たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2002年3月21日執筆  2002年3月26日掲載

「風俗」って何?

前回の「ローマ字が書けますか?」でも触れたのだが、日本という国は、言葉や文字の取り決めに関して非常にいい加減なところがある。
中でも、既存の言葉が知らないうちに変な意味になっていき、社会的にも「なんとなく」認知されている現象がとても気になる。

例えば「風俗」という言葉。国語事典にはこう出ている。

【風俗】(1)衣食住・行事など、その社会の生活上のしきたり。「──画」
(2)風紀。流行。「乱れた──」 (集英社国語事典より)

そう。風俗というのはこういう意味だったはずだ。でも、今「風俗」という言葉を聞いてイメージするのは、セックス関連産業(こういう言葉もどうかと思うが)というかたも多いのではないだろうか。お上も「改正風俗営業法」(新風営法)などという法律を作っているくらいで、少なくとも「風俗営業」という言葉は完全に認知・定着してしまっている。
国語事典にも、

風俗営業 待合・飲み屋・キャバレー・パチンコ屋・マージャン屋など、客に遊行や射幸的な遊びをさせる営業の総称。

という説明がある。しかし、一般にはパチンコ屋やマージャン屋など「射幸的遊び」をさせる店を「風俗店」と認識している人はほとんどいないように思う。

つまり、風俗という言葉は、「社会生活上のしきたり」という本来の意味の中の、ごく一部の「風俗」のみをさすようになりつつある。あと十年もすれば、本来の意味は消えてしまうかもしれない。

こんな風に、言葉がおかしな方向に定着する現象は、なぜか「性風俗」関連の言葉に多く見うけられる。といっても、「お茶をひく」とか「潜望鏡」とか「花びら回転」なんていう業界専門用語のことではない。一般に使われ、定着してしまった言葉のことだ。
今回はそんな「言葉」をめぐる不思議現象について、ちょっと雑談をしてみよう。


【トルコ→ソープ】
今、ソープランドと呼ばれている業種は、1984年までは「トルコ風呂(略して単にトルコ)」と呼ばれていた。今でも年輩の人には「トルコ」と呼ぶ人が結構いるし、芸能界では例の逆さ言葉で「るーとこ」と言う人も多い。
トルコ風呂がソープランドという名称に代わった経緯は、一種劇的だった。
詳細な経過が、某現役ソープ嬢がまめに取材して書いているサイトに詳しくのっている。
ちなみに、この手の「現役○○の~」というのはインチキが多いのだが、このサイトは多分本物だと思う。ゴーストが書いていたとしても、その取材の真面目さは脱帽もので、「以前私の取材に応じてくれた某生活安全課(当時の保安課)の職員氏はとても生真面目な方で、性風俗産業が暴力団の資金源になることや青少年の健全育成の妨げになることを本気で案じていました。しかし、近い歴史を紐解いても、赤線政策を強力に推進したのは当の警察なわけで(1945年8月の進駐軍慰安所設置命令は各地の警察署長が出しているんです)売春防止法を制定させただけで精一杯だったようです」なんていう記述があちこちにあって、思わず引き込まれてしまう。

トルコ→ソープへの劇的な転換を、簡単にまとめるとこうなる。

トルコ共和国から留学生として来日していたヌスレット・サンジャクリという学生さんがいて、1981年から83年まで、東大地震研究所で地震測定の研究に従事していた。
彼の下宿は新宿にあり、自分の生まれた国の名前が、「とんでもない商売」の名称として定着していることを知って愕然とする。こんな屈辱は耐えられない。別の名前に変えてほしいと、当時の厚生相・渡部恒三に直訴した。
ちなみにトルコにある「トルコ風呂」は「ハマム」といって、一種のサウナ風呂。高級店にはマッサージ師も常駐しているが、男性客には男性の、女性客には女性のマッサージ師がつく。間違っても新宿歌舞伎町や川崎堀之内にあるような「特殊なお風呂屋さん」ではない。
サンジャクリさんの訴えは、多くのマスコミに取り上げられた。援護射撃として、当時のトルコ共和国大使館文化広報参事官イルハン・オウス氏も、積極的にテレビ出演したりして「トルコ風呂」という名称の改称を訴えた。これが1984年初秋のことだ。

このときのことは僕もよく覚えている。トルコ人青年が直訴したという話題が出てから、新名称「ソープランド」が決まるまでの時間が短く、また「民間主導」であったことが非常に印象的だった。
当初、本当にそんなこと(名称の変更と定着)ができるのだろうかとみんなが訝っていたが、東京都特殊浴場協会が「新名称募集」の記事をスポーツ新聞などに掲載したことで一気に動き始め、同年の12月19日には、トルコ大使館のイルハン・オウス文化広報参事官も列席して、赤坂プリンスホテルで「襲名披露記者会見」が行なわれた。
ちなみに「ソープランド」の名付け親は24歳の会社員。多分、他にも同じ名称を応募した人はいたのだと思うが、公式発表ではそうなっている。生きていれば(おいおい、殺すなよ)今42歳前後。子供に「お父さんは、ソープランドの名付け親なんだよ」と自慢しているかもしれない(なわけないか)。

すでに定着している日本語を、日本人が自らの意志で「変えよう」と動き、実際に成功したというケースはかなり珍しいのではなかろうか。国鉄がJRになったとき、国電の愛称を公募して、それを何人もの「文化人」が審査して決めるというのがあったが、鳴り物入りで決まった「E電」は、まったく定着しなかった。
「職安→ハローワーク」「農協→JA」なんていうのは、その組織の上で勝手に決めて、結果を押しつけただけのことだから、「トルコ→ソープ」の例とは違う。

しかし、「ソープランド」で本当によかったのだろうか。「石鹸の国」である。どこかの町が町おこしの一環として、「わが町では合成洗剤は一切使いません。すべて石鹸を使うことを宣言します。今日から○○町はソープランドとなることを宣言します!」なんて言えなくなってしまった。石鹸使用推進派の僕としては、ちょっとひっかかっているのである。
そうそう、「トルコ」は死語になったが、実は今でも「ホテトル」「マントル」という言葉の中に生き残っている。「ホテトル嬢殺人事件」なんてふうに。

【ファッションヘルス】
ファッションは「流行」、ヘルスは「健康」である。「流行健康」……お腹に変なベルトを巻き付けて、腹筋200回の効果! なんていうものを連想しそうだが、そうではない。
この業界に詳しい田中夏織さんのサイトによれば、

新風営法、風俗関連第5営業店。個室マッサージとして認知を受けた業種。営業権は持つが、東京都条例のように、新しくお店を出すことが出来なくなっている地区も多い。だからリニューアルオープンとか新規開店、姉妹店などを作ってごまかしたりする。
「個室において、異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務を提供する営業」のことである。ソープやストリップとは違う、新手のセックス産業。


と定義されている。
定義はまあこれでいいとして、この「ファッション」の用法、誰が最初に使い始めたのだろうか。どうも、80年代に登場した「ノーパン喫茶」が一大ブームを巻き起こしつつ定着したあたりで、「いくらなんでもノーパンではお下劣すぎるよなあ」と考えた経営者か何かが、苦し紛れに「ファッション喫茶」と言い換えたのがきっかけらしい。
以後、ファッションマッサージ、ファッションホテルなどなど、「ファッション」は「詳しく説明するのがはばかられる」意味を内包する便利な冠としてどんどん使われることになる。
おかげで、「ファッションクリーニング」などという看板を見ただけで、「えっ、こんな住宅街の真ん中に?」などと一瞬ぎょっとしたりする始末(それはおまえだけだろって? うっ……)。

面白いことに、ピンクサロンは、今なお「ファッションサロン」とはあまり言わない。外務省の官僚たちも接待されていた特殊なしゃぶしゃぶ屋さんも「ファッションしゃぶしゃぶ」とは言わない。インターネット上のエロサイトも「ファッションサイト」とは言わない。

「ヘルス」のほうも、すごく引っかかる。「昨日ヘルス行ってきたよ。あー、さっぱりしたぁ」「へえー、どこの?」なんて会話が聞こえてきたら、思わずドキッとして声の主を盗み見てしまうだろう。昔、「船橋ヘルスセンター」なんてのがあったけれど、あれは「新風営法、風俗関連第5営業店」の集合体ってわけでは、もちろんなかった(チョチョンノパっていうCMソングは十分怪しかったが)。
ヘルスでドキッとしてしまうなら、あちこちにある「○○健康ランド」の類も、入るのにいちいちドキドキしなければならなくなる。

最近は「ファッションマッサージ」のほうが言葉としてはちょっと優勢かもしれない。地方で「マッサー」という看板を見たことが何度かある。関西や東北の一部だったと思う。
マッサー!
これまた、とてつもなく違和感のある響きだ。もの悲しいような、煤けたような、脂ぎったような、結核菌が巣くっているような、国籍不明のお姉さんが無表情で働いているような、レイバンのサングラスにコーンパイプを加えたおっさんが出てきそうな(それはマッカーサー)……。しかしまあ、こう縮めてしまうと、「普通の」マッサージとは別の何かだということは分かるわね。確かに。

【買春】
「かいしゅん」と読む。湯桶(ゆとう)読みってやつだ。
売春(ばいしゅん)に対して、客の側の行為を明示する言葉としていつのまにか定着してしまった。ATOK14でも一発変換した。

この言葉は、お上が定着させた。
1997年に東京都が発令した「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例(平成9年東京都条例第75号)」という条例の中に、「第三章の二 青少年に対する買春等の禁止」という項目がある。「かいしゅん」という言葉は、このとき初めて公的に使用されたのではないだろうか。
その後、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(平成11年法律第52号)」という国の法律が制定されて、政府もこの単語を追認した。

かいしゅん……少なくとも、このような言葉はもともと日本語にはなかったはずだ。売るほう、買うほう両方含めた言葉として「売買春(ばいばいしゅん)」という言葉は使われていたし、買う側の行為をさす言葉として「買春」も使われ始めてはいたが、読み方は「ばいしゅん」だ。
細かいことをどーのこーの言うつもりはないのだけれど、「かいしゅん」と読ませるセンスがどうにも理解できない。「回春」という言葉とも混同しやすいし。
売買は「ばいばい」だ。訓読みしたければ「売り買い(うりかい)」という。麻薬の売人(ばいにん)という言い方があるが、買うほうは麻薬の買人(かいにん)とでもいうのか?

【ヘアヌード】
この言葉が通じるのは多分日本だけだろう。英語的に意味をなしていないのはもちろんだが、陰毛が写っているヌード写真をわざわざ「ヘアヌード」と呼んでいる日本人、日本の文化程度って、すごく恥ずかしい。

ヘアヌードに関しては、言葉のいい加減さ、恥ずかしさよりも、日本での「解禁」のいい加減さがとても気になる。
つい最近まで、日本国内では、陰毛が写っている写真はすべて「猥褻物」であるとして刑法175条のもとに処罰の対象とされた。

刑法第一七五条 わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処する。販売の目的でこれらの者を所持した者も、同様とする。


この法律は、「猥褻」とはなんぞや? という定義が曖昧なので、いつもトラブルの種になってきた。最近の例で言えば、「メイプルソープ事件(メイプルソープ写真集税関検閲違憲訴訟)」と呼ばれているものがある。
ニューヨーク・ホイットニー美術館で1988年に開催された、写真家ロバート・メイプルソープの回顧展におけるカタログ『Robert Mapplethorpe』を個人的に持ち込もうとした人が、税関で「猥褻物である」とされ、没収された。これを不服として裁判に持ちんだもの。
原告側は、世界的評価も高い芸術家の回顧展カタログを「猥褻物」とするとは何事か、そもそも税関検閲は憲法21条違反である、という主張を展開した。
しかし、1994年10月、東京地裁は国側の主張を認め、輸入禁止は合憲であると判決を下す。
原告側はすぐに控訴したが、1995年10月、東京高裁は再び原告敗訴の判決。
ついに最高裁に持ち込まれ、1999年2月、最高裁判所は上告を棄却。
……という流れになっている。

この裁判の間に、日本では陰毛は完全に解禁されてしまった感がある。ご存じのように、今では駅の売店でさえ、陰毛が写った写真を掲載した週刊誌を売っている。
刑法175条が改正されたのかというと、そんなことはない。では、何を根拠に、いつから、誰の権限で、「ヘアヌード」は日本国内で解禁されたのだろうか?

法律家や役人は「猥褻の判断基準が変わっただけ」などという説明をする。あるいは、「行政規則」が変わったのだともいう。
行政規則というのは、行政機関の内部で発せられる告示、訓令、通達などと呼ばれる命令一般のことらしいのだが、これも極めて理解しづらい。
こうした「行政規則」は、公開すらされないことも多いらしい。刑法175条の適用基準が変わったのであれば、それを「通達」したのは警察機構の上のほうなのだろうな、ということくらいは想像できる。でも、具体的にどのへんが決定したのかは分からない。
道府県警の本部長? 警視総監? 警察庁長官? 国家公安委員会? それとも内閣?
そのへんのことがうやむやなまま、気がつくと陰毛は事実上解禁されていた。何月何日を持って解禁するという発表があったわけでもない。それでいいのだろうか? それまでに陰毛の写った写真を掲載したとして処罰された人々はどうなってしまうのか? 出所も内容も根拠も曖昧な「行政規則」によって、実際に国民が処罰されたりされなかったりするのではたまったものではない。

「メイプルソープ写真集事件」は、実はこれで終わってはいない。アップリンク社が、オリジナルの写真集(ランダムハウス社刊)をもとに、1994年11月に日本国内で販売をした。この写真集は、ちゃんと国会図書館にも所蔵され、誰もが閲覧可能になっているという。
版元社長が、発売した写真集を1999年9月にアメリカに持ち出し、そのまま持ち帰ったところ、税関はこれを「日本国の風俗を害する」ということで輸入禁止とした。
国内で販売できる写真集を、なぜ税関が没収するのか? 当然、誰もがそう思うだろう。
税関への異議申し立て、大蔵省への審査請求なども通じなかったため、版元社長は2000年9月に国を訴える行政訴訟を起こした。
結果、今年1月29日、東京地裁は、東京税関の処分を取り消して、国に対して原告に賠償金70万円を支払うように命じた。

実はかつて僕は、自分が設置したWEBサイトで陰毛を大公開したことがある。
陰毛が写っている黒い画像の一部を数ピクセル四方に切り抜き、その小さな画像をページの背景として敷き詰めたのだ。
なんか細かな模様があるようなないような、真っ黒な壁紙になった。黒いカシミヤの織物のようなテキスタイル効果を狙ったのだが、実際、結構シックで、格調高い出来映えだった。
これって、やはり刑法175条に触れるのだろうか?
陰毛は、肉体の一部として認識されて初めて陰毛と分かる。陰毛の部分だけをトリミングして、ページの全面いっぱいに引き延ばした写真は猥褻物になるのだろうか?
今は陰毛では処罰されないらしいから、性器でもいい。陰茎や陰唇の一部分をページいっぱいに引き延ばした写真(さて、これは一体なんでしょう? というクイズみたいなものになるはず)は猥褻物として摘発されるのだろうか? (出版社のみなさん、実験してみません?)


……とまあ、どんどん話が脱線していきそうなので、このへんでやめよう。
言いたいのは、知らないところで言葉の使用法や法律の運用が勝手に行われているのはまずいのではないか、ということだ。
なんとなくそうなっている、知らないうちにそうなっていた……ということの積み重ねは、いつしかとても怖ろしいところに行き着くだろう。ちゃんとやろうよ、日本国。
三嶋神社の狛犬

■「ええっ!?」 (千葉県館山市・三嶋神社の狛犬) 写真:鐸木能光







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