たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2004年9月24日執筆  2004年9月28日掲載

「ミニ地球」幻想

WEBで調べ物をしていたら、こんなクイズに出くわした。

「0.1mmの紙を50回折ると、どの位の厚さになるか?」

50回折るのは大変だろうな、などと漠然と考えるが、要するに、1回折ると0.1×2=0.2mm。2回折ると0.2×2=0.4mm……と、50回やるわけだ。
僕みたいに数学に弱く、きれいな数式を書けない人間でも、電卓を50回叩いてみれば答えが出る。

閑話休題。
イラクは大量破壊兵器を持っているので危ない。「自由世界」の安全のためにやっつける……というのが、アメリカ政府の、イラクに攻め込む口実だった。それが、今頃になって「大量破壊兵器があるというのは間違った情報だった」と言いだした。
ああいう口実で無理矢理攻め込んだ以上、でっちあげで大量破壊兵器らしきものを用意し、「ほら、ここにあった!」とやるのではないかと思っていたのだが、そういうていねいな演出さえ放棄してしまったということなのだろうか。

先週、「何が起きているのか分からない、かの国」というようなことを書いたが、逆に今や、情報が発達した社会ほど事実が分かりにくくなっているのかもしれない。
例えば、J.F.ケネディ暗殺事件の真相は、「公式発表」されているものとは違うだろうと思っている人のほうが多いだろう。ダイアナ妃の自動車事故死も、裏に何かあったに違いないと思っている人は少なくないはず。みんななんとな~く「怪しいなあ」と思っていても、事実は結局分からない。

アポロ宇宙船は月に行っていないのではないか? 9・11で、実際にはペンタゴンに突っ込んだのは乗っ取られた旅客機ではなく別の飛行物体だったのではないか? 乗客がテロリストと戦った末に墜落したと言われている旅客機は、米軍の戦闘機に撃墜されたのではないか? などなど、巷ではさまざまなレベルの噂が出てきては、結局、なんとなくうやむやなままになる。こういう話は、テレビでもドキュメンタリーや報道番組ではなく、タレントをスタジオにいっぱい呼んで、わいわいがやがや演出するバラエティ番組でしか扱われないしね。

嘘は大きくついたほうがばれない、というのは昔からよく言われる。
例えば、研究者は政府からより多くの予算をもらうために、できるはずのない研究目標をぶちあげることがある。

1992年1月16日の新聞一面に
「自然界を"圧縮"した実験施設 『ミニ地球』建設 95年完成 科技庁が計画 青森県六ヶ所村に」
という記事が出ていた。
地球上の物質循環や気候変動を模擬したり、月面基地などの閉鎖系空間で人が自活できるシステムを研究するための閉鎖系実験施設「バイオスフィアJ」を作るのだという。
地球の物質循環というのは、最終的にはエントロピーを熱として宇宙に捨てているから成り立っているのであって、完全に閉鎖系にしてしまったら物質循環は成り立たない。地球は物質的にはほぼ閉鎖系だが(ロケットでものを打ち上げるとか、隕石が落ちてくるという例外を除けば)、熱に対しては開放系。熱を宇宙空間に捨てる仕組み(生態系や地球規模の水循環、空気の循環)は、気が遠くなるほど複雑で大規模。それが地球という星の神秘であり驚異。だからこそ我々は生きていられる。
完全閉鎖のドームで物質循環? なんだこりゃ? ジョークか? と思って読んだものだ。

その前年の1991年、アメリカでは「バイオスフィア2」という名前の閉鎖型生態系実験施設をアリゾナの砂漠の中に作って、閉鎖系空間の中でも人間は暮らせるだのなんだのという実験をして話題になっていた。おそらくその影響を受けたのだろう。
完全に密閉されたドームの中で生き続けられる生物などいない。植物が光合成をして酸素を出すから大丈夫とかいろいろ説明していたようだが、空気も水も一切出入りできないドームなら、植物も生きていけるはずがない。
この「ミニ地球」実験は、人が見ていないところでこっそりドアから食事を入れていたとか、空調ダクトが見えないところに設置されていたとか、いろいろな噂が流れた。
さんざん週刊誌ネタになったあげく、バイオスフィア2は、「自然の物質循環は、地球という広大な面積で行われるから全体でつじつまが合っているのであって、狭い施設で自然に任せるだけでは循環が追い付かない」ことを「証明した」のだそうだ(ジョークとしても笑えない)。
今は、地球温暖化の仕組みの研究など、存在意義をがらっと変更させたらしい。その変身ぶりもちゃっかりしすぎていて、どうにも怪しすぎる。

それを後追いした「バイオスフィアJ」のほうはどうなったのか? ネットで検索してみたら、計画は大幅に遅れはしたが、今なお立ち消えにはなっていないらしい。今年あたりから、実際に人間がそこで生活する実験に入るという記事も見つけた。
さすがに、完全閉鎖のドームで人間が生きられるとは言わなくなった。で、今は「外部から供給されるのは電気と情報だけ」という説明をしているようだが、それってただのひきこもりの人の生活と同じでは?
電気があればなんでもできるもんねえ。その電気をどこでどうやって作って持ち込むかが問題なんでしょうが。

地球上の生命体にとって、入ってくるのは太陽光、出て行くのは水蒸気に乗せた熱。基本的にはこれしかない。
このシステムを支えている地球の豊かな循環が壊れないように、いかに守っていくか。これが現代の科学に求められている究極の目的だ。地球の生態系、循環系が壊れたら、科学もなにもないのだから。
ミニ地球実験の発想は、この大前提を認めようとしない悪あがきでしかない。錬金術や永久運動機関の発明をしようというのと同じだ。

嘘のつきかたは大きいほど見破られにくい。「ミニ地球」実験は、もともと話がせこいからいろいろ勘ぐれるが、これが「人類は月に行ってはいなかった」くらいのスケールになると、みんなどこまでついていっていいのか分からなくなる。
大きな嘘をでっちあげる資質と、その嘘をつきとおせる胆力が、権力者の条件なのかもしれない。

ところで、冒頭のクイズ。
「0.1mmの紙を50回折ると、どの位の厚さになるか?」

折る回数  1   2   3   4  ……  50

厚さ    2倍   4倍   8倍  16倍  ……  ?
      ↓   ↓   ↓   ↓      ↓
     2の1乗 2の2乗 2の3乗 2の4乗    2の50乗

……というのが計算方法。

何人かの数学が得意そうな人たちにふってみたら、


2のn乗を「 2^n」と表すと、
2^10 = (2x2x2x2x2) x (2x2x2x2x2) = 32 x 32 = 1024
2^50 = 1024^5 ≒ 1000^5 =1,000,000,000,000,000
(実際はこれより12.6%位多いけど、無視します)
従って
およそ0.1 mmx1,000,000,000,000,000=100,000,000,000,000mm


……と、電卓も使わずにさっと答えてくる人(2の5乗ずつに分けて暗算しているところが技ありか。ちなみに商社マン)がいるかと思えば、イーネットの20代エンジニアなどは、


0.1 掛ける 2の50乗 (0.1 multiplyed by 2 to the 50th)
1.13E+08(km)
・・・・・だと思います。

とあっさり答えてくれた。

1.13E+08 って何? と訊いたら、


よく情報系なんかでは、
1.13E+14 (mm 単位に注意、1.13 掛ける 10の14乗)
1.13E+08 (km)
という風に表記します。
見やすいですしね。


だとか。
数学が極端に弱い僕は、アホ丸出しで、0.1×2×2×2×2……と、実際電卓を50回叩いてみた。
答えは、112589990684262.4。
1000mmが1mで、1000mが1kmだから、6桁差し引いて、
112589990km?
いちじゅうひゃく……1億1258万9990km?

2^50 = 1024^5 ≒ 1000^5 =1,000,000,000,000,000
と答えた商社マンは、
「月と地球の距離が38万キロくらいだから、月と地球を130回以上(実際には150回くらい)往復出来る距離」
と答え、若きエンジニアは、
「地球2800周分」
と答えた。

ちなみに地球から火星までの距離が約7,800万kmだとか。
ふううううん。
そもそもそんなでかい紙はないだろって?
そうだけど、じゃあ、最初にそう突っ込んでよ。


●神楽坂の住宅街にて
(9月28/29日放送のNHK「こんにちはいっと6けん」収録現場にて。真ピンクのTシャツを着た女性は林家パー子師匠。たくきも参加)


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