日記 03/08/16 の9

大地の芸術祭2003探訪 その9

饒舌な金物店


『饒舌な金物店』(大阪教育大学星ゼミ)という作品も、同じように物体に文字を書き込むという発想のもので、それ自体は面白くないのだが、舞台に選ばれた元金物店(3年前に閉店)そのものが興味深かった。
饒舌な金物店
この金物店、3年前に閉店しているということだが、店の中は営業していた当時のまま放ったらかされていて、単に表の看板を中に入れただけの状態。
棚に陳列されている商品もすべて本物。古くなり、埃を被っているが、そのまま売れるものばかりなのだ。
ポットの箱を開けてみたら、ちゃんと中身はポットだった。
それが、こういう状態で開放されている。
金物店
店の奥は住居としてまだ使われているらしくて、覗き込むと、女主人らしき人物が座って針仕事のようなことをしていた。
しかし、店内を見ている人は誰もいない。ほしいものがあればどうぞ持っていってくださいなという状況(もちろんそれは勝手な解釈で、そんなことをしたら立派な窃盗だが)。
店を閉めた後、店内の商品を整理する気力もなかったに違いない。
そこに芸術祭の話を持ち込まれ、「ああ、店に残っている商品はなんでも勝手にいじっていいよ」と応じたのだろう。
白く塗られた商品の分、代金を支払ったとは思えない。このなげやりな雰囲気そのもののほうが気になって、アート作品よりも、店の歴史や残っている家族の生活に思いをはせてしまう。
もしかすると、それがこの作品の計算なのか?
金物店の奥
店の奥には、ボルトなどの金具を置いた整理棚があり、商品もそっくり残っている。
大きなボルトのいくつかは白く塗られ、会話の一部がプリントされているのだが、残った金具類は全部商品として使えるのだ。
う〜〜〜ん。すごい状態だ。
都会ではちょっと考えられない。雪国の開けっぴろげな風俗が如実に現れている「展示物」ですね。

帰り道、普通の商店の軒先で、おじいさんに「麦茶飲んでって」と捕まった。
ベンチに腰を下ろすと「ミニトマト、食うか?」と、店の裏側に消えて、数分後、掌に直にミニトマトを持って戻ってきた。器も何もなし。
山頭火ではないが「器がない両手で受ける」状態。
ミニトマトをごちそうになりながらちょっと話をした。
2000年のときはもっと盛大にやったんだとか。今回はこれでもずいぶん規模が縮小されたと言っていた。
縮小されてこれなのだから、2000年のときは相当気合いが入っていたのだろうなあ。
3年ごとに夏の間ずっとプライバシーなしで家を開けっぴろげ状態。すごいなあ。

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