たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2005年5月19日執筆  2005年5月24日掲載

福知山線事故は明治政府の責任?

JR西日本福知山線脱線事故はなぜ起きたのか?
発生直後に出た「置き石」説はすぐに消えたが、その後は、過密ダイヤ、無理な運行表、職員への制裁制度、旧式のATSなどが原因として取りざたされている。しかし、問題の本質を見るためには、もっと単純に考えたほうがいいのではないだろうか。
根本的な原因は「物理法則」にある。「速いスピードで曲がろうとすれば、物体は遠心力で傾く」という、誰もが知っている単純な法則だ。

あの事故の直後、すぐに思い浮かんだのは「狭軌(きょうき)」という言葉だった。
脱線した電車の横幅は約2900mmだそうだ。それをのせているレール間の幅(軌道幅)は1067mm。約1m幅のレールの上を、約3m幅の箱型の物体が走っているわけだ。
レール幅の3倍もある車両が時速100km以上で走っている……このこと自体に無理があるのではないか、という話は、あまり取りざたされない。
今さらそんなことを言っても始まらないからなのだろうが。

レール間の幅(軌道幅)にはさまざまな規格がある。鉄道マニアはみんなご存じだが、僕を含めて「それ以外の人」向けに少し解説してみる。

標準軌:1435mm。欧米の標準規格で、現在世界の大半の鉄道で採用。日本ではJR新幹線や関西の私鉄の多くで採用している。
狭軌:標準軌より狭い軌間規格。日本では1067mmという規格が広く採用されており、JR在来線や多くの私鉄がこの1067mmを採用。他に、1372mmという規格が京王線の一部、都営新宿線、都電、東急世田谷線などで採用されている。
広軌:標準軌より広い軌間規格。インドやパキスタンには1676mmなどという規格もあるが、 現在、日本では標準軌より広い軌道幅は採用されていない。

(補足:日本では、1067mmという狭軌の一規格が大半を占めているため、人によっては新幹線の標準軌や京王線の一部で採用している1372mmを「広軌」と呼ぶようだが、本来は、標準軌より広いか狭いかで広軌、狭軌と定義される。)

標準軌(1435mm)はどのような経緯で決まったのかというと、蒸気機関車の生みの親・スティーブンソン(イギリス)が技術者として働いていた炭坑鉄道の軌道が1435mmだったから、という説が有力らしい。これがイギリス議会で標準軌と定められたのが1846年のことだった。

で、話を福知山線事故に戻すと、JR福知山線は狭軌(1067mm)なのだが、路線が併走しライバルと言われる阪急や阪神は、新幹線と同じ標準軌(1435mm)なのだ。
レールの幅の差、1435:1067は1:0.74。JR在来線は関西の私鉄より26%も軌道幅が狭い。
視覚的に表すと、


凸━━━━━━━━━━━━━━凸
凸━━━━━━━━━━凸


↑こんな感じになるだろうか。
ずいぶん違う。

同じ地上を走行する乗り物である自動車でたとえてみると、トヨタブランドでいちばん小さなパッソ(軽自動車)のトレッド(車軸幅)は1465mm(前輪)。高級車の代名詞のようなクラウンロイヤルサルーン3.0のトレッドは1525mm。軽自動車と3リッター高級車のトレッド幅を比べても、比率は1:0.96。差はわずか4%にすぎない。
標準軌1435mmと日本で主流を占めている狭軌1067mmの差、1:0.74(26%差)がいかに大きいか分かる。
それなのに、狭軌のJRは、新幹線と同じ標準軌である関西の私鉄陣にスピード競争を挑んでいたわけなのだ。軽自動車がクラウンに競争を挑む以上の無謀さと言える。

余談だが、鉄道模型の世界で普及しているHOスケールというのがある。車両スケールが1/87、軌道幅が16.5mmという規格だ。標準軌の1435mmを87で割ると16.49だから、これは標準軌の鉄道モデルとしては正確な縮尺と言える。世界の鉄道模型の多くはこれを基準に作られている。
ところが、狭軌が主流の日本の鉄道では、本来のHOスケールでは実際よりずっとレール幅(車輪幅)が広くなる。模型マニアが追求するのは正確さだから、これは「がに股」などと呼ばれて嫌われた。
「がに股」解消のため、16.5mm幅のレールの上に1/80スケールの車両をのせる方法が考え出された。これで少し狭軌1067mmに近づくが、計算してみると1067÷80は13.34mmだから、まだまだレール幅が広いことになる(京王線の一部で採用している1372mm幅レールに近い)。
そこで、より1067mmに近づけるため、13mmのレール幅を採用することが正確さを追求するマニアの間では好まれている。1/80モデルに13mmレールだと、ほとんど正確な「狭軌」縮尺になるからだ。
同じ車両模型を16.5mm幅と13mm幅のレール上で走らせてみたことがある鉄道模型マニアであれば、安定性の違いがどのくらいあるか実感しているに違いない。

話を戻そう。
そもそもなぜ日本ではこの1067mmという狭い軌道幅が普通になったのか?
初めて鉄道を導入するとき、この1067mm規格を採用してしまったことに端を発する。
日本に鉄道が初めて敷かれたのは明治時代。
明治政府で鉄道導入を進めていたのは大隈重信らだったが、知識も経験もないため、技術も資材も全部イギリスに頼っていた。
イギリスで標準軌が定められたのは1846年(弘化3年=江戸時代!)だから、明治になって鉄道を導入する日本でも当然この標準軌を導入すればよかったのだが、「元来が貧乏な国であるから軌幅は狭い方が宜からう」と、当時、イギリスの植民地で多く採用されていた1067mmという規格が採用されてしまったらしい。現在も1067mm規格が残っているのは、南アフリカ、ニュージーランド、フィリピンなどだが、いずれもイギリスの植民地だった国である。
将来車両が大型化することや高速化することを頭に入れなかったための大失策と言えるだろう。

その後、明治39年頃、鉄道院初代総裁後藤新平や鉄道技術陣のトップにいた島安次郎らが熱心に標準軌へ変更するよう政府に働きかけた。
民政党はおおむねこの意見に賛成したが、当時の与党・政友会や首相の原敬は「標準軌に変更するため多額の金を使うより、新線をどんどん作るべき」という、いわゆる「建主改従論」を張ってこれを退けた。
振り返れば、このときが日本が「標準軌の国」の仲間入りをする最後のチャンスだったのかもしれない。

日本が「狭軌の国」になってしまったことは、政治家や役人が先を読めないとどういうことになるかという好例だろう。
他にも、自動車の左側通行(これも言うまでもなくイギリスに倣ったものだが、その後の日本の自動車産業に及ぼしたデメリットははかりしれない)、日本列島が東西で電力線の周波数が違うこと(西の60Hzと東の50Hzという不統一。家電製品製造や電力事業に無駄な負担をかけた)、電圧の100V規格(世界的にも稀な低電圧規格)などなど、「初めによく考えてビシッと決めておけばよかったのに」ということはたくさんある。

現在、これに近い危機を抱いているのは、ブロードバンド化政策だ。テレビの地上デジタル化などに大金を注ぎ込むよりも、ブロードバンドの普及を急がねばならないことは自明。
ところが、驚くべきことに、某地方自治体には「こんな田舎に高速通信回線なんてものはいらない」などと主張して、光ファイバー網導入を妨害する議員団がいる。村内に光ケーブルのイントラネットを引こうとしている村長に対し、守旧派議員(困ったことに圧倒的多数派)が、右翼の街宣車まで雇ってつぶしてしまった。
明治政府の中には、狭軌採用以前に「日本に鉄道なんかいらない」と騒いだ代議士もいたそうだが、それと同じことをしているわけだ。
自分たちが、子孫に対してどれだけ不幸を押しつけているのかまったく分かっていない。田舎であればあるほど、過疎地であればあるほど、高速通信網から取り残されたら生き残れない。村民や、これから大変な時代を生き抜かねばならない子供たちの情報収集力やネットビジネスへの参入可能性を奪ってしまうことがどれだけの大罪か分かっていないのだ。まったくやりきれない。

政治家や役人、大企業のトップといった人たちは、自分たちの勉強不足や判断ミスが、将来、多くの人間に、とてつもない迷惑や生命の危険を与える可能性があることを、常に、肝に銘じておいてほしいものだ。






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