たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2005年4月7日執筆  2005年4月12日掲載

狛犬盗難のどこが不思議なの?


4月3日午後、滋賀県大津市の4つの神社本殿内から木製の狛犬が盗まれたという記事が各メディアから配信された。asahi.comの記事は2005年04月04日00時06分付けになっており、タイトルは、
誰がなぜ? 神社の狛犬4対盗まれる 滋賀
というものだった。

被害にあったのは、大津市下阪本6丁目の若宮神社と磯成神社、同市比叡辻1丁目の大崎神社と供所神社の4社で、合計4対の木製狛犬が盗まれたという。このうち、磯成神社以外の3社は本殿に施錠をしておらず、磯成神社の施錠は壊されていたそうだ。

狛犬が盗まれたという事件はなにも初めてではない。前にも何度かある。狛犬ではなく、仏像の盗難事件であれば、もっとはるかに多い。要するに珍しいことではない。
石造りの参道狛犬は重くてとても盗めたものではないが、木製の神殿狛犬は簡単に盗めるから、施錠をしていなかったというのは不用心ではある。もっとも、狛犬ファンとしては、狛犬が鍵や檻の奥に引っ込み、普通の状態で見られなくなっていく事態は哀しいことだ。

この事件直後、某テレビ局番組スタッフを名乗る人物(男性名)からこんなメールが届いた。


From: ×××
Subject: XXXテレビ「△▽」 ○○と申します
Date: Mon, 04 Apr 2005 13:11:07 +0000

突然のメールで失礼致します。
XXXテレビ「△▽(番組名)」 ○○と申します
ご存知かとは思いますが、最近狛犬が盗まれるという事件がおきております。
そこで、どもの番組ではこの事件を取り上げ、詳しく取材をしたいと考えております。
この企画の中で、神社や仏閣などに造詣の深い方のインタビューが出来ないかと思っております。
出来れば、狛犬コレクターのような方がいると良いのですが、どなたか紹介していただくことは出来ないかと思い、メールさせていただきました。
心当たりのある方がいらっしゃいましたら、是非ともご連絡いただければと思っております。
大変唐突で不躾なお願いではございますが、ご協力のほど宜しくお願い致します。



このメール、誰もが無料・匿名で取得できるhotmailアカウントから送信されている。しかも、メールアドレスに書いてある名前と本文中で名乗っている名前が違っている。さらに問題なのは、本文にはテキストがまったく含まれておらず空っぽ。テキスト情報だけのHTMLが添付されているという非常識極まりないメールだった。

狛犬とは関係がないが、まずこのメールのどこが非常識なのか、詳しく説明しておきたい。
1)仕事で使うメールアドレスが匿名性の高いhotmail
2)メールアドレス欄にまったく別人の名前が入っている(本文中で山田と名乗っていながら、メールアドレスには田中と書いてあるような体裁)
3)誰に書いているのか、宛先が書いてない(TO: には、WEB上で公開している僕の仕事依頼用のメールアドレスが書かれているので、鐸木能光にあてたのであろうが……)
4)本文が空っぽ
5)文章だけのHTMLを添付している

1)4)5)はウイルスメールの特徴であり、普通ならこれだけで問答無用で削除されている。
2)は本人が気づいていない可能性が高い。他人が取得したhotmailアカウントをそのまま使っているのだろう。取得した人物が自分の名前を設定して、そのままになっているわけだ。メールアドレスをこのように貸し借りすること自体が非常識だが、もし分かった上で使っているとしたら、さらに常識を疑う。
4)5)は、メールを使う上での基本的な知識が欠落している証拠。僕のメールソフトではHTMLメールは開かない設定になっているので、本文テキストが空であれば、空のまま表示される。そこからHTMLをわざわざ開くなどということは、このウイルス時代によほどのことがなければ行わない。今回はタイトルに「XXXテレビ『△▽』の……」とあったので、ウイルスであるかどうかをチェックした上で開いてみたが、一般の常識ある人間ならこのようなメールは機械的に削除してしまうだろう。

……と、まずは、この送信者がまともにメールを使えないことを憂えてしまうのだが、もっと気になったのはメールの内容だった。


>神社や仏閣などに造詣の深い方のインタビューが出来ないかと思っております。
>出来れば、狛犬コレクターのような方がいると良いのですが、


神社、仏閣に造詣の深い人物で「狛犬コレクター」?
『狛犬事典』の著者で、日本参道狛犬研究会の名誉会長でもある上杉千郷さんをおいて他にいない。狛犬博物館名誉館長、全国神社総代会参事、全国神社会館館長、鎮西大社諏訪神社宮司……過去現在の肩書きを並べたらきりがないほどで、狛犬界、神社界の重鎮。
上杉さんのご実家は飛騨古川町の神社、代々の宮司であり、主に先代から上杉さんの代にかけて、数百の狛犬が集まってきた。ご実家のそばの元製紙工場土蔵を改造して狛犬博物館をオープン。その後、コレクションの大半は、下呂温泉合掌村の中に作られた新狛犬博物館に移転されている。
狛犬研究者、愛好者で、上杉さんの名前を知らない者はいない。
だが、こんな非常識メールを送ってくる輩に、上杉さんのことなど絶対に教えるものか、と心を閉ざした。また、このネット時代、その気になれば簡単に調べられることだ。

僕がこのメールに返事を出さなかったもうひとつの理由は、短い文面の中に、番組製作者の先入観、演出意図のようなものをかいま見た気がしたからだ。
「狛犬コレクター」という言葉の裏には、「そんなものをコレクションしている変人がこの世にいるのか」という偏見があるのではないか。
さらにはっきり言えば、この手の偏見は、朝日の記事のタイトルにもいささか感じた。
「誰がなぜ? 神社の狛犬4対盗まれる」
……泥棒が、ほしいから盗んだに決まっている。自分の部屋に置いてにんまり眺めているのか、古美術商に売り飛ばして金に替えるのか、それとも古美術商本人が商品をこういう手段で仕入れようとしたのかは分からない。しかし、木製狛犬が美術品として価値があり、ほしい人間がいることはあたりまえのことだ。おそらく、盗まれたのが仏像や掛け軸なら「誰がなぜ」という見出しにはならなかっただろう。

日本参道狛犬研究会(こまけん)は、過去何回かメディアの取材対象になっている。大阪の某テレビ局が取材に来たときは、「世の中にはこんな変なサークルがある」という意図でのもので、こまけんはプリン愛好会やバス愛好会などと一緒に紹介された。
隔月に行われている定例会での映像やインタビューなどはほとんどカットされ、会員たちが神社を巡って狛犬を撮影するフィールドワークの映像がちょっと流れただけだった。それも、狛犬にはりつくようにしてさまざまな角度から熱心にカメラを向けるおっさん、おばさんたちの姿を、面白おかしく編集したもの。
狛犬という趣味はどういうものなのか、なんてことは全然伝わらない。そこには「変なモノ」「変な人たち」という視点があるだけだった。
番組を見て、会員の多くは憤慨したものだが、おそらく、他のプリン愛好会やバス愛好会の人たちも同じように気分を害したのではないだろうか。

メールをよこしたテレビ番組制作会社のディレクター(多分)が、そういう意図で「うってつけの人物」を探していたのかどうかは分からない。しかし、その番組は報道番組といっても、司会者はお笑いタレントやバラエティ系で固められていて、真面目な教養路線番組というわけではなさそうだし、いわゆる「おいしい映像」「おいしいキャラクター」「おいしいコメント」を求めていた可能性は高いと思われる。
想像をどんどんたくましくすれば、リカちゃん人形コレクターの大学教授や、自分のお腹の中にサナダ虫を飼っている寄生虫研究者のようなおいしいキャラがいたら紹介してくれ、とも読めてしまう。(もちろんそこまで先読みするのは、僕がメディアの毒にどっぷりつかっているからでもあるが)

別の局の夕方のテレビ番組では、こまけんの事務局に電話をして取材し、コメントを求めたらしい。
答えたのは多分、事務局長のMさんだろう。
僕は直接見ていないのだが、聞くところによると「江戸期の木製狛犬にはほとんど銘はないので、作者や出自は分からない」というようなことを言っていたそうだ。盗品が出回ったとしても、判定不可能という意味?
視聴者が一様に抱く疑問は、「狛犬なんて盗んで、金になるのか?」だろうが、金にはなる。古美術店を覗いたことがある人なら説明不要だろうが、木製の小型狛犬が飾り物として売られていることは珍しくない。神社の木鼻(軒先につきだしている象や龍などの木彫りを施した柱)などもよく売られている。そういうものが売られていても、どこのどういうものかは分からない。盗品も多いだろうと推察できるが、盗品だという証明は難しい。

まあ、とにかくこういう不届き者が出てくると、狛犬の写真を撮って回っている僕などは非常にやりづらくなる。ただでさえ、神社の境内をうろつき回っているおっさんは怪しいのだから、いつどこで通報されてしまうかと、穏やかではない。

拙著『神の鑿』を見た宮崎駿さんは、寅吉・和平の狛犬世界に感嘆された後、「ものすごい発見で、テレビ局などが特集番組でも作ればすぐにブームになるでしょう。でも、そうなると悪戯する人間なども出てくるでしょうね。このような芸術は、人里離れた場所でひっそり苔むしているほうがいいのかもしれません」とおっしゃっていたそうだ。

実際、世界一巨大な狛犬で知られる岐阜県瑞浪市の八王子神社では、以前、地元の小学生たちが作って参道両脇に奉納した多数の焼き物狛犬が、夜中に酔漢によってほとんど破壊されるというとんでもない事件があった。
寅吉・和平の作品ほどのものが文化財に指定されていないのは、行政や教育界の無知によるものだが、有名になったがゆえに自由に見ることが難しくなったり、いたずらにあって寿命が短くなるくらいなら、無名のままであったほうがいいのかもしれない。これは狛犬ファンにとって、永遠のジレンマでもある。




能生(のう)白山神社の狛犬
●このぐらいでかければ盗まれることはなさそうだが……
(能生白山神社)


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