たくき よしみつ の デジタルストレスキング デジタルストレス王

2005年12月9日執筆  2005年12月13日掲載

「歴史教科書問題」以前の問題

「歴史教科書問題」について、僕は今まで公の場では特に意見を述べたことがない。当該教科書を見ていないからだ。
しかし、「教科書問題以前の問題」があると、常々思っている。
教科書の中身以前に、学校でまともに近現代史を教えていないという現状こそが大問題である。

今の学習指導要領ではどうなっているのか知らないが、僕らの子供時代、歴史は小学校高学年からすでに学ばされた。小学生時代「鳴くよウグイス平安京」とか「いい国造ろう源頼朝」とか、語呂合わせで年号暗記をしたものだ。(確か、学研の「6年の学習」とかに暗記カードが付録でついてきたような記憶がある)
同じことを中学に入ってからもやったし、高校でもやった。
ところが、毎回、第二次大戦前あたりで授業が終わってしまう。
教師は「最後まで行かなかったな。あとは教科書しっかり読んでおけ。期末試験の範囲は明治維新までだ」なんて言っていた気がする。
僕だけがそうだったのかと思ってかみさんに訊いてみたら、やっぱり同じだという。

世界史では、アウストラロピテクス、ネアンデルタール人、クロマニヨン人なんてのは今でもしっかり覚えている。日本史では縄文土器と弥生土器、銅剣銅矛文化圏と銅鐸文化圏というのも覚えている。大化の改新が645年というのも覚えさせられたし、千利休だの柿本人麻呂といった名前も知っている。
これらは何度も何度も覚えさせられたからだ。
しかし、近現代史になると、ほとんど何も覚えていない。覚えていないというより、そこまで授業が進まなかったので、きちんと勉強していないのだ。

東条英機、山本五十六、松岡洋右、米内光政、東郷茂徳、石原完爾、広田弘毅……といった名前を、多くの日本人は「名前を知ってはいるが、誰が何をしたのかは知らない」という状況ではないだろうか。いや、若い世代では、名前を聞いたことすらない、と答える者が多数派を占めるのかもしれない。

戦争はしてはいけない、戦争は正気の沙汰ではない……多くの人間はそう思っているだろう。しかし、今の日本人の多くは、歴史上、最も近い戦争のことをほとんど何も知らない、学ばない、学ぶ機会もないまま大人になっているのである。このことこそ、いちばん大きな問題だ。

例えば「東条英機と山本五十六。極東裁判で「A級戦犯」となったのは? A.東条英機 B.山本五十六 C.二人ともそう D.二人とも違う」というクイズがあったとしたら(そういうクイズがテレビ番組で出題されることはないだろうが)、正しく答えられる日本人は半分いないかもしれない。
あるいは、東条英機と東郷平八郎を混同している日本人も少なくない気がする。
こういう状況で、アジア諸国の人々と戦争論や靖国問題議論を交わしても、話がかみ合うはずがない。
(どちらが正しい、間違っているということを言っているのではない。どの国も、自国を政党的な立場に置いた歴史教育をしがちである。だからこそ、きちんと勉強しなければまともな議論などできないと言っているのである。)

そこで提案したい。
歴史の授業を、古い順にやるのはもうやめにしよう。
まず近現代史をやる。
「君たちのご両親は多分、昭和時代に生まれていると思うけど、昭和というのはどういう時代だったか、振り返ってみようか」
ここからスタートすればいいのである。

アウストラロピテクスなんていうものは、知らなくてもいい。そもそも、あれは「猿人」などではなく、ただの「猿」、あるいは、同じ場所に散らばっていた人間と猿の骨を同一視した結果生まれた幻の生物だ、という説もあるようだし。
「あまりに昔のことでよく分からないこと」は、後から、古代史、考古学に興味を持った人間が、じっくりと正確を期して勉強していけばいい。

「あまりに昔のことでよく分からないこと」に時間をかけて1年が終わってしまう前に、まずは「はっきり分かっていることを、きっちり知識として学ぶ」べきである。
なぜ太平洋戦争は起きたのか、そこに至るまでの世界と日本の状況はどんなものだったのか、戦争前にメディアはどんな報道をして国民をミスリードする過ちを犯したのか……。
これらは想像や推定などではなく、「はっきり分かっていること」である。
あの時代を生きた人が、まだぎりぎり残っている。「生き証人」がいるのである。
それを極力、脚色をせず、事実のみ並べて学ばせるべきなのだ。
今、「分かっていること」を曖昧にしたまま、「知らない人」だらけにしてしまったら、そのうちに取り返しがつかないことになるだろう。

そのとき日本は何をやったのか。なぜそうなったのか。欧米諸国はどうしていたのか。
事実だけを淡々と教えていく。
まずはここからスタートすべきではないか。
自虐史観だのなんだのという論争は、正しい情報、知識を共有した上でなされるべきであり、そこから先の話である。

●日の出神社(岩手県遠野市)の狛犬
昭和16年11月建立。「東細越男女青年団」奉納。
出征する仲間の無事を祈願したものだろう。


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