たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2004年12月17日執筆  2004年12月21日掲載

今いちばん難解な商品──テレビ

中越地震で壊れてしまったもののひとつに、テレビがある。
タヌパック越後に置いてあったテレビは普通の4:3画面のブラウン管式テレビで、画面の大きさは21インチ。小千谷の電器店で3万円くらいで購入したと記憶している。
地上波が届かない山奥なので、外部チューナーをつないでBSとCSだけを見ていた。

かつて、テレビを買うときに考慮する要素は大きさくらいのものだった。大きいテレビにするか小さいテレビにするか。しかし、今は違う。

●4:3画面にするか16:9画面にするか
●ブラウン管式か液晶かプラズマか
●画面の画素数はどれだけ必要か
●デジタルチューナー内蔵か否か
●2011年にはなくなってしまうというアナログBSチューナーの内蔵は必要か
●液晶小型タイプはパソコンのディスプレイとしても使えるタイプか否か
……こうした要素が全部組み合わさってくる。全部をきちんと理解してテレビを購入している人は少ないのではないかと思う。

我が家で買う場合、どうなるのだろうと考えてみた。
大きなテレビは置き場所がないので、小さいほうがいい。となると液晶タイプだろうか。
画面の大きさと縦横比はどうする?
ワイドテレビ(16:9画面のテレビ)というのは、当然ながら16:9の画像を映し出したとき無駄が出ないように作られている。4:3の画像を映し出したときは、縦横比を正確に保てば、左右に隙間ができてしまう。
逆に、4:3画面の従来型テレビで16:9の画像を映し出したときは、上下に隙間ができる。
このことを、有効画面の大きさがほぼ同じ関係で表すと、

●4:3映像を映したとき
n型のワイドテレビ=(n-7)型の普通のテレビ
(例:32型ワイドテレビは25型の4:3テレビとほぼ同じ)

●16:9映像を映したとき
n型の普通のテレビ=(n-3)型のワイドテレビ
  (例:34型の普通のテレビは、31型のワイドテレビとほぼ同じ)

……となる。
現在、地上波放送のほとんどの映像は4:3のままである。これを16:9のワイドテレビで「まともに」見れば、左右に隙間ができるはずだが、ほとんどのワイドテレビユーザーはそういう設定では見ていない。4:3画像を無理矢理16:9に引き延ばした「歪んだ」画面で見ている。この感性が僕にはまったく信じられない。

テレビタレントなどと実際に会ったとき、テレビで見ているよりずっと痩せていることに驚かされる。テレビの画面では、ただでさえ若干横に広がって見えるからだ。それが、4:3画像を無理矢理16:9に引き延ばして見られた日にはどうなるか。極端なデブに映ってしまうため、テレビタレントは今まで以上に過酷なダイエットに励まなくてはならない。可哀想に。

そんなわけで、僕は当面ワイドテレビには興味がないのだ。放送されている画像の大半が4:3であるうちは、4:3の受像器で見るのが理にかなっているのは当然だから。
16:9の放送は、上下に隙間を作って見ていればいい。解像度のことだって、もう若くはないからどうせ視力が……ね。
改めて調べると、例えば20型の液晶テレビは、普通の4:3モデルであっても10万円くらいする。うわあ、こんなに高いのかと驚いてしまった。なんとなく、「テレビというものはいつでも3万円で買える」という頭があったからだ。
もちろん、液晶でないブラウン管式テレビなら、1万円くらいから買える。お金のことだけを考えたらそれでもいいのだが、薄型の魅力は大きい。

さらによく調べてみると、4:3画面の液晶テレビは、現行商品でも解像度は640×480程度のものが多い。これは一昔前、DOSを使っていた頃のパソコンディスプレイ解像度と同じだ。今のパソコンディスプレイは、最低でも1024×768はある。
640×480というのは当然16:9のハイビジョン画面には対応していない。デジタルハイビジョンの16:9の放送を受信した場合は、上下に何も写らない部分が入るなどしてサイズを調整するが、画像は高密度にはならない。
デジタルチューナーも内蔵されていないものがほとんどなので、2011年、予定通り現行アナログ放送が完全終了すれば、単体ではテレビとしては使えなくなる。

同価格帯で16:9の画面を持つ液晶テレビは、というと、17インチ型が大体10万円であるが、機種の数はほとんどない。
16:9画面で17インチというのは、1280×768くらいの解像度で、パソコンのディスプレイを兼ねているものが多い。パソコンディスプレイは4:3なので、横が1280なら縦は960必要になる。だから横が1280あっても、実際には縦に合わせて1024×768の標準的ディスプレイとしてしか使えない。
この「テレビ」で普通の4:3映像を映し出したとき、縦横比をきちんと保って表示すれば、相当小さなテレビになってしまう。
逆に、このワイドテレビと同じ有効面積で16:9の放送を見るための4:3の受像器はおよそ20型。つまり、同じ値段の20型4:3液晶テレビを買ったほうがずっといい、ということになる。どっちみち、地上波デジタルチューナーは内蔵されていないのだし。
(ちなみに、少し前まではデジタルハイビジョン対応ではない「ただのワイドテレビ」というものがかなり出回っていた。あれこそユーザーを愚弄した商品だ。)

……と、こういう話は予算10万円のレベルの話であって、ハイビジョンの高密度画像をちゃんと楽しむためには、どうしても大型のテレビが必要になる。これは最低でも30万円以上の買い物になってしまう。大きくて安いテレビはブラウン管式だが、これは物理的に巨大な立体物で、奥行きを見ただけで尻込みする(こんなもの置いたら部屋に人がいられなくなるわい)。

30万円くらい出すと、32型くらいの液晶ハイビジョンテレビが買える。これで4:3画像を見た場合、25型の4:3テレビと同等の有効面積になる。
25型の4:3液晶テレビというものはほとんど存在しておらず、普通のブラウン管式テレビになる。少し前の、標準的「家庭用テレビ」がちょうどこの程度のテレビだった。25型のブラウン管式テレビは3万円台で買える。なんと価格差10倍!
クルマで言えば、軽自動車とセルシオ、メルセデスベンツクラスの高級車くらいの差がある。得られる快感や実用性の差も同じくらいなのだろうか? いや、普通の4:3画面の放送を見ている限り、30万円台の32型液晶ワイドテレビと25型ブラウン管式テレビで、軽自動車とセルシオほどの差があるとは思えない。

3万円と30万円。この差は目眩がするほど大きい。30万円の贅沢をすべての国民が求めているはずはない。四畳半一間でひっそりひとりで暮らしている人や、2DKのアパートに一家4人で暮らしている人のことを無視して、勝手にテレビを「疑似高級化」させていく今の家電商戦や地上波デジタル計画は、どう考えてもまともではない。
しかし、普通の4:3画像を平気でびろ~んと横に伸ばして見ている視聴者も多いこの国では、どんな理不尽なことも、上からせーので押しつけられれば通ってしまうのだろうか。

さらに調べていくうちに、現在16:9の画面比率を謳っている液晶のワイドテレビのうち、かなりの数の機種が、実際には15:9の画面比しかないことが分かった。
仕様表で、液晶のドット数が1366×768とあるものは確かに16:9になるのだが、1280:768しかないモデルが結構ある。これは15:9にしかならず、16:9のハイビジョン映像を映し出す場合、両端を少し切り落とすか、無理矢理横幅だけ縮めて表示するしかない。そういうモデルも、特に断りなく「ワイドテレビ」「16:9」と謳っているのである。
ついでにいえば、ハイビジョン映像というのは横走査線が1125本(有効1035本)以上の規格のものをいうはずだが、1366×768ドットの液晶ディスプレイでは画素を間引いて表示することになり、本来の解像度で表示することはできない。
要するに、現状ではほとんどのテレビ受像器はデジタルハイビジョン放送のスペックに追いついていないということなのだろう。テレビに関しては、本当にとことん嘘と騙しとごり押しがはびこっている。

いずれにせよ、今、テレビを買おうと思う人、あるいは買う必要に迫られた人は、売り場でかなり悩むに違いない。実際、大型電器店のテレビ売り場に行ってみるといい。世の中に、こんなにテレビの種類があったのかと呆れてしまう。見ている画像も微妙に違う。
例えば、ニュース番組を映しているテレビが並んでいる売り場があるとする。
16:9のワイドテレビでは、地上波デジタルの映像を映し出している。画面には小泉首相と盧武鉉大統領が並んで立っている。ワイドテレビだと、二人の脇にある国旗まで画面に入っているが、4:3のテレビだと二人の立ち姿しか映っていない(別にそれでなんの支障もないが)。
地上波デジタルでは首相の顔がアップになったとき、肌の健康状態までチェックできそうではある。でも、それがなんだと思う人も多いはず。この差のために何十万円も払えというのか、と、だんだん腹が立ってくるかもしれない。
いやはや、たかだかテレビを買うだけなのに、なんでこんに悩まなければいけないの? いつからテレビはこんなに「難解な」商品になってしまったのだろう。

こんな画面見たくない
6:4映像を16:9画面で見たら……


 目次へデジタルストレス王・目次へ     次のコラムへ次のコラムへ

新・狛犬学
★タヌパック音楽館は、こちら
タヌパックブックス
★狛犬ネットは、こちら
★本の紹介は、こちら
     目次へ戻る(takuki.com のHOMEへ)


これを読まずに死ねるか? 小説、電脳、その他もろもろ。鐸木能光の本の紹介・ご購入はこちら    タヌパックのCD購入はこちら