たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2005年10月7日執筆  2005年10月11日掲載

3度目の掃除機

「魂はアナログ、手段はデジタル」をスローガンにしている僕だが、実はこのスローガン通りになかなかいかないものが1つある。それは、音楽制作だ。

中学生から自宅録音を始めたから、録音歴は35年以上。
アナログの時代が長かった。マルチトラック録音機がなかった時代には、テープレコーダーを2台使った「ピンポン録音」もやった。
1/4インチオープンリールテープによる4トラックマルチレコーダー(SONYとTEACから出ていた)の中古を月賦で購入したこともある。
当時はプロの録音現場とアマチュアの録音物とでは、出来上がりの音質に雲泥の差があった。音楽録音の世界はそういうものだと思っていた。

その差を一気になくしてくれたのがデジタル技術である。デジタルの恩恵はお金のない音楽制作者にとっては夢のようだった。
世界で初めてDATデッキというものが売り出されたとき、迷わずすぐに買った(当時20万円)。自宅で録音したカラオケをDATの小さなテープに入れてポニーキャニオンのスタジオに行ったら、スタジオにうちにあるのとまったく同じDATが置いてあって、エンジニアが「今のところうちの会社にもDATはこれ1台しかない」と言ったのは嬉しかった。プロ用音楽スタジオと自宅スタジオに同じ機材が入っているなどということは、アナログ録音時代にはほとんど考えられなかったものだ。なにせ、プロ用のマスターレコーダーは数百万円したのだから。
ハードディスクレコーダーというものが登場したときも、まっ先に買った。
サンプリング音源も率先して使った。アフリカの太鼓に音階をつけて主旋律を歌わせるなんてことも、サンプリング音源ならできる。アナログの代用ではなく、アナログではできないこともできるようになって、デジタル音楽制作の世界は一気に進歩した。

でも、そこまでやっていながら、いまだに「パソコンを使って音楽を作る」ことはできないでいる。(意外でしょ?)

四畳半のタヌパックスタジオには、デジタルミキシングコンソールもデジタルエフェクター群もハードディスクレコーダーもある。しかし、いまだにMIDIシーケンサーも含めて、すべて「専用機」だ。今ならば、そうした機器をずらっと並べなくても、すべてパソコン1台でできるはずなのだが、どうしてもその環境になじめなかったのだ。

過去に2回、「パソコンで音楽」に挑戦したことがある。
最初はまだWindows3.1の時代。CubaseというシーケンスソフトのWindows3.1版が出たことを知って、思いきって購入した。当時はまだパソコンで録音できる環境ではなかったので、いわゆるMIDIシーケンサーと譜面作成の部分だけをパソコンソフトに切り替えようと思ったのだ。
しかし、このソフトはほとんど活躍することなく見捨てられ、再び弁当箱のようなシーケンサーに戻った。

次の挑戦は2年くらい前だったろうか。技術はさらに進歩して、シーケンスも音源も録音もパソコン1台でできる世の中になっていた。
四畳半の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれた機材の山を見るたびにうんざりしていたので、これが全部不要になり、パソコン1台で完結するならすばらしいと考えた。
そんな環境が実現するなら……と、重い腰を上げて挑戦した。今度は専用のノートパソコンを買い、Sonerという統合ソフトを購入した。
しかし、これもすぐに諦めてしまった。
ノートパソコンの小さな画面を見つめながらちまちま作業しているストレスに耐えられなかったのだ。(言い訳がうまいね)
再び、五線紙と鉛筆、数世代前のCPUを登載した専用機に戻った。

年輩の作家が、パソコン執筆環境に移行できず、今なおペリカンの万年筆と満寿屋の原稿用紙にこだわる気持ちはよく分かる。(心情はよく分かるが、だからといって、デジタルではろくな文章が生まれないなどという難癖をつけるのは大人げないですよ。できあがるのはどちらも同じ文章なんですから。)

そして今、我50歳にして、3度目の挑戦をしようとしているのである。
決意させたのは、タヌパック越後なきあとの「タヌパック阿武隈」建設計画。
今年中に、木造6坪の小さな小屋を建てる。風呂場もトイレも入れて6坪だから、残りのスペースはとても狭い。そこで音楽を作るとなれば、専用機をズラズラ並べるわけにはいかない。今度こそノートパソコン1台だけで全部できる環境に挑戦しようと、決意を新たにしたわけなのだ。
すでに昨日、ノートパソコンは注文した。メモリ1GB、ハードディスク容量100GBで、142320 円 (税込)なり。
ソフトはさんざん悩んだ末に、プロの世界でいちばん多く使われているProToolsというやつにしようと思っている。それと入力用の小さなキーボードのセットが82000円なり。これに、音源としてハードディスクで動かすサンプラーソフトがさらに数万円。
これで、自動演奏から録音まですべてまかなえる「はず」なのだが、本当にそうなるのだろうか? 2度挫折しているだけに、不安だらけである。

やりたいことは、クラシックやエスニック楽器を使った、メロディーとハーモニー重視の音楽。聴いている人には、決して「デジタル」を感じさせない音作りをめざす。
……って、えっらそ~に。本当にできるの?
理屈ではできるはずなのである。専用機ではすでにやったことがある。今なら、そのときよりずっと質の高い、聴きやすい音に仕上げられるはず。あとは気力と根気だけ。
1、2年後に発表できるよう、デジタルストレスに負けず、鋭意努力する所存である。

(……え? タイトル? 誰かの真似をしようとしたのだが、うまくいかなかったのだわねえ)




●「タヌパック阿武隈」建設予定地
(この物置をどかして建てる)


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