たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2005年1月21日執筆  2005年1月25日掲載

おばんです

「おばんです」というタイトルで、数日前の夜、携帯端末からメールが1通届いた。タヌパック越後の隣人(道を挟んで向かいの家。見える範囲での隣家はここ一軒だけだった)のげんじさんからだった。彼は今、仕事で群馬県の現場にいて、被災時も村にはいなかった。

仮設住宅の雪下ろしのために戻ってきたら、屋根の上に2メートル以上積もっていてびっくりした。仮設住宅の入居者全員で5時間かかったという話の後に、さりげなく、
「それと、たくきさんの家が、13日頃、雪の重みに耐えられなくて倒壊したらしいです。昨日電話がありました。残念でなりません。私の家はまだのようですが、時間の問題です」と書いてあった。
あれだけ破壊され、傾いたら、雪に耐えられるはずはない。むしろ、中途半端に建っていても危険だから完全につぶれたほうが気が楽だ。……頭ではそう分かってはいても、実際に雪に押しつぶされた我が家の光景を思い浮かべると、やはり胸が詰まる。

……という暗い話はここまでで、今回は明るいおばさんたちの話をしてみたい。
都内で印刷所を経営している大学の後輩が、「たくきさんのおかげで突然本が売れ始めた」とメールしてきたのは昨年夏のことだった。その「売れ始めた本」というのは『貼函の世界 THE RIGID PAPER BOX 2003』といい、A4ノビ版、オールカラー、460ページ、定価1万5000円、本自体が貼函入りという超豪華本だ。パックウェルという製函メーカーの社長さんが自費出版した。後輩はDTP担当としてその出版物に参加していて、第38回造本装幀コンクールで東京都知事賞を受賞した。
魅力的な本だが、1万5000円する大著がそう簡単に売れるはずはない。ところが、昨年夏に、突然月に数冊ペースで注文が入り始めたのだという。
これはきっと、僕が『デジカメ写真は撮ったまま使うな! ガバッと撮ってサクッと直す』(岩波アクティブ新書)の中で紹介したからだと感謝されたのだが、そのときその後輩に「注文してくれたのはほとんどが女性です。もしかして、たくきさんの読者は女性が多いんじゃないですか?」とも言われた。

自分の本がどういう人たちに買われているのか、僕には全然分からない。ただ、デジカメの本やコンピュータ関連の本に限っては、漠然と、読者の中心は中年男性サラリーマンだろうと思っていた。特に岩波アクティブ新書(去年でこの新書シリーズは終刊になってしまった……残念!)に関しては、女性が買うというイメージはまったくなかった。ところが「書店で若い女性がレジに持っていった」とか「電車の中で女性が読んでいた」という目撃例?もときどき報告される。意外と女性も買ってくれるらしい。

それを裏付けるかのように、年が明けて、中年の女性からたて続けにメールをいただいた。ひとりは自分のホームページを作ったから見てほしいという内容。


私はフツーの主婦で、パソコン歴もまだ浅いのですが、朝日新聞“be”の“ソフ得!”や、タヌパックのWEBサイトなどをいつも楽しませて頂いています。
年齢は、鐸木さんより3歳下(子供の頃、「森トンカツ…♪」を歌っていたクチ)です。
私は、このたび趣味で自分のホームページを作りましたが、その中の、お気に入りサイトの紹介で、鐸木さんのサイトを紹介させて頂き、リンクも張らせて頂きました。
鐸木さんのサイトは、リンクフリーとのことですので、私のような素人がわざわざご報告するまでもないのでしょうが、鐸木さんの記事や本のおかげで、ずいぶんパソコンの勉強をさせて頂いたので、その感謝の意もこめ、「気持ちだけご報告(?)」させて頂いた次第です。


こういうメールはたまにいただく。このときは、家がとうとう雪につぶされたことを知った直後だったので、気を紛らせる意味もあって覗きに行った。すると、期待以上に面白いのだ。なにより、全体の明るいトーンに救われた。ご本人は能天気を装っているが、どうしてどうして、結構エンターテインメントとして計算されているフシもうかがえる。ああ、あたしもこういう明るさとユーモアを見習わないといかんわね、と反省させられた次第。

もうひとりは、神奈川県在住の女性。


川口町田麦山の向山で6年前から田んぼを借りて、お米を作っています。パソコン音痴なのですが、そんな私にも、朝日新聞「ソフ得!」は大変わかりやすく、しかも遊び心満載で、いつも楽しみにしています。特にタヌの声がお気に入りで、パソコンのいろんなときの音に使わせていただいています。
このたび、ひょんなことから、たくきさんが川口町で家を購入され、しかも被災してしまったことを知りました。場所は小高でしょうか。私は現地に通うのみで、住まいはないのですが、向山の方々は親戚同然で、震災以来、復旧のお手伝いに田麦山に通う日々です。夫は「田麦山ボランティア事務局」なるものまで立ち上げ、仕事そっちのけで奔走しています。カエルやへび、蛍、たくさんの虫や動物たち、それらと同じ目線で暮らす人々が、また同じように里山の時間で暮らせる日が訪れるよう、願っています。


向山という集落は、タヌパック越後があった集落のお隣で、土石流の心配があると報道された相川川沿いにある。向山を通らないと家にはたどり着けないので、いつも通っていた。道沿いに不思議な外観の家があり、いつも「なんだろうここは」と訝っていたのだが、彼女のその後のメールによって、このグループの活動拠点(夜は宴会場)になっていたことが分かった。「まぼろし食堂」というのだそうだ。確かにそんな名前がピッタリの建物だった。
世の中、狭いものだ。今まで何度もニアミスしていたに違いない。

僕の本の読者やCDのリスナー(もちろんわずかしかいないが)の年齢層や男女比などは分からないが、その中の中年女性、ひらたく言えば「おばさん」たちが、ときどき僕の人生にいろいろな変化を与えてくれる。
10年以上前、「五木寛之の夜」というTBSラジオの番組に呼ばれ、そこで五木さんにCD『狸と五線譜』をかけてもらった。そのときのリスナーの二人、広島と大阪のおばさんたちは、その後の僕の人生にとても大きく関わることになった。
広島のAさんが橋渡しをしてくれて、天才詩人・栗栖晶くんとも知り合った。大阪のYさんは元演歌歌手で、その後、僕の曲を歌って自費出版してくれた
他にも、波瀾万丈の人生を歩むお菓子作りの天才女性とか、ベルギーからときどき示唆に富んだメッセージを送ってくれる女性とか、どういうわけか元気なおばさんたちと、知らないうちに出逢っていくのだ。

かつては人生50年と言われたが、今年その50歳を迎える。僕は多分今、停滞期、あるいは転換期にいる。転換期なら、少しでも明るく楽しい方向に人生を転換させたい。そのヒントやパワーの源が、もしかしたら「元気なおばさん」たちにあるのではないかと、最近では、感謝と希望の念を込めて思っているのである。
そう、暗闇の先に明かりを灯すのは、前向きで明るいおばんです

●もうすぐ皆伐で丸裸にされる運命の天然林
(山丸ごとの伐採権はわずか70万円。これが国有林の実体。福島県にて)
(c) Takuki Y. http://takuki.com
★この雑木林は結局死守できた……そのうち書きます(追記)


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