たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2005年5月13日執筆  2005年5月17日掲載

「ケータイで音楽」の憂鬱

携帯電話機を替えた。
機種変更というやつではなく、会社を替えた。
理由は、今までのケータイはとにかく「つながらない」からだ。
それでも使い続けていたのは、「ケータイなんかどうでもいい」「あんまり深く考えるのは恥ずかしい」という気持ちがあったからだ。

そもそも、携帯電話というものを持つときに、かなりの抵抗があった。あんなちゃらちゃらしたもの持てるか、という、オヤジ世代にありがちな抵抗だ。
原稿執筆を手書きからワープロ使用へ、ワープロからパソコンに乗り換えるときも抵抗があったが、結局は新しい環境は便利で、元には戻れなくなった。
携帯電話も同じで、僕の場合使用頻度は非常に低いが(いちばん安い料金コースだが、毎月定額利用料金を使い切らずに余らせている)、外出時には持っていないと不安を感じるようになってしまった。

ケータイを持つもうひとつの理由は、仕事柄、旅行中もインターネットに接続せざるをえなくなってしまったためだ。ネットビジネスというやつは、1日たりとも、ネットに接続しない日を許してくれない。
しかし、第一世代のケータイは通信速度が大昔のパソコン通信並み(9600bpsとか、そういう速度)で、使い物にならなかった。
そこで、今までは移動中のネット接続のために、PHSのデータ通信専用端末(64kbps)を契約していた。月額基本料が約1000円。ほとんどの月は、まったく利用しないまま基本料金だけを払い続けていた。

ケータイが第3世代になり、ようやくPHSの64kbps以上の速度で通信もできるようになったのを見計らって、新世代規格の機種に変更しようとしたのは昨年のことだっただろうか。しかし、今まで使っていた携帯会社の新世代機種(電波帯が違う)では、なんと仕事場(川崎市)でまったくつながらないことが判明し、断念。
そのときも、今回変更した携帯電話会社への乗り換えを考えたが、まだサービスが充実していなかった。2.4Mbpsというデータ通信サービスが可能と謳ってはいたものの、2.4Mbpsは通信専用のカード端末のみで、普通の電話機では不可だった。
仕方なく、古いPHSを使っていたかみさんにPHSを解約させ、別会社のケータイを新規契約させた。移動中は、僕のPHSデータ専用端末か、かみさんのケータイからパケット通信でインターネットアクセスするという二重手段態勢。
しかし、これも、両方つながらないことが結構多かった。

で、最近また調べてみたら、以前に諦めた携帯電話会社の2.4Mbpsサービスが、一般の電話機でも利用できるようになっていることが分かった。ようやく時機到来と、僕のケータイもその携帯電話会社で新規契約した。
これによって、今までのケータイとPHSデータ端末機は解約とあいなった。PHSデータ端末は持っていてもいいかなとも思ったが、大手2社のケータイがどちらもつながらず、PHSだけがつながるというエリアはまずないだろう。

今度の携帯電話会社は、田舎や山奥ではこれがいちばん、と評判の会社。しかも、データ通信速度は他社を圧倒している。
実際に変更してみてよかったと思っている。通信速度の違いにまず満足。まだ田舎や山奥には行っていないのだが、多分、これも期待をそれほど裏切らないだろう。

しかし、まいったのは、この電話機のあまりの多機能ぶり。
データ通信端末としても使うため、最新機種を選んだのだが、いやもうすごいことになっている。
1)デジカメは133万画素でズームレンズ付き(やりすぎだって)
2)ICレコーダーとして使える(約5時間録音できるらしい)
3)音楽プレイヤーになる(ただしこれに関しては問題山積み)
4)バーコード読み取りやOCR機能がある(びっくり)
5)動画が撮影でき、パソコンにつなぐとUSBカメラとして機能する(そんなことするやついるのか?)
6)FMラジオになる(呆れたことにスピーカーは一応ステレオである)

……毎日、マニュアルとにらめっこしているのだが、いまだにほんの少ししか覚えられない。多分、こうした機能を全部自在に使いこなしている人は少ないだろう。
メモリカードを入れられるので、そこに最大で512MBのデータを入れて持ち歩ける。パソコンのバックアップディスクや持ち運びデータメディア代わりにも使えるわけだ(そういう使い方をする人がどれだけいるのか分からないが)。

なんでもできて、いいことずくめのようだが、気になることもある。
これ1台であらゆるデータ(文書、画像、映像、音楽)が扱えるのだが、そのすべてに渡ってこの携帯電話会社専用のWEBサイトから配信しようとしているため、読み物から音楽まで、趣味や知的活動の大部分を携帯電話会社や、それにぶらさがっているコンテンツ配給会社に支配されているような気になるのだ。
その傾向が最も顕著なのは音楽。
将来は「音楽はケータイで買ってケータイで聴く」のが主流になるのかもしれない。ヘッドフォンで音楽を聴くことがそもそも閉塞感があって嫌いだ。だからMP3プレイヤーは持っていない。これがさらに、本体がネットにつながったケータイということになると、音楽を創る、聴くという行為全体が、ネットを通して誰かに支配されているような圧迫感を感じる。

「今、みんなが聴いている音楽はこれだ。さあ、これを聴け。ダウンロードしろ。聴かないと話題に乗り遅れるぞ」
ネットから誰かがそんな指令を出しているような気がする。

実際、僕は他人の音楽より自分の音楽(自分が創って自分で演奏した音楽)を聴くことのほうが多いのだが、自分で創った音楽を自分のケータイで聴くのに、さまざまな壁をクリアしなければならない。
まず、一般のメモリプレイヤーのように、WMAやMP3のような標準的圧縮音声データフォーマットのファイルがそのまま再生できないのだ。コピーガード情報の入った専用フォーマットのファイルしか再生できない。しかも、そのフォーマットに変換するためのソフトは、今のところ一社から出ている有料ソフトのみらしい。
そのソフトを使えば、自分の音楽を自分のケータイで聴けるように変換できるのか? そのへんもまだしっかり確認できていない。
そのソフトを買って、うまくいくのかどうか分からないリスクをかけてまで自分の音楽をこのケータイで再生できるようにする作業を想像すると、非常に馬鹿らしい。というか、惨めである。なぜ自分の音楽を自分で聴くのに「許可」が必要なのか?
まあ、著作権保護は分かるんですけどね。保護だ保護だといっているうちに、どんどん音楽が何者かに支配されていくように感じるのは僕だけだろうか。

それにしても、着信音が既存の「歌」というのはあまりにもアホらしい。とりあえず普通のベル音にしようと思っていじり回していたのだが、最初から本体内に用意されているベル音はなんだかいいセンスではなかった。(ちなみにベル音も「ベル音を録音した音声ファイル」だ。アナログシンセの音をサンプリングしたデジタルサンプラーみたいなもんですかね)
サイトにつないで好きなデータをダウンロードせよ、ということらしいのだが、ざっと探してもろくなものがない。しかも「ひと月315円の会費を払えばダウンロードし放題」などと出てくる。その料金とは別に、ダウンロードするにもパケット通信料がかかるわけで、嫌になる。
ううむ。これは巨大ビジネスだわね。

パソコンの中には自作のデータが山のようにあるのに、なんでこんなしょーもない画像や音声データをわざわざケータイでダウンロードし、高い通信料や使用料を払わにゃならんねん。やめやめやめ。
画像はサイズ指定のJPEGが使えるだろうと思ってやってみたところ、うまくいった。これで、待ち受け画面はタヌパック定番のタヌキの「たぬ」の勇姿に変更。
次は着信音。
データの形式を調べるため、無料の着信音データを1つだけダウンロードし、パソコンに転送して拡張子を見てみた。.mmfとなっていた。
見たことのない形式。Googleで調べて、WAV→MMF変換ソフト(もちろんフリーソフト)を入手。
これを使って、無事、着信音や各種警告音、お知らせ音声を「たぬ」の声に変更。
電話がかかってくると、たぬがワオーンワオーンワオーン……と、エコー付きで知らせてくれるようになった。おっしゃれ~。

今までのケータイでは、こんなことはできなかったので、まあ、楽しいといえば楽しいのだが、やっぱり疑問だらけ。
ケータイのマニュアルには、上のようなことをどうやったら実現できるか、何も説明がない。ただ、「画像や音声データはサイトにたくさん用意してありますのでダウンロードしてください」と促すだけ。
ケータイ文化をうまく操縦する者が、この国の文化をコントロールできるのだろう。そして、将来は文化全体がケータイのように軽くて、すべて用意されている出来合、お仕着せのものに埋め尽くされるのではないか。想像するだけでも嫌な世界だな。
そういえば、このケータイには最初からディズニーのアニメーションとキャラクター声優の声が内蔵されていて、ボタン一つで音も絵も「ディズニー一色」にできるのだが、まさに亡国ですね。(んなもんに読み取り専用メモリを使うんじゃない!)
このぶんだと、そのうち、主婦向けに「ヨン様ケータイ」とか出てくるんじゃなかろうか。
「メール届いたよ」ってヨン様が囁く。待ち受け画面で微笑むヨン様……。
……じょ、じょーだんですよ。まさか本気にして作らないでしょね、どっかの携帯電話機メーカーさん。

●獅子舞(2005年4月29日撮影)


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