たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2004年8月13日執筆  2004年8月17日掲載

高すぎる/安すぎる

毎年、8月は越後(魚沼地方)で過ごしている。
東京の暮らしとの大きな違いは物価だろうか。ほとんどのものは東京より安い。
食べ物もおいしい。
例外はパンで、これだけはたまにおいしいパン屋を見つけても、値段が安くない。

地方では、このところ駅前を避けて、地価の安い郊外に大型店舗を出店する動きが活発だ。
一店が出店すると、その隣りにまた別の大型店が出現し……街の中心が、駅前から郊外に移転していく。
おかげでもともとあった駅前商店街などはどこでも「シャッター通り」化してしまった。

郊外のショッピングエリアには、全国展開しているチェーン店(大型スーパーや衣料品店)も並んでいるが、東京近郊で見る同じ店よりも値段を下げているように思える。
先日、洋服の○山でTシャツ4枚、ワイシャツ1枚、パンツ(下着の)1枚を買ったが、レジで支払った金額の合計は360円(税込)だった。500円玉1枚を出して、お釣りが140円。
1枚40円(税込)のTシャツをていねいに折りたたんで紙袋に入れてくれたが、その時間の長く感じられたこと(いたたまれないのよ~)。
もちろんこれはバーゲン品で、まともな値段の商品もたくさん並んでいるのだが、同じ建物の同じフロアの隣が100円ショップということもあり、こうした価格破壊商品も並べないと人が寄りつかないのだろう。
しかし、これは日本のあちこちに「アジア」が出現しているようなものだろう。こうした価格で売られている商品のほとんどは中国をはじめとしたアジア諸国で作られたもの。国内工場で作った製品をこんな値段で売れるはずがない。安くて助かるけれど、なにかとても不自然なものを感じる。

そういうのとはあまり関係なく安いものも多い。
回転寿司屋はどこも東京より安くてうまい。1皿100円以下のネタもあるので、腹いっぱい食べても、なかなか1000円に達しない。魚介類の輸入にもいろいろ問題はありそうだが……。
肉や野菜などの生鮮食料品も総じて安い。
野菜は近所の人たちがよく持ってきてくれて、ただでさえ食べきれないのだが、他にもドライブをしているとよく無人売店に遭遇するので、そういうところでおいしいトマトやトウモロコシ、茶豆などを100円だの50円だので買ってくることもある。
これは「経済」として成り立っていないから安いのだろう。100円で野菜を売っている農家が、これで生計を立てられるわけではない。
ひたすら感謝の気持ちで食す。

一方、なんじゃこりゃ、と呆れるほど高い値段を付けている商売がある。リサイクルショップだ。
土地が余っているせいか、あちこちにかなり大型のリサイクルショップがあるのだが、どこも常軌を逸した値段を付けていて呆れてしまう。
家具や家電は、新品を大型店で買ったほうがずっと安い。
例えば、3世代前の中古デジカメを3万円、4万円で売っている。そのシリーズの現行商品でさえ普通に新品が2万円台で買えるのに。知識がないとしか言いようがない。
クルマの再生部品をズラッと並べているコーナーもある。○年型スカイラインのバンパー、なんていう大きなパーツが並んでいる光景は面白いが、やはり値段が高い。ネットオークションで探せば、どれもこの半額以下で見つかるだろうと思えるものばかりだ。

思うに、これは土地代よりも人件費の壁だろう。品物を査定して店舗に並べるためには経験のある人間が動かなくてはいけない。ほとんど客が来ない平日でも店番は必要だ。その人件費が高くつく。
地方は、中古品市場を作りだすエネルギーと潜在能力を秘めているが、人件費だけは別で、むしろ都会より高かったりする。
ネットオークションという市場は、ある意味、人件費を無視した市場なのだと思う。個人レベルで出品している人たちの多くは、それが本業ではなく、勤めから帰った後や畑仕事を終えた後に、ネットにつなぎ、副業としてやっている。品物の管理や発送の手間などをまともに労働価値として計算し、値段を付けてはいないように思う。だからこそ店舗を構えたリサイクルショップとの価格差が歴然と出る。
地方の商店がネットオークションを使って注文を増やしているケースも多いが、これとて、恐らくはネットショッピング専用のスタッフを揃えているところはわずかで、店主が店番をしながらパソコンとにらめっこしているような図が想像できる。つまり、従来より労働時間は増えているのではないか。

また、こうしたネットショッピングを支えているのは安価な物流コストだが、この分野のコスト戦争は限界点をとっくに超えているようだ。トラックドライバーたちの多くは、休日どころかまともな睡眠時間さえ得られず、毎日、過酷な労働に耐えている。原油価格も上がっているおり、これから先、過労運転による事故などが急増するのではないかと怖れる。

結局、景気は回復していると言うが、その裏で、労働に対する対価は、全体的に低下しているのだろう。
その歪みの結果が、高すぎる、あるいは安すぎる不健全な物の価格。これから先、うまくバランスがとれていく道は見つかるのだろうか。
……と、1着40円のTシャツに袖を通しながら考えるのであった。我ながら、疲れる性格だわね。


値札
■Tシャツにつけられた値札
これでいいの……?


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