たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2005年2月11日執筆  2005年2月15日掲載

「本」の文化を担うもの


バナナブックスという、今年1月に初めての本を出版したばかり、できたてほやほやの出版社の社長兼編集人・石原秀一さんに会ってきた。
狛犬ネットの掲示板に、「狛犬の本を創りたいと思います。ご協力のほどお願いいたします」と書き込まれたのが1月31日のこと。「狛犬の本を創りたい」とはまたなんと無謀な、もとい、高邁な決意であろうか。当初はにわかに信じがたく、よくある自費出版のお誘いかしら、などと疑ったりもしたのだが(バナナブックスという名前もなんだか怪しい響きだし……)、どうしてどうして、本気で創ろうとしていることが分かった。
もともとは建築関係のお仕事をされていて、PR誌の編集などで稼いだ金で、建築・アート関連の本を出すためにバナナブックスを立ち上げたそうだ。

記念すべき1冊目は、『シュレーダーハウス 建築家リートフェルト』というA5判50ページオールカラーの冊子。
「世界遺産」に指定されている建造物中、最小のものが、オランダにある「シュレーダー邸」。現代においては、モダンではあるがどこにでもありそうな小さな個人住宅だ。
設計したのはG.T.リートフェルト(1888-1963)。家具職人の次男として生まれ、旧帝国ホテルの設計などで知られる天才建築家フランク・ロイド・ライトや、オランダの近代建築の父といわれるH.P.ベルラーへに憧れて、父のもとでの家具職人修行のかたわら、夜間学校で美術と建築を学ぶ。
シュレーダー邸は、トゥルース・シュレーダー・シュローダーという1歳年下のインテリアデザイナーの女性から依頼されて設計したもの。それまでは主に家具職人・デザイナーとして仕事をしていたリートフェルトにとっては、初めての本格的建築作品となった。

施主のシュレーダーがリートフェルトと知り合ったのは、自分が住んでいた大きな屋敷の改装を通じてだったという。そのとき、シュレーダーは夫と一緒に住んでいた古い大きな屋敷を自分の好みの家に改装するために、腕利きの家具職人であるリートフェルトに仕事を依頼した。ところがその直後に夫が亡くなり、未亡人となったシュレーダーは、ひとりで大きな家に住んでいる必要がなくなってしまう。そこで、知り合ったばかりのリートフェルトに、コンパクトな新住宅の設計を依頼した。

インテリアデザイナーでもある施主との共同作業で建てられたシュレーダー邸は、当時の建築物の常識をことごとく打ち破る画期的なものだった。
完成後、この小さな二階建ての住宅の一階部分はリートフェルトのアトリエとして使われることになる。以後、リートフェルトとシュレーダーは、店子と大家であり、同じデザイナー仕事の仲間であり、かつ同居人でもあるという関係を続け、一つ屋根の下で暮らしたそうだ。もちろん二人は、自分たちが建てて住んでいるその家が、後にユネスコの文化遺産に指定されるなどとは夢にも思っていなかっただろう。

……とまあ、以上は、さっきもらってきた『シュレーダーハウス』からの受け売りである。
この本を皮切りに、1建築で1冊の「建築物シリーズ」の小冊子を100冊出す計画なのだそうだ。一般の人が買うとは思えないが、建築学科の学生や設計士など、この世界の人たちが少しずつ買っていってくれればいいのだという。
オールカラーで960円(税込)という低価格も立派だが、文章が全部日英二か国語表記になっており、日本国内だけでなく、世界に向けて本を出すという意志が込められているところに、特に感心してしまった。

で、これとは別に、日本の文化を世界に伝える「ジャパネスク」シリーズも企画中で、その中の一冊として「狛犬」をやりたいのだという。
最初に「狛犬の本を創りたいと思います。ご協力のほどお願いいたします」という簡単な書き込みを見たときには想像もつかなかったような話だ。
うまくいくのかどうか、現時点でははなはだ懐疑的なのだが、なによりもまず出版者の志に驚嘆している。近頃珍しい話ではある。

本の文化については、かなり前から希望を失っていた。
現代では「本である必要がない本」ほどよく売れる。書店の売り上げランキング一覧を見ればよく分かる。WEBでちらっと見るだけで十分なものばかりだ。
自分のところに来る執筆依頼もそうだ。別に「本」じゃなくてもいいのにな、と思いながら、実用書もどきのようなものを書いている。
「その内容は初心者には難しすぎます。割愛させてください」「こういう書き方はきつすぎて、一般読者の反感を買う恐れがあると思います」「もっと誰もが分かるようなやさしい内容に、かみくだいた表現でお願いします」……。

それだったら、テレビやWEBでいいではないか、と言いたくなってしまう(言いませんけどね)。
本というものは、一度で分からないなら何度でも読み直せるメディア、部分的な情報が変わっても、基本的な考え方は数十年先、百年先でも色褪せない内容のものであってほしい。
その意味では、「本」は時代と共にますますマイナーな存在になるべきであって、その方向にこそ本の文化が生き残る道が残されていると感じる。

社員をたくさん抱えた大手出版社が、「よい本」よりも「売れる本」を出そうとするのは当然のことだろう。そのことをもはやどうこう言うつもりはない。
本当に創りたい本は、自分で勝手に作るしかないと思い始めていた。実際、音楽はすでにずっと前からそうしている。

狛犬の本に関しては、死ぬ前に1冊、きちんとした形で出版しておきたいという希望も持っている。それまでは、自費出版でもなんでもいい。100冊自費で作り、そのうち50冊は20年後にも捨てられずに残っているような本が作れたらいい。
去年作った『神の鑿 寅吉・和平の世界』はそういう考え方で作った。初刷り80部、改訂版100部を作って、今、僕の手元にはそれぞれ2部ずつしか残っていない。世の中に180冊しかないが、20年後にも必ずそのうち何冊かは捨てられず、どこかに保管され、誰かの目に触れているだろうという確信がある。
こう書くとなんだか悲壮感漂っているように思われそうだが、僕はいたってのんびりと、やれるところまでやれればいいさ、というノリでいる。だから、まったく焦ってもいない。

そんなわけで、今日は思いもかけず、まだまだ世の中には本が好きな人、本を信じている人、しかもその志を行動にうつしている人がいるのだと知って、ちょっと安心した。
狛犬の本が本当に世に出るのかどうか分からない。ポシャっても、「出そうという試みがあった」ということは確かなわけで、それだけで今は嬉しく思っている。
バナナブックスの編集部には、『神の鑿』初刷り残り2部のうち、1部を置いてきた。これで記念すべき初刷りは僕の手元についに1冊しかなくなってしまったが、今日置いてきた1冊が、意味のある1冊になることを祈っている。


古殿八幡神社の狛犬
●表紙はやっぱこれでしょね
(古殿八幡神社の狛犬 作者・小林和平 昭和9年建立)


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