事を片づけた。終わって、ふと見ると、シーケンサーの電気が消えている。ヘッドホンが落ちてきてスイッチを押していた。データ全部消滅。ま、ミックスダウンの後だからまだ助かったけれど。



98/02/07

 今日の夜、楽器屋が卓の査定に来る。そのことが頭にあるためか、睡眠5時間で目が覚めてしまった。
 値段つかなくてもいいから、とにかく引き取ってくれーと祈るばかり。
 思うに、今ゼロから音楽制作をスタートさせるなら、こんな大袈裟な卓など入れないんじゃないかなあ。ミキサー内蔵型の小さなHDRと、サンプラー内蔵型のシーケンサーとかでシンプルなシステムを組むはず。
 今出ている中では、KORGのD−8というHDRがよさそう。小さくてどこにでも持っていけるし、内蔵のリズムパターン(131種類だとか)を出せばメトロノームよりずっとその気になれるドンカマになる。多分、KAMUNAをやるだけなら、これとゴンタ(MPC-2000)があればOK。
 シンセや音源を多用するとしても、O3D(YAMAHAのO2-Rの弟分みたいなデジタルミキサー)とサンプラーが1台加わればOK。
 結局、長年積み重ねてきた録音のノウハウから離れなれないでいるということが大きい気がする。
 今、音楽をやっている若い人は、録音環境に関しては本当に幸せだと思う。僕が学生の頃から比べたら夢のようだ。
 8チャンネルのテスコのミキサーを買うのに、数か月の分割で昼飯をケチりながら返済したのを思い出す。今の人はその半分の値段(物価上昇率から言えば、1/5以下?)でオールインワンのデジタルMTRが買えてしまう。
 
 でも、音楽のこと全体を考えたら、60年代末あたりから70年代くらいのほうがずっと豊かだったかもしれない。打ち込みとサンプリングのループサウンドで埋められただけの音楽しか流れてこない世の中は息苦しい。
 
 昨日、普通のフォーンジャックを20個買うためだけのために秋葉原に行った。
 LAOXの楽器館で、なんとかというブランドのベース(5万2000円)を売っていて、一台欲しいなあと眺めていた。サンプラー買って、ベース音源で悩むより、本物の楽器を買ってしまったほうがずっと音楽的ではある。どうしても弾けなかったら、ゴンタのサウンドバンクにベースの単音をどかどか入れたセットを一つ作り、HDRの1トラックをベースに割り当てて入れちゃえばいいんだし。
 
 道具は贅沢すぎるほど揃ってきた。あとは作品を作るだけ。


98/02/08

 PC−MIDI24は3万円で引き取られていった。査定に来た楽器屋の社長が音のよさに驚いていた。普通なら難癖つけて下取り価格を低くするところなのに、思わず「こんな音のいいスタジオは久しぶりですねえ。この卓の音、私は好きですねえ」と本音を漏らす。
 卓の音じゃなくて、モニターの音なんだけれどね。卓を通さなければもっといい音なんだから。
 査定のときにきちんと張った音を出してくれたPC−MIDI24はけなげじゃ。なんか、長年連れ添った女房を女衒にはした金で売り飛ばした飲んだくれ亭主みたいな気分になり、落ち込む。
 卓がなくなった四畳半は文字通りぽっかり穴が空いたようだ。
 アナログ時代の終焉を感じる。でも、これでO2-Rのほうが音が悪かったなんていったらショックだな。

↑PC−MIDIが引き取られた後のタヌパックスタジオ。寂寥感(?)が漂う。


 ……と書いていたら、変な宅急便が届いた。
 宅急便のおじさん「重いですよ」と言って渡してくれる。ちょうど本くらいの大きさだから、献本かなと思ったら……狛犬倶楽部の大須赤門社長から。
 送り状には中身は「石」とある。??
 「〜さて本日、日頃の感謝の意を込めまして、御地では珍しいかと存じ、お気に召していただけますかどうか分かりませんが御影石のマウスパッドを送らせていただきました。〜」
 
 ぬわんだと〜? これ、マウスパッドなのかよ。縦244ミリ、横194ミリ、厚さ19ミリ。

↑これが御影石マウスパッド

 
 「近所の石屋さんに頼んで作ってもらいました。墓石と同じ材料で作ったわけで、夏はひんやり気持ちいい。マウスの転がりもいい。ゴミも着きにくい。何より「変わりもの」が好きな方にはもってこいのパッドです。しかし、今の時期はちょっと冷たいです。」
 ちょっとどころか、物凄く冷たい。でも、こりゃあ嬉しい。変なモノが好きな性格をしっかり見抜かれている。


98/02/10

 スタジオは相変わらず地獄状態。ケーブル地獄。まだまだかかりそう。
 
 全部結線をやり直しているので、頭が混乱している。少しでも使いやすく、シンプルに……と考えているんだけれど、えーと、この出力がフォーンのアンバランスで−10dbで、それがTRSの3極プラグでインサートされて、これは最初からつないじゃえばいいのかな? ん? そうすると他のを割り込ませるときどうなるんだ? あれ? これは違う端子じゃないか……これ、どこにつなぐんだっけ? ン……?? ……なんて調子で、5分くらいじーっとケーブルの山を眺めていたりする。
 エフェクター関連だけの結線準備に丸2日かかってしまった。電源増設からやらなきゃならなかったから。
 いつになったら音が出るんだろう。今日くらいにはとりあえず卓を置けるかな。その前に通路を確保しないと運べない。

↑最終的にはこの5倍くらいのケーブルの山になり、まさに足の踏み場もなかった。


 半田づけは何百時間やってもうまくならないなあ。

98/02/12

 O2-Rの結線、ほぼ終了。5日かかったことになるのかな?
 D-160との結線は光ケーブル4本(8チャンネル分で1本。入出力で合計4本)で済むから楽。でも、O2-Rの説明書にはデジタル入出力のワードクロック設定をしなければならず、MTR側をマスターに、O2-R側をスレーブにすることと書いてあるのだが、D-160のほうの解説書には、D-160は外部同期しかせず、自動的にスレーブになるようなことが書いてある。実際、D-160をマスターとして使おうとO2-Rを設定するとWrong Wordclockというエラーメッセージが出る。
 フォステクスに訊いたら、やっぱりO2-Rをマスターにしていちいち設定しなければならないのだとか。
 
 スタジオの新装にあたり、どーーしても使いそうもない機材をそっくり処分した。
●FOSTEX model3070(2chコンプ/リミッター)
●MAXON DM-1000(デジタルディレイ)
●KORG DRV-1000(デジリバ)
●VESTAX DEX-811(エンハンサー)
●KORG KME-56(5chグライコ)

 最後の2つは、前に脚本家の小中千昭さんとこからもらってきたもの。
 くれるというと、なんでも貰ってくる悪食のわたし。しかし、さすがにエンハンサーは今後も絶対に使わないだろうし、グライコももう1台ある(それもまず絶対に使いそうもない)からいいや……という判断。
 02-Rには質のいい2系統の内蔵エフェクトがあり、それとは別にダイナミクス系プロセッサーと呼ばれるコンプ/リミッターもついている。そもそもこれで十分かもしれない。
 
 掲示板にUPして30分で千葉在住の人がまとめて引き取りたいと言ってきて、昨日、さっそくクルマで取りに来た。
 その後も「まとめて5000円で買います」「ちゃんとお金を払うから私にぜひ」とか、10人くらいからメールが来たので、慌てて掲示板から削除。
 なんぼなんでもこれらの機材(貰い物も入っている)で金は取れない。
 
 結局、最初の千葉の人には、オマケでローランドMC−600mkII(シーケンサー)、AKAI XE-8(ドラム音源。つい最近まで使っていた8パラアウトの優れもの。拡張音源カードつき)、KORG P-3(ピアノ音源。ベースとエレキギターの音源カードつき)なども一緒にあげた。このへんはまあ、楽器屋に言えば全部で数千円くらいは値が付いたかもしれない。
 プロカッションとプロテウスは売らないことにした。商業音楽の仕事がたまに入るかもしれないし、そういう場合、プロカッションのプリセットは即戦力になる。
 自分の音楽では絶対に使わないゲートばりばりのバスドラとか、リバースかけたスネアとか、ヒップホップ系のド派手な音が丸ごとセットされている。そういう仕事では、僕はまったく個々の音色にはこだわらない。セットされたまま使っちゃえばいい。
 
 さて、この新しいシステムをスムーズに使いこなせるのはいつの日か。
 まだ、オートフェーダーがぴゃっと動く度にびっくりしているような状態。
 


98/02/14

 結線ミスが続々発覚。直している端から別のところで断線したりして、今日もまた半田づけは続いたのだった。
 パッチベイ2つ、チャンネルセレクター1つ……コンセントだけで50口以上はある機材のあらゆる入出力(デジタル、アナログ含め)を凝りに凝って結線しているわけで、どこか1箇所で漏電していると、全然別の場所で思いもかけないような音切れやノイズが出る。ミキサーの出力が片側だけときどき出なくなるので調べていくと、全然関係なさそうな、DATその2の入力の部分が漏電していることが原因でセレクターが誤動作していたりする。ケーブルもつぎはぎだらけだから、原因究明は下手なゲームよりずっと難しい。
 プログラムのバグフィックスに似ているかも。これに3、4日たっぷりかかる。
 
 それはそれとして、デジタルミキサーというのは、もしかしたらアナログミキサーとは似て非なるものなのかもしれない。巨大な用途限定パソコン。アナログミキサーはそういう部分は一切なくて、巨大なボリュームとスイッチの集合体。
 
 音は心配していたよりはずっといいみたい。素直な音で、デジタル特有の音痩せもあまり感じない。なにより、ノイズというものが皆無というのが凄い。

 この卓購入騒動の発端になったG社の録音の仕事は、その後、「音楽がおとなっぽすぎる。もっと子供がのれるような……」とかうだうだ言ってきたので、「じゃあ、全部引き上げます」と言って降りてしまった。
 ケツまくった後、なぜ世間並みに辛抱して「金のための仕事」をしないのだろうと、自分で自分が嫌になる。情けない。

 結局、「バグフィックス」にはたっぷり4、5日かかってしまった。モニターアンプ(NEIMオーディオのNEIT2という小さなプリメインアンプ)の入力が今時なんとDINなのだが、これの結線を今までずっと間違えていたことが発覚(なぜ音が出ていたのか不思議。きっとシステム全体でアースループしていたんだな)。加えて、自作パッチベイを介したDATへの入力ケーブルが漏電していて、ここでも音声信号がショートしていた。
 その他、新たな結線ミスもあったりして、もう大変。
 でもようやくまともに音が出るようになった。
 音はなかなかのもの。使い込むに従って「ほおーー」と感心していくこと間違いなし。
 あとは音楽の中身だなあ。今年はバリバリ作るぞーと。


◇1997年2月26日

「グランディア」を貶す


 正月に買った『グランディア』というゲーム(セガサターン)を大分前に終了したのだけれど、とてつもなく退屈なゲームであった。
 何が悪いって、シナリオがひどい。背景に世界観が見えてこない。作者の底の浅さが耐えられない。知性も教養も感じられない。
 要するに、「バトルをするためだけの筋立て」なんである。
 もっともらしく「新しい世界を築く」とか「テーマは冒険」とか掲げているのだが、作者に哲学がないから、結局は手垢の付いた「RPGとはこういうものだ」という手法に終始している。

 セガはこのゲームの売り上げにサターンの存亡をかけたらしい。その結果がこれじゃあなあ。
 『天外魔境』もサターン版はひどく手抜きだった。どうもサターンはRPGとは相性が悪いらしい。
 
 今にして思えば、ハードとしては大失敗だったけれど、PCエンジンって、なかなかいいソフトがあった。技術的にはえらくシンプルな『桃太郎外伝』とか、読込速度が遅くて大変だった『聖竜伝説モンビット』とかも、この『グランディア』よりははるかに物語がきちんとしていた。
 さらに振り返れば、MSXの『シャローム』なんてのは大傑作だった。まだハード環境が整っていなかったから、カセットテレコにデータをセーブしながらしこしこ進めたものだけれど、ゲームを終えたときの満足感は『グランディア』の100万倍あった。
 
 スーファミ版の『マザーII』なんかも、結構よく書けていた。最後のボスキャラは、どんな武器を使っても、どんなにバトルのレベルを上げても倒せない。
 バトルだけやってきたゲーム少年たちは、闘う以外の方法(まだやっていない人が万一これを読むとしらけるので、一応伏せておく)に気づかない限り、このゲームを終えることはできない。
 僕は昔から「バトルのないRPG」ができないものかと思っているのだが、『マザーII』はバトルはあっても、それだけじゃだめなんだよという要素を入れたところに多少の工夫が見られる。糸井重里もちゃんと考えているわけだ。

 PCエンジン版『天外魔境』シリーズには一貫して現代文明批判の精神が流れていた。
 例えば、工業都市では安くて攻撃力の高い武器を売っているのだけれど、それを身につけて闘っているとすぐに壊れる。つまり、大量生産品は外見はよさそうでも寿命が短いという皮肉が込められている。
 敵キャラもそれぞれ、なぜ怪物になってしまったのかという過去の哀しい物語を背負っている。場所や時代考証なんかでも、非常に深い知性が滲み出ている。モンスターの名前一つとっても、古典文学や歴史の教養がないとつけられないようなセンスがキラキラ光っている。

 それに比べ、『グランディア』の底の浅さはなんだろう。
 敵は敵であり、問答無用で倒していく。「悪しきもの、この世から去りなさい」とかで片づけている。「悪しきもの」ってなんだよ? その脳天気な二元思考をそのままにして「新しい世界」なんか築けるはずがないじゃないか。
 誰にとっての「悪しきもの」なのか、どういう意味での「悪しきもの」なのか、何も考えてない。ジャングルや砂漠に生息するモンスターたちにとっては、人間こそ「悪しきもの」である。
『桃太郎外伝』には、狸たちが,人間が勝手に山を切り崩していき、自分たちの生活圏を侵していくことを訴えるというシーンがあった。
『天外魔境・カブキ外伝』では、エコロジーそのものが隠しテーマだった。
しかし、『グランディア』には見事になーーんにもない。
 ネーミングのセンスもひどくて、主人公の少年がジャスティン(ジャスティス
「正義」のもじりなんだろうが)、怪物がガイアってんだもの、あーあ。ガイアって言葉の意味、分かって使っているのかな。

 男と女の話という面でも、主人公の男のほうが旅の途中で女を乗り換えて、捨てられたほうの幼なじみも「二人とも頑張って旅を続けてね」とか言って引き下がり、後で笑顔で二人を出迎えるとかいう最悪のシナリオ。ご都合主義もいいところ。
 しかも最後は二人がガキを何人もこさえて幸せになりましたって……この人口問題で悩んでいる現代に、あまりにも前近代的な幸福感を押しつけてくる。

 絵や音楽はそこそこよくできてはいる。『ファイナルファンタジー』シリーズよりは馴染めた。でも、なにせ肝心のテーマが空疎なのだ。
 RPGの目的は、そのゲームが投げかける世界観に浸ることだと思う。ただ膨大なバトルを続けさせるためだけにてきとーな話をだらだらと続けているなら、格闘ゲームと変わりない。やればやるほど徒労感が残る。

 しかし、Nifty-Serveの「グランディア特設会議室」あたりには「鳥肌が立つくらい感動した」なんていう書き込みがいくつも出てくる。世の中そんなものかと、がっくりくる。これじゃあ、いくら面白い小説を書いたって売れないかもしれないなあと思えてきて。
 決まり切った殺人パズルを繰り返し読むことに安らぎを覚える人たちがたくさんいるように、バトルを繰り返して経験値を上げて……という作業に精を出すだけで満足するゲームファンが多いのだろうか?
 
 こういうのに比べると、宮崎駿って凄いなあと、改めて感じるのだった。



↑春めいてきましたね。近所の風景

 

■デジカメを買った


98/03/17

 あんな玩具は買わないと言っていたのだけれど、ついにデジカメを買ってしまった。
 デジカメは、性能と価格の折り合いというのが難しい。印刷した場合、まだまだデジカメは粗が目立つし、銀塩写真(アナログ写真のことをデジカメに対してこう呼ぶのが通なんだとさ)には到底及ばない。それに、そんなことしたらファイルサイズがでかくなりすぎて、デジカメ本来の即時性や手軽さが楽しめない。
 で、印刷するのは従来通りアナログカメラ+スキャンでやるとして、網頁用やメール添付用、ちょっとしたメモ用に、35万画素のモデルでいちばんよさそうなのを買うことにした。
 でも、常時ピンボケの素人臭い写真では満足できない。ディスプレイ上に映し出したときに、それなりのクオリティを確保できる機種ということで選ぶ。
 パナソニックの物凄く小さいやつ(名刺サイズ)というのがあるんだけれど、小さすぎてやっぱりピンボケ気味らしい。要するに、同じ35万画素でも、レンズの性能やCCDの性能が違うらしい。カメラメーカーのほうがそのへんは技術がしっかりしているということかな。
  
 もう一つは記憶メディアの問題で、従来の内蔵フラッシュロムだと、PCに転送するのにシリアルケーブル(Comポート経由)を使うから、かなり時間がかかる。
 今の最先端はスマートメディアというやつで、これは2センチ角くらいの薄いカード。これをPCIカードに装着してノートパソコンのスロットに入れると、瞬時に新たなドライブとして認識する。物凄く楽。パソコンの大きな画面で確認して、いいやつだけHDDにコピーするということもできるし。

 最後は操作性。なるべく普通のカメラに近い感覚のほうが使いやすそう。
 
 で、フジのDC−20というのと、オリンパスのC-420Lというやつがバランスよくまとまっているという評判。店頭で見た感じと価格から、オリンパスのC-420Lを購入。ヨドバシで2万7000円くらいだった。スマートメディアをPCIカードスロットに差し込むアダプター(ハギワラ)込みで、3万5000円くらい(消費税込み)。

 使ってみると、操作感覚は普通のバカポンカメラと同じ。見た目もまったく変わらない。(カメラの外見を紹介しようと思ったのだが、デジカメでデジカメを撮影することはできないと気づいた)

 こりゃ楽しいわ。即時性というのはかくも偉大なものかと痛感。
 
 で、いろいろ実験してみた結果、やっぱり標準モードはちょっと物足りない。高画質モードで撮影して、後から半分くらいのサイズに縮めて、PHOTOSHOPでアンシャープマスクをちょこっとかけてやるというのがいいみたい。
 これからは日記も極力画像入りにしましょう。

↑タヌパックスタジオの左半分。小中千昭さんからもらったイタリア製の椅子が立派に見えるでしょ。でも、もうちょっと掃除せねばな。


↑さっき、書斎にて。逆光補正にストロボをたいているのだが、光量が足らない。



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